8 / 8
八、願い
しおりを挟む「ちょっと、ちょっと。そんなことしたら、使用人たちが驚くでしょう。はい、起きて起きて」
言いつつ、アダルジーザは、テーブルに突っ伏したイラーリオのつむじを、閉じた扇でつついた。
「うう・・俺への扱い雑過ぎないか?」
「まあ。雑に扱われた私の過去を思えば、これでも優しいと思いますわ」
扇を掴もうとするイラーリオの手から難なく逃れ、アダルジーザは、ほほと笑う。
「うぐっ・・・過去の事は、悪かった。本当に、すまなかった。そして、今生は絶対に君を大事にすると誓う」
騎士だった頃のように、胸に手を当て誓うイラーリオに、けれどアダルジーザは冷たい目を向けた。
「誓いというのは、ある程度の信頼があって、初めて成立するもの。ゆえに、過去二度も煮え湯を飲ませてくれた貴方に誓われても、ねえ」
とても信じられない、信憑性は皆無、とアダルジーザは、はらはらした様子でこちらを見守る使用人たちを、横目で見た。
今日の顔合わせは、トルッツィ伯爵家、サリーニ伯爵家、双方にとって重要なもの。
殊に、トルッツィ伯爵家との事業提携を望んでいるサリーニ伯爵家にとって、三男のイラーリオが、将来の伯爵であるアダルジーザの婚約者、そして伴侶となれるかどうかは、伸るか反るかという運命の分かれ道なのである。
我が家にとっても、もちろんサリーニ伯爵家は良縁と言える相手だけれど。
でも別に、サリーニ伯爵家でなくとも、何も問題は無いのよね。
うん。
考えてみれば、私って、かなりの優良物件だと思うのよ。
前々世、最初にイラーリオと婚約した時は、ともかく婿を取らねばならない立場というのを、とても弱く感じていた。
自分が男だったら、という気持ちも強く、父が勧めてくれた縁談を受け入れるのが親孝行であり、跡取りとして当然の務めだと思っていた。
その負の感情が、前世までも支配してしまったのだと、アダルジーザは唇を噛む。
前世も、前々世の記憶があったのだから、もっと上手く対処できただろうにと、自身を歯がゆく思い返す時、それが今なのだと覚醒した。
「はっきり言いましょう。イラーリオ・・いえ、サリーニ伯爵令息。わたくしは、貴方との婚約を望みません」
「なっ」
背筋を伸ばし、凛と言い切ったアダルジーザに、イラーリオが目を見開く。
「そんなに驚くことですか?記憶が無いのならともかく、おありなのでしたら、当然のことと、ご納得いただけると思うのですが」
「・・・・・だが、この婚約は両家の」
「両家の都合、現状、家格、ひいては未来をも鑑みて、最良の縁組とされたのは事実ですね」
確かに、とアダルジーザは静かに紅茶を飲みほした。
「だろう!?だったら」
「ですが、我が家には、二番手、三番手がいない訳ではありません」
今生、父である伯爵に、アダルジーザは提言した。
跡継ぎである以上、政略結婚も当然と受け入れる覚悟はあるが、その相手は自分が見極めたい。
伴侶となる人物に愛や恋は求めないが、信頼し、共に領を盛り立てていける相手がいい、と。
もちろん、愛し愛されるのが一番なのだけれど。
まあ、そこまで望むのは、贅沢のような気もするし。
覚醒した、という割に腰が引けていると、自身をおかしく思いながら、アダルジーザは白い灰のようになっているイラーリオを見た。
「それでは。このご縁はなかっ」
「待ってくれ、アダルジーザ!俺は、騎士だった時の記憶も、文官だった時の記憶もある。もちろん、騎士としてはこの体で鍛える必要があるが、知識は既に使える。前世で叙勲された数式を、今度はもっと早くに公表しよう。そしたら」
「そうしたら、今度は王家から狙われそうですねえ」
有り得る、つまり絶対に却下、とアダルジーザが改めて言いかけた時、先ほどまで白い灰仕様だったとは思えないほどに力強くなったイラーリオが、ぱっと顔を輝かせた。
「そうか!王家に狙われるほどになったら、俺を選んでくれるのか!」
「は?誰も、そんなこと言っていません。王家に狙われ、結局婚約解消となりそうなので、やはり婚約したくないと言っているのです」
あまり平行線になるようなら執事を呼んで、とアダルジーザが算段していると、イラーリオがその場に両手を突き、頭を伏せた。
「頼む。今生は絶対に」
「信じられません」
「・・・アダルジーザ」
縋るようなイラーリオの瞳を真っすぐに見つめ返し、アダルジーザは緩く首を横に振る。
「私も幸せになりたいのです、サリーニ伯爵令息」
「っ・・・・・・」
静かなアダルジーザの言葉と声に、イラーリオは唇を噛んで俯いた。
幸せになりたい。
それは、前々世、前世のアダルジーザの心からの願いであり、叫び。
その時イラーリオは、過去の自分が犯した罪の深さを思い知った。
「さようなら、サリーニ伯爵令息」
「・・・別れは、言わない。また会えると、信じているから」
「ふふ。確かに、夜会などでは顔を合わせそうですわね」
「そうではなくて・・いや、何でもない。その時は、挨拶くらいはしてくれ」
既に、イラーリオという過去の遺恨を振り切り、未来へと向いているアダルジーザを眩しく見つめ、イラーリオは決意を込めて微笑みを返す。
「ええ、もちろん」
「元気で、アダルジーザ・・いや、トルッツィ伯爵令嬢。君の幸せを願っているよ」
「ありがとう。貴方もどうぞ、お幸せに・・・みんな、お客様がお帰りよ」
そうして、ふたりの三度目の顔合わせは終了した。
終わった、のね。
侍従と共に去って行くイラーリオを見送ったアダルジーザは、白い雲の浮かぶ空を見上げ、心のうちで呟いた。
今生こそ、幸せになって、そして・・・二度と、転生しませんように!
そしてまた同じ頃、イラーリオも、アダルジーザと同じ空を見上げて、自身に誓いを立てていた。
アダルジーザ。
今生は、君の幸せを遠くから見守る。
それが唯一、俺に出来る罪の償いだと思うから。
だが、その後は・・・。
その後は再び、君と添える人生が欲しい。
君と終生、共にあれる未来があらんことを願う。
空だけが知っている、異なるふたりの願い。
さて。
叶うのは、どちらか。
完
~・~・~・~・~・~・~・
色々迷い、書き直しを重ねた結果、このような結末になりました。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
494
お気に入りに追加
300
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(8件)
あなたにおすすめの小説

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。
豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。
なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの?
どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの?
なろう様でも公開中です。
・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』
悪女の秘密は彼だけに囁く
月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、再びあなたは私を諦めずに誘うのね。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。
緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」
そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。
私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。
ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。
その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。
「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」
お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。
「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」
夫と息子は私が守ります!〜呪いを受けた夫とワケあり義息子を守る転生令嬢の奮闘記〜
梵天丸
恋愛
グリーン侯爵家のシャーロットは、妾の子ということで本妻の子たちとは差別化され、不遇な扱いを受けていた。
そんなシャーロットにある日、いわくつきの公爵との結婚の話が舞い込む。
実はシャーロットはバツイチで元保育士の転生令嬢だった。そしてこの物語の舞台は、彼女が愛読していた小説の世界のものだ。原作の小説には4行ほどしか登場しないシャーロットは、公爵との結婚後すぐに離婚し、出戻っていた。しかしその後、シャーロットは30歳年上のやもめ子爵に嫁がされた挙げ句、愛人に殺されるという不遇な脇役だった。
悲惨な末路を避けるためには、何としても公爵との結婚を長続きさせるしかない。
しかし、嫁いだ先の公爵家は、極寒の北国にある上、夫である公爵は魔女の呪いを受けて目が見えない。さらに公爵を始め、公爵家の人たちはシャーロットに対してよそよそしく、いかにも早く出て行って欲しいという雰囲気だった。原作のシャーロットが耐えきれずに離婚した理由が分かる。しかし、実家に戻れば、悲惨な末路が待っている。シャーロットは図々しく居座る計画を立てる。
そんなある日、シャーロットは城の中で公爵にそっくりな子どもと出会う。その子どもは、公爵のことを「お父さん」と呼んだ。
私は彼を愛しておりますので
月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?


この誓いを違えぬと
豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」
──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。
※子どもに関するセンシティブな内容があります。
※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。
なろう様でも公開中です。

純白の牢獄
ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ラストはとても良かったですが
お話としてのバランスも纏まりも文句無しでしたが
方向性だけ
2度と共に歩く気のない女と
今回はダメでも次は‥の男
完全に道が分かたれてるのに
神頼み、未来は不透明!End‥的なのは
ちょっと残念でした。
作者様的には彼にはグレーなチャンスを残されたのねぇ。
個人的には
今世、別れて生きて、互いに死んで、
死して転生前の薄明の世界で
「有難う御座いました、これでもう来世は要らない」
と消えていく彼女を
「えっ?これっきり?俺は?」とばかり
呆然と見送る‥とか、
もしくは彼女が今世の夫と手を取り合って
「貴方とだったら転生してまた来世でも逢いたい」
と言いながら、彼を一顧だにせず転生していく彼女を
なす術なく見送る
とかまで見たかった気が。
一読者の主観、好みの話なんですけども。
グレーよりちゃんと切って欲しかったかなと。
こんばんは。
色々と考察もしてくださって、ありがとうございます。
ご感想、ありがとうございました。
話が通じなさ過ぎて気持ち悪い域になってますね、この自己満足野郎。他人の意見を鵜呑みにしないでコミュニケーション取ってれば誤解もないのにこの手の人間の根底にあるのって自分は正しいなので後悔することはあっても反省しないんですよね、ラストも無駄に前向きだし。結末には納得です。
こんばんは。
勝手な思い込みだけで、突っ走ってしまった模様。
少し、立ち止まってみれば違ったと思うのですが。
ご感想、ありがとうございました。
彼女の最後の一言が心からの願いだと気付いてようやく身を引いた。
本当に良いラストでした。
どう頑張ってもこの男とは縁がなかったんだと思います。
そういう関係もありますよね。
是非ヒロインちゃんには今世で幸せになって下さい!
こんばんは。
最後の一言に、込めてみました。
気づいてくださって、とても嬉しいです。
ご感想、ありがとうございました。