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三十四、薔薇祭 ~暗号~

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「それにしても。見事に人がいないわね」 

「ほんとにな。まあ、確かに凄い人気なんだよ、その騎士。女性だけじゃなく、騎士を目指す俺らくらいの年齢の奴らにとっても、憧れなんだ」 

 きらきらと輝く瞳で言うヘラルドを見て、レオカディアは、ヘラルドもその騎士に憧れるひとりなのだろうと思い、そして気づく。 

「その騎士の所属は?それだけの実力者なのに、近衛ではないの?私、お会いしたことないわ」 

 実力ある騎士が昇り詰める地位は、王族の警護。 

 しかし、王太子であるエルミニオの傍に居る自分は、その騎士に会ったことが無いと、首を捻るレオカディアに、ヘラルドが『ああ』と遠い目をした。 

「その騎士は、近衛じゃないんだ。もちろん、推薦はされたんだが、本人の希望で第一騎士団に居る。今は、騎士団長だな」 

「第一騎士団でも、お会いする機会がありそうなものだけれど」 

 王都警護を担当する第一騎士団とは、街を視察する際などに顔を合わせることがあるのにと、レオカディアは不思議な思いでヘラルドを見る。 

「ああ・・・たまたま、会わなかったんだろ、たまたま。騎士団長自ら、そう動くことはねえしな」 

「そうか。両陛下の警護ならともかく、ってことね」 

「そういうことだ」 

 すんなりと納得したレオカディアに、本当はレオカディアとくだんの騎士が会わないよう殿下が手を回した、というわけにもいかないヘラルドは、そんなレオカディアに安心すると共に、奇妙な居心地の悪さも覚えた。 

 

 

「・・・ねえ、ヘラルド。エルミニオ様とセレスティノは、どこに行ったのかな?」 

「ああ。あっちも探しているだろうし、再度の襲撃を警戒しているにしても、そろそろ会うと思ったんだけどな」 

 狩猟大会に参加している他の誰かを探しつつ、エルミニオ達とはぐれた場所を目指すレオカディアとヘラルドは、道かられたその場所で、一旦馬を止めて辺りを見渡す。 

「怪しい人影は見えないけど・・・っ。まさか、エルミニオ様が怪我をされて。それで、セレスティノが急ぎ運んだとか?」 

「可能性としては、有りだな」 

「そんな・・・!それじゃあ、私たちも急いで・・・ん?」 

 急いで王城へ向かおうと言いかけたレオカディアは、少し先の一本の木に、何かが彫られているのに気が付いた。 

「どうした?レオカディア」 

「うん。この木に、何か彫ってあるの」 

「本当だ。何だ、この模様・・・何かの暗号か?」 

 レオカディアとヘラルドは、馬を下りて、その暗号と思しき模様を確認する。 

「これ、描き移していった方がいいわね」 

「だけど、描くもの持ってねえぞ」 

「そんなの、作ればいいのよ」 

 羊皮紙も羽根ペンも無いと言うヘラルドに、レオカディアはふふんと笑ってみせた。 

「いいですか。まず、落ちている木を削って板を作ります。そしてそこに、やじりを使ってこの模様を彫ります」 

「あ、なるほど!」 

 教師の真似をするように、わざとらしく丁寧な言葉で言ったレオカディアに、ヘラルドは明るい顔で頷きを返すと、早速と短剣で木を削り、一枚の板を作ると、更にそこへやじりで木に彫られている模様を描いて行く。 

「・・・ヘラルドって、器用だし、絵心もあるわよね」 

「何言ってんだよ。この方法を思いついたのは、レオカディアじゃん」 

 するすると描いて行くヘラルドに、お世辞にも絵が上手いとは言ってもらえないレオカディアが、ひくひくと頬を引き攣らせて言うのに、ヘラルドは何ということもないと返し、あっというまに描き終えた。 

「はあ。本当に有能よね・・・って当たり前か。あのエルミニオ様の側近なんだものね」 

「殿下とレオカディアの側近、な。さて、戻るか」 

「ちょっと待って。ここって、もしかしてあの縄が飛んできた方向なんじゃない?ほら、道のあのあたりで、馬が暴走して」 

 言いつつ、レオカディアは馬の手綱を引いて道へと出る。 

「ほら、乱れた蹄の跡が残っているもの」 

「てことは、だ。もしかしたら、道沿いに暗号があるのかもしれねえ」 

 それが、実行犯への指示やも知れぬと、ヘラルドはいつになく、鋭い目つきでそう言った。 

「辿って行ったら、アジトに辿り着いちゃったりして」 

「可能性はあるな。どうする?応援を呼んだ方がいいのか・・・だけどな。迷うな」 

「それ、証拠を消される可能性があるってことよね?」 

「ああ」 

 しかし、相手の人数も分からないなか、ふたりでは危険だと言うヘラルドに、レオカディアは大きく息を吸って、整える。 

「行きましょう。エルミニオ様を傷つけようとした者を、確実に捕らえる好機だもの。それに、アジトとは言ったけど、この森のなかに建物なんて無いんだから」 

「まあ、そうだけどな。それに、今日の狩猟大会のために、昨日、この森は調査されているしな」 

 大がかりな物は何も用意できていない筈と、ヘラルドが言えばレオカディアも頷きを返す。 

「この場に居るのは、私たちだけなんだもの。きちんと斥候せっこうの役目を果たしましょう」 

 これはもう戦いだと、レオカディアは、きりりと凛々しい表情を見せた。 

 

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