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2、能力
しおりを挟む「あいつか」
その登場に、どこかほっとした思いでナジェルが言えば、サヤもその泣き声に意識を奪われた様子で頷いた。
「バルトったら、また何かあったのかしら」
「大方、成績のことだろう。聞いた話、相当酷いらしいからな」
天を仰ぎため息を吐いたナジェルと、それでも心配そうなサヤの居る屋上に現れた、ひとり分の影。
始めからはっきりと現れたナジェルと違い、まずはぼんやりと現れた影が、やがて明確な人の姿を持つ。
うーん、これは。
ナジェルの方が能力が高い、っていうのもあるけど、そろそろ能力切れ、かな。
そんなバルトの転移の仕方を見、サヤは密かにそう思った。
見れば、今日はここまでかなり能力を使ったのか、確かにその残量が僅かになっていることが分かる。
「あ、サヤ先輩、いたー!聞いてくださいー。俺、やっぱりビリだったんですー」
抱きつかぬばかりの勢いで瞬間移動の着地点からサヤの元に走ったバルトは、しかしナジェルの存在に気づいてぎょっとした様子で立ち止まった。
「な、なんでナジェル先輩までいるんすか?!」
「なんで、って。バルト、サヤと一緒に僕の気配も感じなかったのか?」
『僕は、無意識に削除か?』などと、態とらしく衝撃を受けたと芝居して見せるナジェルの濃い藍色の目を、バルトの赤茶の瞳がじっと見つめる。
「気配を感じる・・ってどうやって?」
「どうやって、って。感知するだろう?移動の前に」
「・・・感知する・・・移動の前に・・移動の前に!?」
当然のように言うナジェルの言葉を、咀嚼するように繰り返したバルトの瞳が、やがて大きく見開かれた。
「ナジェル先輩。それってもしや、瞬間移動の前に、目標相手の気配を感知して居場所を知ることができる、ってことすか?」
瞳と同色の赤茶の髪。
なぜか、前髪の一部だけ長いそれが、バルトの瞳にはらりとかかる。
同時に、怪訝に顰められるナジェルの瞳。
「あ、ああ。出来る。というか、するだろう?感知。な、サヤ。するよな?」
あまりに真剣な様子で、それはすごい、そんな事実は初めて聞く、というバルトに、ナジェルが自分は普通だよな、とサヤに訴える。
「ええ。少なくとも私はするし、周りもしていると思うわ。そうでないと、すごく不便だもの」
「そうだよな。不便だものな」
「していない、って言うバルトの方が、驚きよ」
自分と同じ意見を持つサヤから力強い頷きが返ったことで、ナジェルは、そうだよな、と胸を撫でおろす。
そして、その事実に安堵したナジェルが再びバルトを見返れば、あまりの驚愕故か、首をぶんぶんと横に振っていた。
「俺、出来ません!感知なんて、すごいこと、やったことないっす!」
「いや。逆に聞くが、ならお前、いつもどうやってサヤを探しているのだ?」
航空科所属であるバルトが、他科である海洋科の先輩であるサヤに懐いているのは、航空科、海洋科両科全学年周知の事実であるほどに、バルトはサヤの処へ来る。
そして当然、その多くは瞬間移動してくるのである。
ナジェル的普通、そもそれが一般的なのであるが、それであれば、まず相手の気配を探し、その結果に基づいて移動するということになる。
しかし、その気配探知が出来ないとなれば、一体どうやってサヤの元へ転移しているというのか。
「あ。もしかしていつも手あ・・・勘、か?」
手当たり次第跳んでみているのか?という言葉を辛うじて飲み込み、相手に失礼は無いと思われる語彙に変換を果たしたナジェルに、バルトが首を捻った。
「んー。めくらめっぽうっていうか、行き当たりばったりっていうか、思いつく処全部・・ってまあ、つまりは手当たり次第っすね!」
「お、お前な」
漸く、何とか手あたり次第という言葉を回避したのに自分で言うとは、とナジェルはため息吐く思いでバルトを見る。
「だって、俺それが普通だと思っていたんすもん」
「そうか」
そうっす、と、けろっとした様子で頷き返すバルトに、ナジェルは今後一切、こいつ相手に配慮は要らないと決意した。
《いや、しかし。バルト本人が言ったからいいのであって、やはり俺は気を付けるべきだろうな。短慮で物事を決めるのはよくない。俺の、反省点だな》
「ふふ」
「ん?どうかしたか?」
内心で思うナジェルの横で、サヤが笑うのを感じて、ナジェルは一息に体が熱くなるのを感じた。
《もしかして、聴こえてしまったか?》
《ごめんなさい。だって、ガードが弱かったし》
《構わない。僕の不注意だ。気にしなくていい》
《でも、本当にナジェルっていい人ね》
《未熟なだけだろう》
先輩ふたりのそんな思念会話にも気づかない、というか気づけないバルトが、指折り数えながら訥々と己の現状を語る。
「因みに、試験の結果を見た海洋科の棟からここまで三か所中継しましたけど、例えサヤ先輩がここに居る、って分かっても中継しないと跳べないと思います。俺、他のひとと比べて、一回に跳べる距離が凄く短いみたいなんで。そのうえ、連続して何回も移動していると一回の移動距離は更に縮んじゃうんです。全体的な能力量も少ないし、物質移動も苦手です。遠隔操作は壊滅的で、思念会話も出来ません。おまけに、自分の能力残量もよく分からないから、突然発動できなくなることも少なくないです」
そうやって話すバルトが、やがて涙目になった。
「家に居る時は、そんな奴いっぱい居たんす。でも、ここじゃ普通じゃないって最近知ったんですー。ここでは、出来て当たり前な事が出来ない奴なんす、俺。こんなんで、この先やっていけるんでしょうか、サヤ先輩」
抱きつかれそうになったサヤが、さらりと回避しつつ口を開く。
「この先は分からないけど。とりあえず、今回ラトレイア・パートナーは持たないんじゃないかな。今聞いた感じだと、飛行艇の訓練を受けられないと思うから。というか、その前にラトレイア認定貰うのが難しいかも」
「・・・サヤ。君、ばっさり行きすぎだ」
頭が痛むというように眉間を抑えるナジェルの横で、バルトが白い灰と化している。
「え?」
何が起こっているのか、自分が何を言ってしまったのか理解していないサヤを制して、ナジェルがバルトに向き合った。
「あー。バルト。ここが士官学校である以上、軍の基本であるラトレイア・パートナーを持てない、否、それ以前の問題として、そもそも軍人となるに必須のラトレイア認証が貰えないかもしれないほど成績、能力に難があるというのは大問題だ。この士官学校に入学を許された段階で高値の能力者、ラトレイアと認証されるようなものなのだからな。それが危ういとなると、存在意義そのものが問われそうな気がする。それにしても、お前の成績については色々噂には聞いていたが、現実にはそれ以上というかなんというか。誰にでも得手不得手はあるにしても・・・お前、よく選抜されたな」
トルサニサ唯一の士官学校であるここは、当然のように能力に突出した者だけが集まるエリート校で、憧憬を集める位置にある。
望めば受験できるというものではなく、全国一律で行われる能力審査の結果で入学者は決められる。
そして、その入学を拒む権利は国民には無い。
もっとも、ここトルサニサでは他の職業も適正検査によってすべて決定するので、本人の意思が関与しないという点で全国民は平等といえる。
農業に就く者、商業に就く者。
士官学校ではない、一般の兵学校へ行く者。
研究者となるべくシンクタンクへと行く者。
一般に、士官学校とシンクタンクへ行く者には高い能力、知力が求められるため、このふたつへ進む事は栄誉ある事だとされる。
故に、そのふたつの施設が共存するエフェ島は、トルサニサ国民にとって羨望の島となっている。
エフェ島へ行く。
それは、エリートである証の言葉なのである。
~・~・~・~・
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