捨てたのは、そちら

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
3 / 8

三、一度目の婚約解消

しおりを挟む
  

 

 

『アダルジーザ。実は、騎士団長から娘婿にと望まれた』 

 

 はい、はい。 

 知っていますよー、だ。 

 

 前々世で、イラーリオからそう切り出されたアダルジーザは、前知識に感謝しながら落ち着いて頷きを返した。 

『それで?イラーリオは、どうするつもりなの?』 

『・・・いいお話だと、思っている』 

 騎士として活躍するイラーリオにとって、騎士団長に見込まれたというその事実は、大きな喜びなのだろう、とアダルジーザは未だ自身の婚約者である彼を見つめる。 

 

 騎士団長に認められた騎士というだけで、随分箔が付いたと聞くものね。 

 それに、騎士団長だけでなくご令嬢もイラーリオに夢中で、イラーリオもその想いに応えた、ともっぱらの噂だもの。 

 むしろ、美男美女で相愛で運命、邪魔なのはサリーニ伯爵の婚約者・・・つまり私、と言われているし。 

 ここは、私が引くのが一番よね。 

 

『騎士団長のご令嬢との噂は、よく聞いているわ。とても、仲睦まじいとか』 

 自分が引くのが一番だと分かっていながら、思わず嫌味を言ってしまい、アダルジーザはそんな自分に辟易とした。 

『・・・知って、いたのか』 

『知って、というか、聞いて、というか。だってイラーリオ、私が騎士団へ差し入れに行くのも見学に行くのも駄目だと言ったけれど、騎士団長のご息女・・ジーナ・コッリ辺境伯令嬢は、毎日のように貴方を訪ねているそうじゃないの』 

 言いながら、アダルジーザは肩を竦めてイラーリオを見やる。 

『アダルジーザが、騎士団に来るのは、駄目だ』 

 それでも、この期に及んでそう言って身を乗り出すイラーリオを見て、アダルジーザは、自分が行くのはそれほどに嫌なのか、と苦い思いが込み上げた。 

『ええ。もう行きたいなんて言わないので、ご安心ください。というより、関係もなくなるのだから、二度と会うことも無いでしょう。サリーニ伯爵令息』 

 婚約以来、イラーリオと呼び続けて来たアダルジーザが家名で呼ぶと、イラーリオは分かりやすく傷ついた顔をした。 

『アダルジーザ・・・君は、俺がこの話を受けると思っているのか』 

 

 え、何よその顔。 

 泣きたいのは、私の方よ! 

 

『何を今更。先ほど貴方は、ジーナ・コッリ辺境伯令嬢との仲を、お認めになりましたよね?コッリ辺境伯家によると<邪魔な婚約者>さえいなければ、すぐにもサリーニ伯爵令息を婿に迎えられるのに、ということですわ。世間も同じご意見のようで、色々な方からご忠告いただきますの』 

 関係のある家からも、関係の無い家からも色々に言われて不快だとアダルジーザが言えば、イラーリオは顔を俯けてしまう。 

『それは・・・しかし・・・いや・・・すまなかった』 

『謝罪は不要です。愛する運命を引き裂く役目なんて、不愉快でしたけれど・・・さて。婚約解消については、家同士の話になりますので、こちらへ』 

 当然のようにアダルジーザが席を立てば、イラーリオが不思議そうにアダルジーザを見た。 

『・・・もしかして、もう話し合いの場が用意されているのか?』 

『もちろんです。話し合いだけでなく、破棄に関する書類も揃えてあります』 

 アダルジーザの言葉に、イラーリオはがっくりと項垂れた。 

 

~・~・~・~・~・~・
いいね、お気に入り登録、しおり、ありがとうございます。

しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

死に戻り王妃はふたりの婚約者に愛される。

豆狸
恋愛
形だけの王妃だった私が死に戻ったのは魔術学院の一学年だったころ。 なんのために戻ったの? あの未来はどうやったら変わっていくの? どうして王太子殿下の婚約者だった私が、大公殿下の婚約者に変わったの? なろう様でも公開中です。 ・1/21タイトル変更しました。旧『死に戻り王妃とふたりの婚約者』

悪女の秘密は彼だけに囁く

月山 歩
恋愛
夜会で声をかけて来たのは、かつての恋人だった。私は彼に告げずに違う人と結婚してしまったのに。私のことはもう嫌いなはず。結局夫に捨てられた私は悪女と呼ばれて、あなたは遊び人となり、再びあなたは私を諦めずに誘うのね。

むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ。

緑谷めい
恋愛
「むしゃくしゃしてやりましたの。後悔はしておりませんわ」  そう、むしゃくしゃしてやった。後悔はしていない。    私は、カトリーヌ・ナルセー。17歳。  ナルセー公爵家の長女であり、第2王子ハロルド殿下の婚約者である。父のナルセー公爵は、この国の宰相だ。  その父は、今、私の目の前で、顔面蒼白になっている。 「カトリーヌ、もう一度言ってくれ。私の聞き間違いかもしれぬから」  お父様、お気の毒ですけれど、お聞き間違いではございませんわ。では、もう一度言いますわよ。 「今日、王宮で、ハロルド様に往復ビンタを浴びせ、更に足で蹴りつけましたの」  

私は彼を愛しておりますので

月山 歩
恋愛
婚約者と行った夜会で、かつての幼馴染と再会する。彼は私を好きだと言うけれど、私は、婚約者と好き合っているつもりだ。でも、そんな二人の間に隙間が生まれてきて…。私達は愛を貫けるだろうか?

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

愛人をつくればと夫に言われたので。

まめまめ
恋愛
 "氷の宝石”と呼ばれる美しい侯爵家嫡男シルヴェスターに嫁いだメルヴィーナは3年間夫と寝室が別なことに悩んでいる。  初夜で彼女の背中の傷跡に触れた夫は、それ以降別室で寝ているのだ。  仮面夫婦として過ごす中、ついには夫の愛人が選んだ宝石を誕生日プレゼントに渡される始末。  傷つきながらも何とか気丈に振る舞う彼女に、シルヴェスターはとどめの一言を突き刺す。 「君も愛人をつくればいい。」  …ええ!もう分かりました!私だって愛人の一人や二人!  あなたのことなんてちっとも愛しておりません!  横暴で冷たい夫と結婚して以降散々な目に遭うメルヴィーナは素敵な愛人をゲットできるのか!?それとも…?なすれ違い恋愛小説です。 ※感想欄では読者様がせっかく気を遣ってネタバレ抑えてくれているのに、作者がネタバレ返信しているので閲覧注意でお願いします…

純白の牢獄

ゆる
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」 華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。 王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。 そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。 レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。 「お願いだ……戻ってきてくれ……」 王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。 「もう遅いわ」 愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。 裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。 これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。

処理中です...