溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)

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十九、<シャイザーンの店>

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「お店が見当たらない。確かに、ここの筈なのに」 

 その日。 

 レオカディアは邸をこっそり抜け出して街に行くと、その店がある筈の場所に立った。 

 周りには、懐かしく感じるくらい、ゲーム「エトワールの称号」で見慣れた街並みが広がっているのに、その店<シャイザーンの店>だけが見つけられない。 

「見えるべきひとにしか見えない、とか?」 

 つまりヒロインにしか見えないのかどうか、その確認もしたいけれど、今ここにヒロインが現れるなんて都合のいいことはないだろう、とため息を落としそうになったレオカディアは、遠くから桜色の髪を靡かせて駆けて来るその姿に目を見開いた。 

「私、運がいいみたい」 

 こそりと呟き、レオカディアは建物の陰へと隠れる。 

「ここね!<シャイザーンの店>あったー!」 

 その桜色の髪の少女「エトワールの称号」のヒロインであるピアは、喜びの声をあげると、極自然な様子でその姿を消した。 

「『特別な貴女にだけ扉を開く店<シャイザーン>』か」 

 ゲーム中で、店主シャイザーンが言う台詞を思い出し、レオカディアは辺りを見渡す。 

「あとは、本当に彼女にだけ見えるのかどうか確認したいけど、周りのひとに『あそこに空色のとんがり屋根の店見えますか』なんて聞くわけにもいかないし。どうしよ」 

 そんなことをすれば変人だと思い、レオカディアが思案していると、買い物を終えたのだろうピアが、嬉しそうな表情で出て来た。 

「これで!エルミニオもセレスティノもヘラルドもあたしに夢中!ついでに周りの好感度もあげて、ばりばり攻略するぞ!おー!」 

「ん?ばりばり攻略、は分かるけど。周りの好感度もあげる?」 

 ゲームでは、そんなことはしなかったとレオカディアは首を捻る。 

「ゲームでのヒロインは、エルミニオを選んだ場合、最初は周りから敬遠され、怪訝な顔で見られるけど、エルミニオ本人がヒロインを大切にしていること、ヒロインも努力家で、笑顔が絶えない優しいひとだったこともあって、最後にはヒロインの方が王太子妃に相応しい、って評価に変わるのよね。その周りの好感度を、最初からあげておこうってことかな。そういえば、その時のレオカディアってどんな気持ちでいたのかしらね」 

 ゲーム「エトワールの称号」で、エルミニオの婚約者であるレオカディアの心情など出て来なかったし、ゲームをしている時には考えもしなかった、とその本人になってしまったレオカディアは思いを馳せる。 

「ゲームのレオカディアだって、王太子妃教育や公務を頑張っていたでしょうに」 

 自分には、思いの籠った優しい声をかけてくれるエルミニオが、ゲームではヒロインに夢中になり、婚約者に優しい言葉もかけなかったのかもしれないと思うと、レオカディアは、何とも切ない気持ちになった。 

「でも、そうか。今は優しくて、私を大事にしてくれるエルミニオ様も、ヒロインの攻略が進めば、ゲームと同じようになる可能性もある、ってことよね」 

 それは何とも寂しいが、こうなると、悪役令嬢でもなく、断罪されることないという立場は、本当に有難く感じるとレオカディアはしみじみ思う。  

 今日、ヒロイン、ピアが手にしたのだろう好感度を上げるアイテムはふたつ。 

 少しだけ好感度を上げることが出来る飴と、やや高く好感度を上げることの出来るクッキー。 

「そっか。断罪はされなくても、嫌われ役にはなるかも知れないのか」 

それらをヒロインが周りにも配った場合、自分はそういった役回りになるかもしれない、とレオカディアは覚悟を決めた。 

「何があっても、最後まで凛としていたいな」 

「ディア!ディア、無事か!?」 

 レオカディアがそう思った時、聞きなれた声がした、と思った時にはがっしりと肩を掴まれていて、レオカディアはぽかんと目の前のエルミニオを見つめてしまう。 

「エルミニオ様?どうして?」 

「『どうして?』じゃないだろう、ディア!僕が居ない時に、護衛も侍女も無しに、ひとりで街を歩くなんて!」 

「ああ・・・言っとくけど。殿下が居る時も、護衛、侍女無しは有り得ねえからな?」 

「まったくだ。屋敷をこっそり抜け出すなど。お仕置き案件だぞ、レオカディア」 

 気づけばヘラルドとセレスティノも居て、レオカディアを叱りながらも、その目には安堵があり、心配をさせてしまったのだと分かる。 

「ごめんなさい。どうしても、行ってみたいお店があって」 

「なら、僕も誘えば良かっただろう・・・でも、無事で本当に良かった。ディアを探している途中で、あの奇天烈な女を見かけたから・・本当に心配した」 

「エルミニオ様」 

 ぐっ、とレオカディアの肩を掴む手に力が入り、エルミニオが本当に心配してくれていたのだと、レオカディアは痛いほどに感じた。 

 

 っていうか、ほんとに痛い! 

 

「エルミニオ様・・・」 

「わ、悪い。つい」 

 直接言葉にはしなかったものの、涙目で痛いと訴えるレオカディアに気付き、慌てて手を離したエルミニオが、今度は優しく肩に手を置く。 

「あの奇天烈女。謹慎処分を食らっているくせに、何を平気な顔して出かけているんだか」 

「まったくだ。当然、学院にも連絡を入れたから安心しておけ、レオカディア」 

「ああ・・・うん。ありがと」 

 

 ・・・そういえば、そうだった。 

 彼女、謹慎している筈なんだった。 

 

 食堂で騒ぎを起こしたヒロイン、ピアは、王族、公爵家、辺境伯爵家に対し不敬な態度を取ったことで、厳重注意のうえ、十日間の謹慎処分を受けている。 

 そこには、学院に通わないというだけでなく、外出も一切禁ずるという文言が確かに記載されているため、それに反したことで追加の処分が行われるだろうと、レオカディアは説明された。 

「ディア。ディアは、あの奇天烈な女に遭遇しなかったか?何か、嫌なことをされなかったか?」 

「大丈夫です、エルミニオ様」 

「なら、良かった」 

 心底安心したように、エルミニオが全身の力を抜き、大きく息を吐く。 

「ごめんなさい、エルミニオ様。ヘラルドとセレスティノも、ごめんね」 

「いや。無事ならいい。それで?ディアが行きたかったという店は何処だ?」 

「レオカディアが、邸を抜け出してまで行ってみたい店なんて。どんな旨い物を売っているんだ?」 

「ヘラルド。いくらレオカディアだって、いつも食の事を考えているわけではないだろう」 

 本当に悪かった、と謝罪するレオカディアに、漸くいつもの笑みを見せた三人が、今度は明るい表情で問う。 

「悪かったわね。いつも食べ物のことばかりで・・・大した物じゃないの。空色のとんがり屋根のお店のクッキーが美味しい、って聞いたから」 

「何だ、やっぱり食い物じゃないか。ってか、空色のとんがり屋根?」 

 『やっぱりか』と言いながら周りを見たヘラルドが、首を傾げてレオカディアを見た。 

「うん。そう聞いたんだけど、見当たらなくて。場所は、合っていると思うんだけど」 

「空色のとんがり屋根か・・・確かに見当たらないな。もしかして、ディアが思うよりずれた位置にあるのか?」 

 言いながら、エルミニオが左右を見渡す。 

  

 そっか。 

 みんなにも<シャイザーンの店>は、見えないのね。 

 

「移転でもしたのかも知れないな。それか、殿下の言う通り、もう少し違う場所にあるか・・・レオカディア、少し待て。誰かに聞いてみるから」 

 ほっとしたような、そうでもないような、何とも複雑な思いでいたレオカディアは、そう言って走り出そうとするセレスティノを必死で止めた。 

「い、いいのセレスティノ。ありがとう。どうしても、ってわけじゃないから」 

「本当か?ディア」 

「本当です。エルミニオ様。わがまま言って、ごめんなさい」 

 いくら確認をしたいからといって、ひとりで邸を抜け出すべきではなかった、とレオカディアは項垂れてしまう。 

「わがままは言ってもいいけど、突然いなくなるのはやめてくれ。僕の心臓がもたないから」 

「だよな。『突然訪ねて、ディアを驚かせる』なんて言ってたのに、レオカディアが居なくて驚いたのは殿下だったもんな」 

「ああ。色々な意味で、この国の未来はレオカディアの双肩にかかっていると、改めて認識した・・・というわけで、空色のとんがり屋根の店ではないが、予約の店に移動するか」 

 冗談のように言い合った後で、セレスティノがその場を仕切るように言った。 

「予約の店って?」 

「殿下が、レオカディアに食べさせたい、って選んだ店だぞ?」 

「女性に人気のカフェだそうだ。個室を予約してあるから、存分に楽しむといい」 

 ヘラルドとセレスティノに言われ、レオカディアがエルミニオを見れば、はにかんだような笑みが返る。 

「ディア。最近少し、疲れているようだったから。気晴らしになればいいな、と思った」 

「エルミニオ様。嬉しいです。ありがとうございます」 

 ヒロインが現れてから、確かに考え事が増えたレオカディアは、未だ表面だってもいない、そんな些細な変化も見つけてくれるエルミニオに、心がほっこりなるのを感じた。 


~・~・~・~・~・
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