32 / 46
三十二、薔薇祭 ~異国の王女~ エルミニオ視点
しおりを挟む「ディア!ディア!・・・・くっ、縄か!?」
突然全力で走り出したレオカディアの馬を追おうとするも、飛来物はレオカディアの馬の鼻先で炸裂したひとつではなく、自身が乗る馬の脚へもあったと確認していたエルミニオは、急ぎ馬から下り、その足に縄が絡みついているのを発見した。
「殿下!ご無事ですか!?」
「ああ、セレスティノ。僕は問題無い。馬も、無傷だ」
普段の冷静さをかなぐり捨てた様子で現れたセレスティノに答えながら、エルミニオは落ち着かせるように馬の首を優しく撫でる。
「よかった。一体、何が」
「飛来物が二つ。ひとつは、ディアが乗る馬の鼻先で炸裂し、ひとつは僕の馬の脚に絡んだ」
「飛来物が炸裂!?」
「ああ。だが、爆発物ではない。恐らくは、馬を驚かすのが目的だろう」
言葉を紡ぎつつも、エルミニオは暴れ馬に乗ったままのレオカディアが気にかかって仕方がない。
「ヘラルドが追いかけるのが見えた。あのふたりなら、大丈夫だ」
「ああ。そう信じるよ・・・さて、また乗せてくれるか?」
何とか馬も落ち着いた頃合いで、エルミニオはそう言って馬に跨ろうとして、嫌な予感と共に振り返った。
「エルミニオぉ!セレスティノぉ!ピアのこと、待っててくれてありがとおお!」
「貴様を待っていた事実は、欠片も無い」
馬ではないピアは、ここまで懸命に駆けて来たのだろう。
ぜいぜい、はあはあと息を切らしている。
そして、その隣にもうひとり。
まるで、狩人のような装いの少女が、きらきらと輝く瞳でエルミニオを見ていた。
「あ!気になるよね!こちら・・ええと・・海の向こうの国のミゲラさん!お姫様なんだって」
「ミゲラよ。よろしくね、エルミニオ王子」
「来訪の連絡は、いただいていませんが」
ミゲラ姫といえば、あれか。
ヒレワサのアウレリアーノ王子が言っていた、バリズラの迷惑王女か。
ピアが言うところの海の向こうの国、バリズラの第四王女ミゲラは、我儘な贅沢者、そのうえ相当な節操無しで有名だった。
エルミニオが交流のあるヒレワサのアウレリアーノ王子も、その標的にされたひとりで、婚約者が居るといくら言っても聞き耳を持たず苦労した、とげんなりした表情で言っていた。
まさか、僕がその加害者に遭うことになるとはな。
「連絡は入れていないもの。来たいから来たのよ」
「それでは困ります。失礼ながら、王女殿下が本物という確認をさせていただかなくてはなりません」
すっ、と一歩前に出たセレスティノが言った言葉に、ミゲラが真っ赤になって目を吊り上げた。
「失礼でしょう!あたしは、エルミニオ王子の正妃になるのよ!?あんたなんて、下僕よ、下僕」
「世迷い言を言わないでいただきたい。私には、レオカディアという素晴らしい婚約者がいます」
『貴様なんか、ディアの足元にも及ばないんだよ!』とは心のなかだけで、エルミニオは王子としての対面を保つ。
「世迷い言じゃないよ、エルミニオ!だって、王女様なんだよ?レオカディアなんか、身分も足元に及ばないじゃん」
「ドゥラン男爵令嬢。言葉を慎め。ディアを呼び捨てにするうえ、公爵令嬢である彼女を愚弄するなど、許されることではない」
即座に厳しくエルミニオが糾弾すれば、ピアはひっと言ってミゲラの後ろに隠れた。
「エルミニオ王子。今は男爵令嬢かも知れぬが、側妃となれば公爵令嬢より立場が上だろう」
「我が国に、側妃という制度は無い」
一夫一妻の国の王子に向かって何を言うかと、エルミニオは侮蔑の表情でミゲラを見る。
「失礼ながらミゲラ王女殿下に申し上げます。我が国のエルミニオ王太子殿下は、婚約者であるアギルレ公爵令嬢を溺愛していることで有名です」
「それも、誤報だと聞いた。まこと溺愛しているのは、ここに居るピアだと」
「そのようなこと、誰から?」
言外に、エルミニオはレオカディア以外見向きもしないから諦めろ、と言ったセレスティノに、分かっているから隠さなくていいと、ミゲラが笑う。
「ピアが教えてあげたの!本当にエルミニオが好きなのは、ピアだって。あ!セレスティノとヘラルドが、ピアを好きな事も知ってるから!安心してね」
「世迷い言の次は、妄言か」
これは、どう対処すべきかと、一応恐らくは本物のミゲラ王女なだけにエルミニオもセレスティノも頭を悩ませる。
「殿下。ともかく、一度城へ戻りましょう。襲撃された報告も必要です。王女殿下をどのように扱うのか、その相談もしなければならないでしょうから」
「そうだな」
公での言葉使いで言うセレスティノの案を聞き、今はそうするのが一番だと理解しつつも、エルミニオはレオカディアが暴れ馬に乗ったまま激走して行った道の先を見つめてしまう。
「ヘラルドが付いています。それにもし、何かあればヘラルドが抱えて戻っているかと」
「ああ。ディアは、馬にも乗り慣れている。無事に、決まっているよな」
自身に言い聞かせるように言って、エルミニオは森の外へと馬首を向けた。
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
127
お気に入りに追加
350
あなたにおすすめの小説
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています
【完結】余命三年ですが、怖いと評判の宰相様と契約結婚します
佐倉えび
恋愛
断罪→偽装結婚(離婚)→契約結婚
不遇の人生を繰り返してきた令嬢の物語。
私はきっとまた、二十歳を越えられないーー
一周目、王立学園にて、第二王子ヴィヴィアン殿下の婚約者である公爵令嬢マイナに罪を被せたという、身に覚えのない罪で断罪され、修道院へ。
二周目、学園卒業後、夜会で助けてくれた公爵令息レイと結婚するも「あなたを愛することはない」と初夜を拒否された偽装結婚だった。後に離婚。
三周目、学園への入学は回避。しかし評判の悪い王太子の妾にされる。その後、下賜されることになったが、手渡された契約書を見て、契約結婚だと理解する。そうして、怖いと評判の宰相との結婚生活が始まったのだが――?
*ムーンライトノベルズにも掲載
公爵閣下に嫁いだら、「お前を愛することはない。その代わり好きにしろ」と言われたので好き勝手にさせていただきます
柴野
恋愛
伯爵令嬢エメリィ・フォンストは、親に売られるようにして公爵閣下に嫁いだ。
社交界では悪女と名高かったものの、それは全て妹の仕業で実はいわゆるドアマットヒロインなエメリィ。これでようやく幸せになると思っていたのに、彼女は夫となる人に「お前を愛することはない。代わりに好きにしろ」と言われたので、言われた通り好き勝手にすることにした――。
※本編&後日談ともに完結済み。ハッピーエンドです。
※主人公がめちゃくちゃ腹黒になりますので要注意!
※小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しています。
忘却令嬢〜そう言われましても記憶にございません〜【完】
雪乃
恋愛
ほんの一瞬、躊躇ってしまった手。
誰よりも愛していた彼女なのに傷付けてしまった。
ずっと傷付けていると理解っていたのに、振り払ってしまった。
彼女は深い碧色に絶望を映しながら微笑んだ。
※読んでくださりありがとうございます。
ゆるふわ設定です。タグをころころ変えてます。何でも許せる方向け。
麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。
スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」
伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。
そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。
──あの、王子様……何故睨むんですか?
人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ!
◇◆◇
無断転載・転用禁止。
Do not repost.
モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~
咲桜りおな
恋愛
前世で大好きだった乙女ゲームの世界にモブキャラとして転生した伯爵令嬢のアスチルゼフィラ・ピスケリー。
ヒロインでも悪役令嬢でもないモブキャラだからこそ、推しキャラ達の恋物語を遠くから鑑賞出来る! と楽しみにしていたら、関わりたくないのに何故か悪役令嬢の兄である騎士見習いがやたらと絡んでくる……。
いやいや、物語の当事者になんてなりたくないんです! お願いだから近付かないでぇ!
そんな思いも虚しく愛しの推しは全力でわたしを口説いてくる。おまけにキラキラ王子まで絡んで来て……逃げ場を塞がれてしまったようです。
結構、ところどころでイチャラブしております。
◆◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◆
前作「完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい」のスピンオフ作品。
この作品だけでもちゃんと楽しんで頂けます。
番外編集もUPしましたので、宜しければご覧下さい。
「小説家になろう」でも公開しています。
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
公爵令嬢 メアリの逆襲 ~魔の森に作った湯船が 王子 で溢れて困ってます~
薄味メロン
恋愛
HOTランキング 1位 (2019.9.18)
お気に入り4000人突破しました。
次世代の王妃と言われていたメアリは、その日、すべての地位を奪われた。
だが、誰も知らなかった。
「荷物よし。魔力よし。決意、よし!」
「出発するわ! 目指すは源泉掛け流し!」
メアリが、追放の準備を整えていたことに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる