人気俳優が恋人ですが、俺だけの可愛いさんでもあります

夏笆(なつは)

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一、憂鬱も吹き飛ばす、俺の恋人。

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「ああ・・・今日は、ほんっとうに疲れた」 

 その日。 

 俺は、怒鳴られるわ、揉めるわの舞台稽古で、心身ともにとてつもなく疲労し、足取りも重く、ぐったりと帰宅した。 

 それでも、玄関を開けて入るまでは頑張らないと、どこに人目があるかも分からない、なんて、今日は残り少なくなった、なけなしの根性で凛々しく胸を張る。 

 俺が今住んでいるマンションは、セキュリティ万全、プライベートも護られるってだけあって、芸能人も結構住んでいるらしい。 

 らしい、ってくらいの情報しかないけど、実際、相手が俺を知らなくても俺は知っている人とすれ違ったりする。 

 その人本人が、住んでいるのかは知らないけど、そんな人たちは、俺を知らなくても紅葉乃さんの事は確実に知っているのだからして、俺がみっとも無い姿を晒した結果、もしかして、万が一に俺のことを知っている人が見たら、何かの拍子にそれを紅葉乃さんに言うかもしれない、ってことだ。 

『なあなあ、紅葉乃もみじの。知っているか?あの鏡って舞台俳優、仕事の時は気張っているくせに、普段は何ともいえず、情けねえ感じなの』 

 

 ・・・駄目だ。 

 絶対に有り得ない。 

 紅葉乃さんには『いつもかっこいい鏡』って言われたい俺は、そんなことになったら、泣くに泣けない。 

 

「・・・・はあ。今度こそ、本当にもう駄目だ・・よく頑張った俺」 

 だが、その根性も、玄関を入って鍵をかけた途端に尽き果てた。 

 俺は脱力して、そのままずるずると上がりかまちに座り込む。 

 

 いいんだ、今日はもう。 

 どうせ、紅葉乃もみじのさんにも会えないんだし。 

 

 こんな時でも、紅葉乃さんに会えるとか、電話で話せる、なんて楽しみがある時は、全然問題無く、っていうか、張り切って色々準備出来る俺だけど、紅葉乃さんがいない、声も聞けないとなると、途端に気力を失う。 

「どうせ、ぽんこつだよ」 

 今日、舞台稽古で言われた言葉を苦く思い出し、俺は吐き捨てるように呟いた。 

 

 

「ああ・・・紅葉乃さん・・会いてえな」 

 暫く玄関でぐだぐだしてから、俺はぐでっと部屋に入り、ばさりと荷物を床に放った。 

 いつもだったら、荷物を投げるなんて絶対にしないけど、今日は何だかやさぐれた気分が止められない。 

  

 いいだろ。 

 どうせ、ひとり暮らしで、誰も見てないんだし。 

 紅葉乃さんも、来ないし。 

  ・・・ああ、なんか今日は、本当に駄目だ。 

 自分なんて、この世に要らないなんてことまで考えだしたら、おしまいだろ俺。 

 

 そう思っても、なんだか、くさくさしてしまって、俺は投げやりな気持ちのまま、いつもよりずっと乱暴に、ドアの開け閉めなんてしてしまった。 

 

 物にあたるなよ、俺。 

 ・・・はあ。 

 ほんと、嫌になる。 

 

 八つ当たりするように乱暴な動作を繰り返せば繰り返すほど、精神力がごりごり削られて行く気がする。 

 元々、今日は人間関係でも物凄く疲れているのに、追加ダメージを自分で与えるなんて、俺はSだったんだろうかとまで考えた。 

 

 風呂、入んなきゃな。 

 でも、めんどくせえ。 

 

 すべてが面倒で仕方ないと、リビングのソファでぐでっとしていたら、電話が鳴った。 

 

 はあ。 

 演出家かな。 

 未だ何か、言い足りないってか? 

 

 今日、派手にやり合った相手を思い出し、俺は、より憂鬱な気分になった。 

 もう今日はどん底だと思っていたのに上げ底だったかと、こんな時なのに、俺は紅葉乃さんの言葉を思い出して、何だかほっこりする。 

『もうさ、不幸のどん底と思思ったのに、それ以上があったんだよ。上げ底だよ、信じられないよ、もう』 

 

 手持ちで一番いいコートを来て出た日に雨にあった、車は要らないと、マネージャーの柳瀬さんに言ってしまったので歩くしかないのに、風まで強まって、コンビニで買った傘が壊れ、それでも何とか駅までと歩いている途中、走って来た車に水たまりの水を盛大にかけられた。 

 ここまでくれば、もうこれ以上の不幸は無いと思い、開き直って歩いていたら、横道から飛び出して来た子供に激突され、なんとか抱き止めることに成功するも、反動で転んでしまった。 

 

 それが、紅葉乃さんが言っていた、上げ底。 

「大変だっただろうとは思うけど、紅葉乃さんらしくて可愛いとも思うんだよな。それに、言い方。不幸だって言いながら、ちっとも不幸そうに見えないのも才能だと思う。不幸だって嘆いているのに可愛いとか。ほんと、反則」 

 ただ、そんな可愛い紅葉乃さんを知るのは、自分だけでありたいと思いつつ、俺は仕方ねえなと、電話をかけて来た、その相手の名前を見た。 

「え!?紅葉乃さん!」 

 確認した次の瞬間には、勢い余ってスマホを投げ飛ばすくらいの速さで、俺は電話に出ていた。 

 憂鬱な気分なんて、もうどこにもない。 

 俺は、弾む気持ちのまま、紅葉乃さんを呼んだ。 

 
~・~・~・~・~・
ありがとうございます。
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