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3、にんじん
しおりを挟む「分からないな。本当に、何故その程度の能力で選抜されたのだろう。通常の学力も難ありで、到底優秀とは言えないし・・・っと、すまないバルト」
無意識に繰り返すのみならず、更に深堀りまでしてしまったナジェルは、はっとしたようにバルトを見た。
「うー。結局同じことっていうか、もっと致命的なこと言ってますー、ナジェル先輩」「あ、いやバルト。きっと何かだな・・その、お前がここに居る、選ばれた理由が・・・・・理由が、だな」
益々涙目になったバルトに、ナジェルはフォローの言葉を必死に探すも、うまい言葉が出て来ない。
そんなナジェルの焦りを他所に、サヤは、理由なら分かっているではないか、とナジェルの言葉に頷きバルトを見た。
「ナジェルの言う通りよ。確かに、何でも出来ないよりは出来た方がいいだろうし、一般教養科目は何とかした方がいいと思うけど。でも、バルトには特殊な能力があるじゃない。遥か遠くを見ることが出来る能力なんて、凄く珍しいもの。だから別に、そんな悲観しなくてもいいんじゃないかな。それが、バルトがここに居る、選ばれた意味だと思うから」
サヤの言葉に、バルトが不思議そうに首を傾げる。
「遥か遠くを見ることが出来る、すか?」
そして一方のナジェルも、怪訝そうな思案顔になって、サヤへと視線を向けた。
「サヤ。もしかしてそれは、千里眼のことか?」
「そういう名前、なの?」
「遥か遠くを見ることができる、という能力というと、それしかないと思うが」
ナジェルの言葉に、バルトが焦れたように口を挟む。
「ナジェル先輩。それって結局、どんな能力なんすか?遥か遠く、ってどんくらいすか?」
「あ、ああ。僕も実際、その能力を有する者に会った事は無いのだが。聞いたところによれば、そうだな・・例えば、この士官学校から海向こうのシンクタンクの建物を、まるで近くで見るように見ることが出来るのだそうだ。偵察にもってこいの能力だと」
ナジェルの説明に、バルトが大きく腕を振った。
「ええっ!?俺、そんなん、出来たことないっすよ!出来る気もしないっす!」
「僕も、聞いたことがあるだけだ。過去には事例があるらしいが、現在は確か存在しないのではなかったか」
無理無理無理、と腕と首を振り続けるバルトと、自身の記憶を探るように視線を宙に固定したナジェル。
ふたりのやり取りを聞いて、サヤは思わず息をのんだ。
いけない。
私ったら、つい。
気をつけているのに、たまにやってしまう。
判ってしまった、バルトのまだ彼自身も気づいていない真の能力。
それが、希少な能力とくれば、ナジェルもバルトも混乱して当たり前のこと。
それなのに、うっかりと口にしてしまった。
異能と言われることを恐れるくせに詰めが甘い、とサヤは自身を嘆かずにはいられない。
サヤには、他人の能力が判る。
何が得意で、何が苦手なのか。
今、能力値がどれくらい残っていて、どれくらいの移動、能力発動が可能なのか。
それはもう、事細かに目に見えて。
サヤにとってはそれが普通で、子供のころは皆出来るものだと思っていた。
けれど、それは違った。
例えばそれは、語学は得意なのか数字には強いのかを、顔を見ただけで正確に判ることほどに異様なのだと知ってから、周りに知られないよう極力気をつけてきた。
知られれば、気味悪がられる。
異能持ち扱いをされる。
その懸念から。
それなのに、時にこうして口に出してしまう。
自分には判る。
それが、普通であるがゆえに。
「千里眼の持ち主、か。まあ、バルトが選抜された理由として、それくらいの隠し能力があってもおかしくないな。むしろ、納得できる」
「隠してなんていません!あったら、自慢して歩きますよ、俺」
揶揄うように言ったナジェルに、バルトがぶすっとして答えた。
「まあ、そうぶすくれるな。しかし自覚も無いようだから、お前の能力は未知ということだな。よかったじゃないか。楽しみが出来て」
異能と言われる、そんなサヤの内面の焦燥を知ってか知らずか、ナジェルは否定することも、深く追求することもなくそう言いながら、バルトの制帽をきちんと直した。
「着衣の乱れは精神の乱れ。まずは、こういうところからしっかりしろ」
ついでのようにタイも直して、ナジェルがぽんとバルトの肩を叩く。
「よし。どこから見ても立派な士官学生だ」
「・・・明日には退学かもしれません」
うるると潤んだバルトの瞳が暗く下を向く。
「あー、バルト。流石の僕でも航空科の専門課程は無理だが・・・共通の一般教養科目なら、教えてやらないこともない」
「え?ほんとっすか?」
「ああ。二言は無い」
ぶっきらぼうなナジェルの発言に、バルトが希望の色を浮かべる。
ナジェルは、海洋科始まって以来の天才と名高い存在。
例え科が違うとも、専任講師としてこんなに心強い相手はいない。
そのことで、バルトの意識は完全に千里眼から離れたらしいことに、サヤはほっと息を吐いた。
「私も、協力する」
いつもの調子を取り戻したサヤがそう言えば、バルトの瞳が、より一層きらきらと輝く。
「本当っすか!?俺、凄くうれしいです!頑張ります!サヤ先輩!」
そして、勢いそのままに再びサヤに抱きつこうとしたバルトは、鉄壁のナジェルに阻まれ敢え無く撃沈した。
「ナジェル先輩。学力だけじゃなくて、体術もハンパ無いっすよね。そんなナリで」
至極簡単にいなされてしまったバルトが、にやりと笑って言った言葉に、華奢とさえいわれる体躯を気にするナジェルの眉がぴくりと上がる。
「ほう。専任講師は不要だと?」
「あーっ、嘘です。ナジェル先輩は、すっごくたくましいですっ。憧れちゃいます!」
「・・・何か、お前に言われると悲しくなる」
言って、ナジェルは自分の倍くらいはありそうなバルトの肩幅を、羨望のまなざしで見つめた。
「別にいいじゃないですか。大事なのは、見てくれじゃないでしょ。ナジェル先輩は、そんなナリでもすっげえ強いんだし、他にもいっぱい、いろんなもの持っているんすから、別に、そんなナリしてるからって何も」
「うるさいぞ、バルト!そんなナリ、そんなナリ言うなっ。お前こそそんなナリでっ・・・ってお前・・はあ。そういう処だぞ」
そんなナリで可愛い系の犬っぽいじゃないか、と言い募ろうしたナジェルはしかし、それこそ捨てられた犬のような目で自分を見つめるバルトの視線に行きあって脱力した。
「だって、ナジェル先輩は、学力も能力も並はずれた才能と数値持ってて。これぞラトレイアっていうか。ラトレイアのなかのラトレイアって感じで・・。本当に、心底羨ましいっす・・・・」
心から溢れたようなその声音に、ナジェルがおろおろと視線を彷徨わせる。
「あのな。いっぱい持ってる、ってお前・・・まあいい。羨やむ暇があったら、お前もここまで来い」
「へ?ここ、って?ここ、何かあるんすか?」
不思議そうにきょろきょろするバルトに、ナジェルが苦笑した。
「莫迦。成績のことだ」
まじめな顔で言うナジェルに、バルトがなるほどと頷き返す。
「ああ、成績のことすか・・・って!ナジェル先輩、自分の成績最高峰だって自覚ありますか?学年一位なんて、遠すぎて辿り着ける気がぜんっぜんっしないっす!主席様様、っすよ!」
「そうか。しかし、サヤも同じあたりにいるが?」
まるで楽しみを見つけたとでもいうように、ナジェルは挑発的な笑みを浮かべた。
「そうだな。士官学校を卒業し、軍へ入隊すれば、ここでの成績の違いは、立場の違いという形で如実に現れるだろう。今よりずっと遠くにサヤを感じる。ま、そうなってから諦めるよりは、今の方が傷も浅くて済むな」
その言葉に、バルトは呆然とした視線をナジェルへと向けた。
「サヤ先輩を、遠くに感じる・・・」
「ああ。尤も、感じる、だけではなく、実際に階級の違いという、決して越えられない壁が出来るだろう。声をかける事さえ、憚られるほどの」
言い切られて、バルトの脳裏に暗黒の未来予想図が浮かんだ。
その姿を遠く見ることしかできず、声をかけるなど夢のまた夢のような存在となったサヤ。
そして、彼女の目に映る事の無い自分。
「・・・そんな・・・そんなのは、嫌だ」
自然と漏れ出た声、巡らす視線が見つめる先にいるのはサヤ。
瞬間、バルトの瞳に力強い光が宿った。
「サヤ先輩っ。俺、頑張るっす!死ぬ気で頑張るっす!絶対、そんな壁向こうになんて行かせないっすから!ぐおおおおおっ。頑張るぞ!」
そんな、熱い宣言をし、拳を握って雄たけびをあげるバルトを見つめてから、サヤはくるりとナジェルに向き直る。
「私、なに?」
やる気に充ち満ちたバルトを前に、複雑な表情を浮かべ、何をしたいのかとナジェルに詰め寄るサヤ。
そんな彼女に、ナジェルは一言、言いきった。
「にんじん」
「・・・・・」
余りのことに絶句したサヤに、ナジェルは悪戯めいた笑みを浮かべる。
「かわいい後輩のためだ。目指し甲斐のあるにんじんでいてくれよ、サヤ」
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