人気俳優が恋人ですが、俺だけの可愛いさんでもあります

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
3 / 5

三、約束

しおりを挟む
 

 

 

「でも、凄く寒そうですよね。風邪なんかひいてませんか?食欲は?ちゃんとあったかくして寝てます?」 

 紅葉乃さんとスノーモービルに一緒に乗る約束をした俺は、心も軽く、心配していたことを色々聞いてみる。 

 まあ、今聞いている紅葉乃さんの声の感じで、大丈夫って確信しているけど、念のため。 

『おう。体調は凄くいいし、食欲もあるし、ちゃんとあったかくして寝てるよ』 

「乾燥にも、気を付けてくださいね」 

『それも、ちゃんとしてるから安心していい・・っていうか『心配だから』って、加湿器持たせてくれたの、鏡じゃん』 

 『まるで、おふくろみてえ』なんて言って、紅葉乃さんが笑っている。 

 そんな笑い声も可愛いけど『おふくろ』は、いただけない。 

「そんなの。『紅葉乃さんの恋人』として、当然のことです」 

『ほんと。よく出来た恋人だよな。鏡、いつもありがと』 

 『おふくろみてえ』と言われて、少しかちんときた俺が『紅葉乃さんの恋人』って部分を、強調して言ったのにも気づかない様子で、紅葉乃さんは、真っすぐ俺にそう言った。 

 

 ああ、こういうとこ、敵わないんだよな。 

 素直で、お人よしで。 

 ほんとに可愛い、俺の恋人。 

 ・・・今すぐ、抱き締めたい。 

 抱き潰したい。 

  

 心に連動して体が熱くなって、込み上げる想いが、欲が、止まらない。 

 それでも、電話でそんなこと言うわけにもいかなくて、俺はただ息を深く吸った。 

「なら、安心です。そういえば、お風呂も堪能しているみたいですね。ブログでも、紅葉乃さんが楽しそうなの、伝わってきました」 

 紅葉乃さんの公式サイトで見た、大きな風呂の記事。 

 流石に入浴している画像は無くて、俺は、それが安心でもあり、残念でもあった。 

『おう!すっげ、広くて気持ちいい。今度、鏡も一緒に広い風呂行こうぜ・・・・・って。鏡と温泉行こうって言ってたのに、それ果たす前に、俺だけで来ちゃったな』 

 『ここのホテル、温泉あるんだよ』って、ちょっとしゅんとして言う紅葉乃さんも可愛い。 

「じゃあ、罰として、俺との温泉旅行、予定より一日多くしてください。それで許してあげます」 

『分かった!ほんと、ごめんな。鏡』 

 仕事なんだから当たり前、気にしないって思っているのに、素直じゃない俺が意地の悪い言い方をしても、紅葉乃さんは咎めないし、自分は悪くないって言わない。 

『なあなあ、あとさ。旅行は旅行としてさ。一緒に、銭湯、行かね?都内でも、温泉になってる銭湯とかあるし。両手両足伸ばして湯船に浸かる、って、すっげ気持ちいいぞ』 

 『知ってっか?東京の温泉って黒いんだぜ』なんて、紅葉乃さんは、うきうきと教えてくれて、当たり前のように誘ってくれたけど、俺は素直に頷けない。 

「都内の銭湯、って。それ、不特定多数のひとが居るじゃないですか」 

 紅葉乃さんが誘ってくれたことは、とても嬉しい。 

 だがしかしと、俺は現実を見つめた。 

『あ。鏡って、そういうの駄目なひと?』 

「いや、俺は平気です。つか、紅葉乃さんと銭湯なんて、すっげ楽しそうです・・ふたりで湯につかって、さっぱりしてビール飲んで、なんて凄くいいです」 

『お、いいな!ついでに浴衣も着よう・・・って。あれ?でも、じゃあ何で?」 

「紅葉乃さん・・・自分が有名人だって自覚、あります?」 

 紅葉乃さんは、テレビでもよく見る有名人だ。 

 それこそ、紅葉乃さんの名前や演じた役を知らなくても『この人、テレビで見たことある』というひとは、山ほど居る。 

 そんな紅葉乃さんが、都内の銭湯に普通に居たらどうなるかなんて、火を見るより明らかじゃないか。 

『何だ、そんなこと心配してたのか』 

「『何だ』でも、『そんなこと』でもないですよ。大騒ぎになったら、どうするんですか」 

『ならない、って。野郎が野郎見て、騒ぐかよって話だろ。心配すんな。みんな、風呂入りに行っているだけなんだから。日常だよ、日常』 

 『その日常に、非日常が混ざり込んでいたらって話をしてんだよ!』って俺は思うけど、呑気な紅葉乃さんは、少しも心配していない。 

「男風呂には男しかいないですが、他の場所には女性もいるんですよ?騒がれます、絶対」 

『はは。案外、分からないものだって。それに分かったからって、取って食われるわけじゃなし。騒がれるかも分からないじゃないか。鏡は、心配症だな』 

  

 っかあああ! 

 呑気に笑いやがって。 

 いいか、騒ぐ女共なんて大した害にはなりゃしねえ! 

 本当に危ないのはな、男風呂に居る野郎共なんだよ。 

 俺みたいな奴がいたらどうする。 

 狙われたらどうすんだよ! 

 

「はあ・・・分かりました。俺が、全力でガードします」 

『はは。鏡の方がきれいなのに、変なの』 

「紅葉乃さん!?」 

「そいでさ、鏡。俺、明後日は東京で仕事なんだ。だから、一日泊まりで東京に帰るんだけど、鏡ん家に行ってもいい?』 

「もちろんいいです!」 

 『鏡の方がきれい』とか言われて、昇天しかけた俺は、更なる喜びの言葉に速攻で頷いた。 

『と言っても、仕事があるから、鏡の家に行くのは明後日あさっての昼頃になっちゃうんだよな。そんでもって、明々後日しあさっての昼過ぎには出ないとだから、慌ただしくなっちゃうんだけど、それでもいい?』 

「大丈夫です。まったく問題ありません。明後日の昼頃ですね。俺、その日は四時まで稽古なんで、合い鍵使って入っておいてください。簡単な食事も用意しておくんで、手ぶらで来ていいですよ」 

『ありがと。甘えさせてもらうな』 

「やった!やっと合い鍵、使ってくれるんですね」 

 ここに越して来てすぐ、俺は当然のように紅葉乃さんに合い鍵を渡したけど、紅葉乃さんは『鏡の最大のプライベートだから』って、これまで使ってくれたことが無かった。  

 それがようやく、と、俺は、柄にもなくじーんと感動してしまう。 

『あと、ごめんだけどお願いがあって』 

「何ですか?何か、食べたいものでもあります?』 

 食べ物だろうと品物だろうと、どんな物でも用意してやると、俺は意気込んだ。 

 

 紅葉乃さん。 

 『鏡ひとり』なんていうお願いでも、いいですよ! 

 

『食べ物じゃないんだけど。実は、洗濯機を借りたくて。あと、乾燥室も使わせてほしい』 

「洗濯機、ですか?」 

『うん。ホテルでもクリーニング頼めるけど、下着をお願いするのは、ちょっと嫌でさ。それで・・・ごめんな、こんなお願い』 

「いいですよ、もちろん。気にしないで使ってください。洗剤のたぐいも、分かるように出しておきますね」 

 おずおず、って感じで言う紅葉乃さんも可愛い、もう、紅葉乃さんであれば、紅葉乃さんである、それだけで可愛いと、俺は悶えながらそう言った。 

 脳内では、あられもない姿の紅葉乃さんが、俺を妖艶にさそっている。 

  

 大丈夫だ。 

 普通の通話にしてあるから、俺の変態じみた動きは見られていない。 

 ああ。 

 これがなきゃ、ビデオ通話にするのに。 

 

 『ありがと!最初は、家に帰って洗濯しようと思ったんだけど、鏡にも会いたいからさ。かといって、コインランドリーは嫌だし』 

「紅葉乃さん、苦手ですもんね」 

『便利だとは思うんだけどさ、誰が何を洗ったか分からないのって、ちょっと。気にし過ぎって分かってるけど、今回は特に。下着だしさ』 

 『コインランドリーは、他人の家の洗濯機、って感じがして、どうも』なんて呟く紅葉乃さんに、俺はちょっと意地悪く囁く。 

「じゃあ。俺は、他人じゃないと?」 

『当たり前だろ、鏡だもん。もう、身内以上に家族だよ』 

「・・・・・っ!」 

 

 くすっ、ってなんだ、くすっ、て! 

 なんだ、その照れたような笑い声。 

 今すぐ引き倒して、ベッドに組み伏してもいいよな!? 

 な!? 

 

『鏡?何か、呼吸が苦しくなった?どっか、具合悪い?』 

「いえ、平気です」 

『ほんとに?』 

 

 ほんとに平気です。 

 ちょっと、興奮しただけなんで。 

 この後すぐ、処理するんで。 

 

「あ、そうだ紅葉乃さん。洗濯してすぐ、乾燥室に入れるんじゃなくて、ベランダに干していいですよ。風に当ててから干す方が好きでしょ?見えないようになっているから、安心して」 

『ほんとか!?重ね重ね、ありがとう鏡。大好き!』 

  

 ああ、いい。 

 俺の家のベランダで、洗濯物干す紅葉乃さん。 

 見たい。 

 でも、その時間、俺は稽古。 

 ・・・・・いっそ、さぼるか? 

  

『んじゃあ、鏡。そういうことでよろしく。あ、稽古さぼったりすんなよ?』 

「もちろんです!そんなこと、しません。絶対」 

 まるで見透かされたかのような言葉にぎくりとする俺に、紅葉乃さんは、悪戯が成功した子供みたいに笑った。 

『分かっているよ、冗談。じゃあ、明後日あさって。楽しみにしている』 

「はい。俺も、楽しみにしています」 

 

 明後日には、紅葉乃さんに会える。 

 

 最高の栄養分を貰った俺は、紅葉乃さんとの通話を終えても、さっきまでのぐだぐだ感など、何処へやら。 

「さってと。さっさと風呂入って、さっさと寝て。明後日、予定が押さないように明日出来ることは、完璧に終わらせておかないと」 

 てきぱきと、心弾む思いで準備を進める自分に、俺は我ながら現金だなと苦笑した。 

 
~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

家族になろうか

わこ
BL
金持ち若社長に可愛がられる少年の話。 かつて自サイトに載せていたお話です。 表紙画像はぱくたそ様(www.pakutaso.com)よりお借りしています。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

総長の彼氏が俺にだけ優しい

桜子あんこ
BL
ビビりな俺が付き合っている彼氏は、 関東で最強の暴走族の総長。 みんなからは恐れられ冷酷で悪魔と噂されるそんな俺の彼氏は何故か俺にだけ甘々で優しい。 そんな日常を描いた話である。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

例え何度戻ろうとも僕は悪役だ…

東間
BL
ゲームの世界に転生した留木原 夜は悪役の役目を全うした…愛した者の手によって殺害される事で…… だが、次目が覚めて鏡を見るとそこには悪役の幼い姿が…?! ゲームの世界で再び悪役を演じる夜は最後に何を手に? 攻略者したいNO1の悪魔系王子と無自覚天使系悪役公爵のすれ違い小説!

処理中です...