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七、お花畑か、おが屑か。
しおりを挟む「アダルジーザ。まずは婚約の記念に、君の好きなオリーブを贈りたい。屋敷内に場所を設けて、記念樹ばかりを植えて行くのはどうだろう?これから、色々な節目の折に植えていくことにすれば、いずれは立派なオリーブの」
「・・・ちょ、ちょっと待ってください!どうしてそんなに、ぽんぽんと話が進んでいくのですか!」
あまりの展開に、暫く呆然としてしまったアダルジーザは、嬉々として話し出したイラーリオを慌てて止めた。
「ん?オリーブでない方がいいか?しかし、アダルジーザはオリーブが好きだろう?あの可愛らしい花も、香しく美味しい実も好ましいと言っていたじゃないか。トルッツィ領の名産でもあるし、俺達の記念樹にこれほど相応しいものは無いと思うが」
「オリーブが、トルッツィ領の名産だと、ご存じ・・なのですか?」
怪訝な顔で言うアダルジーザを、イラーリオが少々呆れたように見やる。
「当たり前じゃないか。やがて、アダルジーザと俺とで守り繁栄させるべき場所なんだから」
「・・・・それはそれは。領主の伴侶としての学びも、きちんとされていたということですね。他のことだけでなく」
前々世は武道の鍛錬に明け暮れ、前世は学術を極めることに命を懸けていた、と思いつつ、半ば嫌味のようにアダルジーザが言うも、イラーリオには通じない。
「もちろんだ。前世も前々世も、きちんと教えてもらった。義父上から」
ぬかりは無い、いや無かった、と胸を張って言うイラーリオに、アダルジーザはため息を吐いた。
「いえ。他の所でやらかし過ぎですから」
『すべて台無しです』ときっぱり言えば、イラーリオがへにょりと眉を下げる。
「ああ。それは、本当に。今から思えば、分岐点は幾つもあった。だからね、アダルジーザ。安心していい。過去の過ちは二度と繰り返さない。ほら、言うだろう?三度目の正直と」
「二度あることは三度ある、とも言いますわね」
『そちらの方が、可能性が高そう』と呟き、アダルジーザは思わず空を見上げた。
青く澄んだ空には、真っ白な雲が幾つも浮かんでいる。
「どうした?急に空なんて見上げて。雨でも降りそうなのか?」
「いえ。貴方の話より、あの雲に手が届くと言われた方が、信憑性があるなと思いまして」
つまり『今のイラーリオの話は、まったく信じるに値しない』と言外に言い切り、アダルジーザは、少し離れた位置に立つ侍女に、紅茶のお代わりを所望する。
「それ、ひどすぎないか?」
「私の経験的法則から出た、至極真っ当な意見です」
すぐさま音もなく近づいた侍女が、空いたカップや皿を下げ、新たに茶を淹れ直し、一礼をしてしずしずと去って行くのを見送ってから、イラーリオとアダルジーザは会話を再開した。
「・・・トルッツィ家は、本当。侍女の教育も完璧だよな」
「何ですか、急に。サリーニ家の侍女だって、同じでしょうに」
またも唐突に何を、と思いつつ、アダルジーザはさり気なくイラーリオに砂糖を薦める。
「それはそうなんだが。違う家もあるんだ。アダルジーザが招かれるような家では、お目にかかれないだろう酷い侍女もいるんだよ」
「まあ、そうなんですね」
素直に砂糖壺から砂糖をカップへ入れるイラーリオを見ながら、アダルジーザは、そういうものか、くらいの気持ちで答えた。
「そうなんだよ!茶の淹れ方の作法も酷いうえに雑だし、茶を淹れ終わったらお辞儀もせずに、さっさと客人や主に背を向けて去って行くんだけど、その歩き方がまた酷い。あれを見るたび、どれだけアダルジーザとトルッツィ家が懐かしく、恋しかったことか」
「・・・それ、どちらでのご経験ですか?」
「ん?ああ、それはぜん・・・んんっ・・ああ・・ええと」
何のことはなく言いかけた後、何かに気付いたように言い淀むイラーリオに、アダルジーザは、なるほど、と納得する。
「つまり、前世や前々世の、恋人のお宅でのお話なわけですか」
ため息を吐きつつ、他家の侍女の所業を訴えていた表情から一転、くるくると落ち着きなくスプーンを使い、アダルジーザを窺うように見るイラーリオにアダルジーザが言えば、イラーリオの動きがぴたりと止まった。
「恋人じゃない」
「はいはい。ですが、前々世のジーナ・コッリ辺境伯令嬢、ベネデッタ・プッチ嬢とのお茶会でのお話なのでしょう?」
イラーリオの生家であるサリーニ伯爵家には、前世、前々世共にアダルジーザも訪問したことがあり、侍女の対応も完璧だったと記憶している。
それに、前々世は中央の騎士団、前世は王城で勤務していたイラーリオが接した侍女で、それほど教育の行き届いていない者が居たとは考えにくい。
となれば、と言うアダルジーザにイラーリオは苦々しいお顔で首肯した。
「そうなんだ。一度目の騎士団長のところでも、二度目の大臣のところでも、侍女は酷かった。いや、娘御自身もなかなかに所作が美しくなくてな。アダルジーザだったら、とばかり思っていた」
「はあ。そうですか」
『他に何とも言い様がない』と曖昧な返事をしたアダルジーザに、その返事は不満だとばかり、イラーリオが乗り出して来る。
「本当だぞ。今だって、アダルジーザは俺に砂糖壺を極普通に差し出してくれた。そういう心遣いも実は凄いのだと、俺は彼女たちと居て知ったんだ」
「砂糖壺を、って。だって、イラーリオ。子供の頃は、お砂糖なしでは紅茶もコーヒーも飲めなかったではないですか」
成長するに従って、イラーリオとの茶会での砂糖壺の出番は無くなって行った、とアダルジーザは懐かしく思い出す。
「コーヒーな。確かに、子供の頃はミルクも砂糖も入れて飲んでいたな」
「それは、私も同じですけれどね。まあ、記憶があるので今は・・・っと、イラーリオ。お砂糖、要らなかったのではありませんか?」
そういえば、イラーリオも前世、前々世の記憶が戻ったのだと焦るアダルジーザに、イラーリオがにこりと笑う。
「大丈夫だ。アダルジーザが砂糖壺を渡してくれる仕草にも、感動したからな」
「・・・・・思うのですが。イラーリオって、脳筋なのでは?前々世は騎士だったのでもちろんですし、前世も、学問は極めても単純というか単細胞というか、応用がききませんでしたもの。ほら、大臣の言うことを、碌に確かめもせず真に受けていたということからも、それが立証されません?」
何故か瞳を煌めかせ、謳うように言うアダルジーザに、イラーリオが固まった。
「脳筋、単純、単細胞・・応用がきかない・・・言われてみれば、そうかもしれないが、もう少し言い方というものがないか?」
『その言葉は、衝撃、打撃が強すぎて立ち直れなくなる』と縋るような目で言うイラーリオに、アダルジーザがうーんと唸る。
「そうですねえ。では<その頭のなかには、お花畑が広がっているのですね>という言い方ではどうでしょう?」
「・・・・・」
「ん?駄目ですか?それでは・・・あ!<その頭には、きっとおが屑が詰まっているに違いありませんわ!>これでいいでしょう!」
『完璧!』と言わぬばかりに満足そうに言ったアダルジーザを見つめ、イラーリオがテーブルへと突っ伏した。
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