人気俳優が恋人ですが、俺だけの可愛いさんでもあります

夏笆(なつは)

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五、ふたりで宴会

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「久しぶりに会う俺達に、かんぱーい!」 

「乾杯!」 

 俺と紅葉乃もみじのさんは、まずサーバーのビールで乾杯して、ふうと一息ついた。 

「おお。昼に続いて鏡の手料理。感無量」 

「何を言っているんですか。ロケ先でも、いつも美味しい物を食べているでしょうに」 

「うーん。外食ってさ、確かに旨いけど飽きるっていうか、俺、鏡とこうやって家で飯食うの好きなんだよね」 

 『いただきます』と両手を合わせて、目をきらきらと輝かせる紅葉乃さんが可愛い。 

「俺も、紅葉乃さんとご飯食べるの好きです。紅葉乃さん、本当においしそうに食べるから」 

「だって、旨いもん!」 

 表情豊かな紅葉乃さんといると、とても楽しい気持ちになる。 

 今だって、あじのフライを頬ばった瞬間の、何とも言えず幸せそうな表情が魅力的で、俺まで幸せな気持ちになった。 

「撮影は、順調なんですか?」 

「うん。予定では、あと十日くらいだけど、それより早く終わるかも」 

「本当ですか!?・・・あ、でも、その後、またスタジオでの撮影もありますよね?」 

「あるね」 

「ですよね・・・」 

 俺が、しょんぼりと言えば、紅葉乃さんがにかっと笑う。 

「鏡だって、もうすぐ初日だろ?楽しみにしてっからな」 

 ぐびぐびっとビールを飲みほした紅葉乃さんが『ん』って手を差し出すから、てっきりビールのお代わりって言っているんだと思って、空になったジョッキを受け取ろうとしたら、やんわりとその手をどけられた。 

「俺が注いでやるからジョッキ寄こせ、って言ってんの。今度の役、準主役だろ?おめでと」 

「っ・・・・ありがとう・・ございます」 

 確かに、今度の役は準主役で、今までになく重要な役どころで。 

 だからこそ、気合も入っているけど、他者との息が合わなかったり、舞台での照明位置とか、演出効果に間に合うよう動く、なんてことが多くて、苦労もしている。 

 それでも、台詞が抜けるなんてこともなく、精いっぱい演じているのに、演出家の声はいつも厳しくて、怒鳴られたり、貶されたりばかり。 

「あの演出家さんさ。厳しくて頑固で恐ろしい、って有名だけど、やり切ったら実力付くから」 

「っ」 

「信じて、付いて行ってみ。それで、言いたいことあったら言ってみたらいいよ・・・ほい」 

 飄々と、何でもないことのように言いながら、紅葉乃さんが俺にビールのジョッキを渡し、鶏のから揚げをつまむ。 

「紅葉乃さんも、そういうこと、ありますか?」 

「あるに決まってんだろ。むしろ、俺なんて怒られてばっか。後輩の居るところでは、少々おてやわらかに、って何度思ったことか」 

 舞台でも、映画でも、テレビでも。 

 それこそ、ドラマや映画のメイキングでさえ、格好いいところや可愛いところしか知らない紅葉乃さんの、心の底からの呟きに、俺は悪いと思いながら笑ってしまった。 

「なんか。不貞腐れた子供みたいで、可愛いですね。紅葉乃さん」 

「また・・!そうやって、すぐ鏡は俺のこと馬鹿にするんだから」 

「馬鹿になんて、していませんって。これも、愛情表現です」 

「どこがだよ・・・え?」 

 ぽんぽんと会話しながら、何となくテレビを流し見していた紅葉乃さんが、不意に真顔になって固まってしまう。 

「どうしました?」 

 紅葉乃さんを見るのと、会話をすることに全力を注いでいた俺は、摘まんでいたからあげを、ぽろりと皿に落としたのも気づかず、画面を食い入るように見ている紅葉乃さんが見ているものを見て、なるほどと口元を緩めた。 

 

 やっぱ、紅葉乃さん可愛い。 

 

「かがみ・・どうしよ・・一番風呂は、早死にする・・だって」 

「だったら、紅葉乃もみじのさんも俺も早死にですね。ひとり暮らしなんですから」 

 風呂好きの紅葉乃さんは、ひとりの時も絶対に湯船につかることを知っている俺が言えば、紅葉乃さんが、かくかくと頷く。 

「そ、そうだよな・・・あ、でも湯船にはつかった方がいいだって。疲れとれるって」 

「ああ、それ。俺も聞いたことあります。ってか、あんまり気にしなくっても」 

 普段、こういった情報系の番組は、それこそ会話の話題程度に摂取する紅葉乃さんが、今、こんなにも真剣な顔で見ているのは、俺に一番風呂を勧めたからなんだろうなって思うと、それだけで幸せになる。 

 なるけど、折角ふたりでいるのに、テレビに紅葉乃さんを取られたみたいで面白くない。 

 

 どうすっかな。 

 検索すれば、対策も出てるだろうけど、紅葉乃さん、自分で見ないと納得しないだろうし。 

 

 検索結果を見せるという手もあるけど、こうなった紅葉乃さんは集中してしまって、意識を戻すのも難しい。 

 

 恨むぞ、テレビ。 

 

「・・・・ああ、よかった。入浴剤なら、いつも入れてる」 

 俺の怨嗟の声が届いたのか、こういう番組では結構引っ張ることが多いのに、割とすんなり解決策まで行き着いた。 

「入浴剤を入れればいいんですか?」 

「うん。そうらしい。よかった」 

 

 はい。  

 俺も良かったです。  

 

「紅葉乃さん。ところで俺、次はレモンサワーがいいです。その次は、テキーラもいいな」 

 これ以上、テレビに紅葉乃さんを取られたら、何をするか分からなかったと思いつつ、俺が要望を口にすれば、紅葉乃さんが、用意してあるお猪口を手に取った。 

「俺が買って来た日本酒も開けてみようよ」 

「いいですね!この、干物とチーズのつまみも美味しそうです」 

 美味しい酒と美味しいつまみ。 

 そして一緒に飲むのは、紅葉乃さん。 

 最高の時間を目いっぱい楽しみながら、ゆっくりと時間が過ぎて行くのを、心地よく感じていた。 

 
~・~・~・~・~・~・
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