人気俳優が恋人ですが、俺だけの可愛いさんでもあります

夏笆(なつは)

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四、お泊まり

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 「紅葉乃さんっ!お疲れ様です!そして、ただいま!」 

 紅葉乃さんが来るという日。 

 俺は、前日からの準備の甲斐あって、予定より早く家に帰ることが出来た。 

 そして、足取りも軽く買い物も済ませ、弾む気持ちを抑えて扉を開くなり、俺は気持ちが溢れるままに大きな声でそう言った。 

『ただいま』 

 それは、ひとり暮らしの俺にとって、普段は縁の無い言葉で、それが今日はそうじゃない、紅葉乃さんが迎えてくれるんだと思うと、それだけでにやけてしまいそうになるほど嬉しい。 

 もちろん、紅葉乃さんとこの部屋に帰って来たことは、幾度かある。 

 でも、それとはまた違う何かを、俺は、この瞬間に感じている。 

「おかえり、鏡。お邪魔してます」 

 ぱたぱたと、子供みたいに玄関まで走って来た紅葉乃さんは、そんな俺の期待を裏切ることなく、無邪気な、それでいて、どことなく落ち着かない様子でそう言ってくれた。 

 きっと、俺のとはいえ、他人の家でひとりで過ごしていたっていうのが原因なんだろうなって、そんな所も可愛いと思う。 

「なんか、借りて来た猫みたいですよ、紅葉乃さん」 

「似たようなもんだろ」 

 

 うっわ『にゃあ』って言わせたい。 

 可愛いだろうな。 

 でも、そうしたら、ベッド直行だよな。 

 それは、いくら何でも駄目だろ。 

 ・・・・・寝室行かずに抱き締めるくらいなら、いいか? 

  

「すぐ済むから、ちょっと待っててくれな」 

 不埒な事を考えつつ行ったリビングには、乾いた洗濯物が置かれていて、何枚か、畳んだらしき物もあって、絶賛畳んでいる最中なのだと分かる。 

 そして紅葉乃さんは、すぐさまその続きを始めてしまった。 

 抱き締める隙もあらばこそ、だ。 

 

 これって、完全に警戒されてる? 

 遠まわしに、嫌だって言っているってことか? 

 ・・・・・って、俺がよこしま過ぎるだけか。 

 

 よこしま要素を除けば、洗濯物を畳んでいる途中で、わざわざ紅葉乃さんは俺を出迎えに玄関まで来てくれたわけだし、洗濯物を畳む紅葉乃さんという、珍しい光景をこの目で見ることが出来るというのは、僥倖だと思う。 

 決して、大仰ではなく。 

 

 可愛いな。 

 俺の恋人、妻、奥さん・・・・ん? 

 

「紅葉乃さん?」 

「ん?」 

 紅葉乃さんが畳んでいるのは、タオルや下着類で、シャツなんかの難しい物は無い。 

 にも拘わらず『畳み終わっているのか?それ』という出来の洗濯物を見て、俺は思わず苦笑した。 

「紅葉乃さん、そういうの苦手ですよね」 

「悪かったな。まあ、自分でもそう思う」 

 へへへ、と笑う紅葉乃さんと並んで、俺も洗濯物を畳もうとして、伸ばした手をぺちっと叩かれた。 

「家に帰ったら、手洗い、うがい。風邪とか色々、予防しないとだよ。健康第一」 

「あ、はい」 

 思わず素直に返事して、俺は手を洗いに向かう。 

 確かに、紅葉乃さんの洗濯物に雑菌なんて付けるわけには、いかないからな。 

 うん。 

 絶対。 

 

 

 

「・・・あ、鏡。お風呂ありがとうございました。そらから、昼飯もありがと。言うの遅くなってごめん。すっげ旨かった」 

 洗濯物を畳み終わってすぐ、早いけど風呂入ってゆっくりしよう、ということですぐさま意見のまとまった俺と紅葉乃さんは、どちらが先に風呂に入るかで揉めた。 

『紅葉乃さんが、先に入ってください』 

『いいや、鏡が先』 

『紅葉乃さん、一応お客さんなんですから』 

『一応ってなんだよ、一応って。それ言うなら、鏡は家主じゃん』 

『いや、紅葉乃さんは、感覚的に家族以上なんですけど、一応業界でも人生でも先輩なんで』 

『一応、一応、うるさい!鏡が先に入る!はい、決定!』 

 俺の可愛い紅葉乃さんは、結構頑固なところがあって、こうなるともう、梃子でも動かない。 

 というわけで、先に風呂を済ませた俺は、せっせと夕飯の支度をしていた。 

「おお、旨そう」 

「明日、俺も午前中は休みなんです。それに、紅葉乃さんも昼まで平気って言ってたから。なので、飲んでも平気ですよね?」 

「おうよ!そのつもりで、ロケ先の地酒、買って来た」 

「あ、いいですね。刺身もあるんで」 

「俺はねえ、お勧めっていう干物買って来た。すぐ食べられる奴」 

  

 うわっ、やべええ。 

 いい匂い。 

  

 にこにこと、俺の隣で話す紅葉乃さんは、風呂上がり独特の、ほんのり温かい空気といい香りを纏っていて、何かもう、くらくらする。 

 おかしいな。 

 俺も同じシャンプーとボディソープ、使った筈なのに。 

「なんか、料理だけじゃなく、鏡もいい匂いする。おいしそう」 

「美味しそうなのは、紅葉乃さんです!」 

  

 まったく、人の理性を試すようなことばかりして! 

 無意識なのが、また問題なんだって、いい加減気づけよ! 

 俺、揚げ物してんだからさ! 

 油は危ないから、誘われたって言い切って、襲うこともできないんだよ! 

 それ以外なら、大歓迎なのに! 

 

 というわけで、俺は真顔で説明した。 

『紅葉乃さん。揚げ物していない時なら、料理中でも大歓迎です』 

『へ?鏡?急に何言ってんの?疲れた?』 

 そうしたら案の定、紅葉乃さんはきょとんとした顔になった。 

 

 はあ。 

 そんな顔も可愛いけど、頼むから自覚してくれ。 


~・~・~・~・~・
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こちらと同じ設定の「人気俳優が恋人なので、気苦労が絶えません」 も、よかったら読んでください。
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