トルサニサ

夏笆(なつは)

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11、秘密

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「レナード、上空8機飛来。出ますか?」 

 再び、特殊能力装置が告げるより早く察知したサヤは、レナードへと問いかける。 

「機種は?」 

「この機は・・シヴァです」 

 シヴァ。 

 トルサニサ最大の敵である、大陸国家インディの戦闘機を名指しで答えたサヤが、レナードの返答を待つ。 

「サヤ。シヴァ8機なら、このまま行きましょう。対空砲で対処します。同時にお願いします」 

「はい。では、正面へと移動します。その後、一斉攻撃をかけながら敵後方へと移動します」 

 言い終わった時には、別の海上の敵を回避し撃沈させ、サヤは上空へ迫る8機へと、目標違わず水上艇を走らせる。 

「計器確認。射撃圏内突入まで、あと5」 

「4、3、2・・ファイア!」 

 水上艇と航空機、両方からの対空砲攻撃。 

 それに8機すべてが被弾するも、撃墜には至らない。 

 サヤは、残った機体に向け水上艇を操作し、攻撃を回避すると同時に、今度こそすべてのシヴァ機を沈黙させた。 

「シヴァ機、全機消滅を確認。続いて海上に敵・・え!?」 

 安堵する間も無く、再び敵を察知したサヤが驚愕の声をあげる。 

「どうしました!?サヤ」 

 あまりの数の多さに、そのまま暫し固まってしまったサヤは、レナードの叫ぶような声に漸く呼吸を思い出す。 

「数が、数が、凄くて・・・っ」 

 サヤの頭の中で明滅する、いくつもの敵機。 

 感応力が高いが故に鮮明に見える、その光景。 

 海を埋め尽くすかと見えるほど、数多の敵機が滑らかに海上を奔り、強い光の帯がサヤに襲いかかる幻想。 

 怒涛の如く繰り返されるそれが、幾筋もの光に分かれ、まるで鳥かごのような形状となってサヤを包み込み、じわじわと圧迫し、破滅させる。 

 その、堪らない息苦しさ。 

 

 ああ・・・・・。 

 私、このまま・・・・・。 

 

 強い感応力が仇となり、サヤは自身の幻想の海に翻弄される。 

「・・・・・・・あ」 

 しかし、意識を完全に手放す寸前、サヤが見たのは、鮮やかな動きでそれら敵機に向かう味方機の姿だった。 

「・・・ナジェル、アクティス・・」 

 ジグザグと、予測不能な動きで敵を翻弄する水上艇。 

 そして、そこに搭載されたままの航空機が、その動きを利用して繰り出す遠距離射撃。 

 水上艇と航空機、二機でひとつの強みを生かしきった動きで、確実に敵を撃沈させて行く。 

 それは、まるでサヤ機を護るように。 

「あ」 

 そしてサヤは、その機から発せられるメッセージを感じ取った。 

 

 それは、力強いふたつの声。 

「・・・ナジェル・・アクティス」 

 その声に背を押されるよう、サヤは、大きく息を吸って吐く。 

 感じる。 

 クリアになる視界と思考。 

「ごめんなさい、レナード。もう平気。行きます」 

「余り、待たせないで下さいね」 

 返るのは、呆れたようでありながらも、ほっとしたようなレナードの声。 

「はい」 

 気持ちを入れ替えるよう座り直して、サヤは一度強く操縦桿を握った。 

 そして真っ直ぐに、前を向く。 

「前方、敵機多数。すべて海上機のためこのまま行きますが、万が一を想定、操縦権をフリーにします」 

 こうしておけば、水上艇が航行不能、もしくは被弾した場合でも航空機は単機脱出できる。 

 水上艇と航空機にて、ふたり同時に動かそうとすれば反発を起こす危険があるため通常はフリーにしないそれを、サヤは敢えてフリーとした。 

「来ます・・・いえ、行きます!」 

 ナジェルの操る水上艇と、サヤの操る水上艇。 

 2艇の動きの見事に息の合った速さに、見物人は再び歓声を上げる。 

 そして、その2艇に搭載された2機の航空機。 

 それが、同時に発進の動きを見せた。 

 縦横無尽、自由自在とばかりに海上を動き、敵機を沈めて行く水上艇。 

 更にはそこから発進した2機の航空機が、飛び立ったと同時、海上の敵を撃破していく。 

 その妨げとなることなく敵を追い詰め、航空機が狙いやすいよう動きながら、自らも敵機を仕留める海上艇。 

「あんなこと、出来るのか」 

 呟いたのは、誰だったのか。 

 攻撃力の高さ、正確さ、そして回避能力、連携。 

 どれをとっても、彼らがトップだと認めざるを得ない動き。 

 無数の敵機に対し、味方は僅か2機。 

 しかし、トルサニサ軍最大の特徴を生かしきった戦闘で、2機は相手を殲滅した。 

 表示される、オールグリーンの文字。 

 訓練終了。 

「終わった・・・」 

 小さく呟き、サヤは肩から力を抜いた。 

 それでも、敵機の明滅が残像となって消えない。 

 呑まれそうになるそれを振り切るように、サヤは思い切りよくヘルメットを脱いだ。 

 そうすると、それまで埋没していた訓練用の世界から、現実の世界へと戻った気がして、サヤは何となくほっとする。 

「この訓練機が、嫌いなわけではないけれど」 

 現実と同じような世界を体験できる装置を素晴らしいとは思いつつ、これを使った後は、何となく乗り物に酔ってしまった時のような、気持ちの悪さを感じるとサヤはため息を吐いた。 

 そして、ハッチを開き訓練機の外へ出れば、もうひとつ、ため息を吐きたい現実がサヤを待っている。 

「・・・2位」 

 最早見慣れたその数字。 

「サヤ。この結果の原因、何だと思いますか?」 

 同じように訓練機から出、隣に立ったレナードに問われ、サヤは迷わず答える。 

「途中、私がパニックになりかけたから。ごめんなさい、レナード」 

 あれが無ければ、もっと高得点を叩き出せただろう事は明白で、サヤは、ラトレイア・パートナーであるレナードに申し開きも出来ない。 

「サヤ。それだけですか?」 

 レナードに言われるもその質問の意図が分からず、一体何を言おうとしているのかと、サヤは、不思議な思いでレナードの紫の瞳を真っすぐに見た。 

「サヤ。それだけですか、と聞いています」 

 しかし、穏やかなままのレナードの瞳からは、何も読み取れない。 

 

 なに? 

 レナードは、何を言いたいの? 

 あ、これから、どうしていくのか、という改善点の話? 

 

「そうね。これからは、もっと落ち着いて状況判断を」 

 それならば適格な答えがあると言いかけ、サヤは言葉に詰まった。 

 確かに、大きく動揺しないためには、落ち着いた状況判断が必須となる。 

 しかし、あの時感じた強い恐怖に慣れ、もしくは押し殺して対処できるようになるとか問われれば、現時点でそれは大変に難しいと答えることしか出来ない。 

「違います」 

「っ」 

 呆れられたか、と自身に落胆する思いでいたサヤを見つめるのは、予想外に優しい瞳。 

  

 レナードの瞳が、本当に優しい。 

 

「私は、この成績を修められたのも、貴女あってのことだと思っています」 

 いつも嫌味や呆れ、酷い時には蔑む色を宿すそれが、本物の優しさを孕んでサヤを見つめている。 

「貴女の感知能力。やはり素晴らしいものがあります。この訓練機の計器は、特殊能力装置もすべて、実戦で使われているものと遜色ないと聞きます。その計器より、貴女の察知の方が早く正確だった。その才能、もっと自分で認めて上げてください」 

「・・・ありがとう、レナード」 

「まあ。感応能力が高すぎて、大きく動揺するところは、是非とも改善してほしいですが」 

「努力します」 

 誉めるだけで終わらないのがレナード、と言わぬばかり、にやりと付け加えたレナードの嫌味っぽい言葉にサヤが答えた時、続けて二回、ハッチの開く音がした。 

「ナジェル、アクティス、ありがとう」 

 ひらりと訓練機から降り立ったふたりに、サヤは心からそう告げ、頭を下げる。 

「味方機として、当然のことをしたまでだ」 

「・・・・・」 

 それに対し、ナジェルは笑顔で答えるが、アクティスはサヤを一顧だにしない。 

《止まるな、って言ってくれてありがとう》 

「え」 

 あの思念での言葉が嬉しく、奮い立たせてくれた、とあの時と同じように思念で伝えたサヤにナジェルが驚きの声を発し、アクティスまでもが驚愕の瞳をサヤに向けた。 

「ナジェル?」 

「あ、ああ。いや。そんな大層な事はしていない」 

 何か可笑しなことを言ったか、とふたりを怪訝な気持ちでサヤが見れば、ナジェルが照れたように笑った。 

 しかしそれは、どこか取り繕ったようにも見える。 

 

 え? 

 なに? 

 ナジェルは、何に驚いているの? 

 

「あれが、聞こえた?」 

 益々不安を募らせるサヤにかかる、アクティスの硬質な声。 

「アクティス?」 

 普段、表情を変えることのないアクティスが、驚きを隠せない声を発し、奇異なものを見るようにサヤを見つめている。 

「・・・ええ。聞こえたわ」 

 聞こえたことが可笑しいのかと、サヤは、声が震えそうになりながら何とか答える。 

 

 だって、普通に聞こえたわ。 

 思念会話なんて、アクティスにとってもナジェルにとっても、造作もないことよね? 

 

「だって、思念会話でしょう?それも、私に向けてくれた」 

 だから普通だと、空元気を出すよう、わざと明るく答えたサヤを見つめ、アクティスが 

冷淡な声を出す。 

「聞こえたという、その事実がもう可笑しい。俺は、あれを伝えるつもりなどなかった。完全にブロックし、俺の意識以外には届かないはずのものだった。ナジェル、貴様もそうだろう。それとも、貴様には俺の思念が聞こえたか?」 

「・・・いいや。聞こえなかった」 

「俺にも、貴様の思念は聞こえてこなかった。そこまで集中していないといえばそれまでだが、それにしても、完全にブロックしたものが漏れるなど、考えられない」 

 アクティスの瞳が、氷の如く冷たく輝く。 

 

 完全にブロックしたものを、私が聞いた、ということ? 

 それって、他人の精神にまで干渉できるってことなんじゃ・・・・・。 

 

「しかし、俺もアクティスもサヤを思っての言葉だったのだから、聞こえたということも」 

「自身の精神を守る、ブロックを通過されたことに違いはない」 

「アクティス。ブロックを崩されて焦るのは分かる。しかし、サヤに難癖をつけるような真似はせ」 

 サヤを睨み据えるアクティスの、その悪意ある視線からサヤを守るよう、ナジェルがサヤの前に立った。 

「難癖?貴様は、本当にそう思うのか?」 

「ああ。俺達よりサヤの能力の方が高かった、ただそれだけのことだ」 

 凛と言い切るナジェルにため息を吐き、アクティスは一度瞳を閉じ、心落ち着けるように息を吐く。 

「まあ、それはその通りだな。しかし、その能力、高いというには行き過ぎている・・・お前、異能か?」 

 能力の違いゆえに、ブロックを崩されたと言われればそれまでだ、とアクティスはナジェルの説を認め、サヤをじっと見つめてそう言った。 

「・・・・・」 

「答えないつもりか?」 

「答えない、というより、自分でも分からない、から」 

 声が震えそうになりながら、サヤは拳を握り、後ずさらないよう足に力を込めて、アクティスの氷と評される薄青の瞳を見つめ返す。 

「サヤ。僕は、それだけ君の能力が高いのだと思っている。悲観することはない」 

「はっ。甘いな」 

 

 おお、凄い。 

 ナジェルってば、アクティスの氷攻撃にも順応に対処出来ている・・・って。 

 あれ? 

 何か、似ている? 

 

 言っていることは正反対なのに、その表情はどこか似ている、とサヤはナジェルの藍色の瞳とアクティスの薄い青の瞳を見つめた。 

 

 うん、似ている。 

 色もだけど、形とか、こうしてみると、顔の造形もどことなく。 

 

「サヤ?どうかしたのか?」 

「お前の話をしているというのに、呑気なものだ」 

「え。ごめんなさい」 

 思わず素直にそう言ったサヤに、ナジェルとアクティスが揃って呆れたような目を向ける。 

 

 やっぱり、似ている。 

 

 そんな不名誉な視線を受けながら、サヤはそんなことを思っていた。 

 

 
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