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二、食い違い、平行線
しおりを挟む「はあ。お互い、少し落ち着きましょう」
話が進まない、とアダルジーザが言えば、イラーリオもこくりと頷きを返す。
「分かった。少し、深呼吸でもしよう・・・それにしても、アダルジーザは可愛いな」
「は?何です、急に。頭でも打ちました?」
『そんなことは過去でも言われた覚えが無い』と言うアダルジーザに、イラーリオが照れたように笑った。
「いつも、思うばかりで口にするのは何とも・・・その」
「はあ」
もじもじする、という言葉がよく似合う様子のイラーリオに、アダルジーザは思わず口を開けそうになってしまう。
いやだわ。
何をいい大人が、と言いそうだったけれど、悔しいことに未だ十歳だからか、おかしくないどころか、良く似合うというか、可愛いわね。
・・・・・まあ、イラーリオなら。
大人になった姿で照れても、それはそれで魅力だったでしょうけれど・・・って、私は何を考えているのよ。
「んんっ。何を恥ずかしがっていますの?それに何ですって?私が可愛い?この赤い髪と金色の瞳が可愛い?寝言は寝ておっしゃってください」
居丈高に見える自分の容姿と違い、イラーリオの容姿は美しい、そして好ましいと改めて思ってしまい、アダルジーザは悔しさ紛れに少々きつく言い放った。
イラーリオは、輝く金髪に透き通るような美しい緑の瞳をしており、己の赤い髪や鋭く光るような金色の目とは段違いに美しく、いい意味で人目を引くと、アダルジーザは、少し視線を落とせば視界に入る、肩に流れる炎のような髪を見てため息を零す。
はあ。
長年のコンプレックスが、こんな時にまで。
「君こそ、何を言っているんだアダルジーザ。燃えるように赤い髪も、煌めく金色の瞳も、とても可愛いじゃないか」
そんなアダルジーザに、イラーリオは心底不思議そうな声を出した。
「それ。凛々しい、強そう、の間違いでは?」
他人からよく言われる言葉を告げれば、イラーリオがおかしそうに口元を緩めた。
「確かにそういう時もあるけど、気を抜いている時のアダルジーザは、物凄く可愛い」
「じゃあ、今は可愛くありませんわね」
「ふっ。そういう言い方が、もう可愛いって分かっていないだろう。それに、君はとても魅力的だ」
そう言って微笑んだイラーリオの雰囲気が、婚約を解消する前までのやわらかさを含んでいて、アダルジーザは思わず息を呑む。
「そういう優しさ。捨てる相手に見せないでくださいます?」
「俺を見限ったのは、君なんだけどな。こうして幼い君を見ていると、やり直せる気持ちになる」
「幼いのは、貴方も同じですわ、イラーリオ」
『本当に、悔しいくらいに可愛い』と、アダルジーザはイラーリオを軽く睨んだ。
「・・・やっぱり分かっていないんだね、アダルジーザ。今の表情なんて、抱き締めてしまいたいくらい可愛いよ」
「なんですって?」
「だって。俺には、照れているか、拗ねているようにしか見えないから」
微笑みながらカップを手に持ち、またも理解不能なことを言うイラーリオに、アダルジーザは暫し言葉を失う。
「・・・何か、悪い物でも食べました?」
「いや。こうして幼い君と会えたから、浮かれているだけだ」
前世でも前々世でも、イラーリオは優しかったが、あまりこのような言葉をくれたことはなく、アダルジーザは、自分が都合のいい夢でも見ているのではないかと思ってしまう。
「その割には、最初の言葉が『婚約しないでくれ』でしたけれど?」
『そうだ、そうだったじゃないか』と、アダルジーザは何とか甘い雰囲気を醸すイラーリオを回避しようと、意地の悪さを含んだ表情と声でイラーリオを見やった。
「・・・困ったな。正直に言えば、記憶を取り戻したから、前世や前々世のように、君にひと目で恋に落ちる、なんてことにはならないと思ったんだが」
「またそんな冗談を。それとも、今生は、そのような性格なのですか?」
「そのような性格?」
「誰にでも、思わせぶりな態度を取る、ということですわ」
『なんて性質の悪い』と言い捨てるアダルジーザに、イラーリオは苦い笑みを浮かべた。
「前世、前々世とも言えなかった告白をしているのに、つれないな」
「生憎、私は魚ではないので」
「そうだな。とても可愛い、魅力的な淑女だ」
蕩けるような瞳で言い切ったイラーリオに、アダルジーザが冷たい視線を向ける。
「忘れているようですけれど。今の貴方は、十歳の子供ですからね?」
「あ、ああ。分かっている」
「そうですか?今の表情も、とてもそうは思えませんけれど。どれだけ幼く見積もっても、十五くらいの少年、ですわね」
優雅にカップを持つアダルジーザに指摘され、イラーリオは咄嗟に自分の頬を抑えた。
「そんなにか?」
「ええ。ですが、記憶を取り戻したのなら仕方ないのかもしれませんわね。貴方は、演技をする、というか人を欺くのも向いていませんから」
良くも悪くも正直すぎる、とアダルジーザはその澄んだ美しい緑の瞳を見る。
「確かに、俺には無理そうだ。しかし、君は?アダルジーザ。どうしているんだ?」
「私は、もう諦めて演技なんてしないです」
妙に大人っぽい子供、と言われていることは知っているが、伯爵家の跡取り娘として、しっかりしているに越したことはない、というのが両親や親戚の評価なので、アダルジーザは迷わず過去世の知識も最大限利用して生きている。
「中身はいい大人だが、見た目は十歳の子供ということか」
「ええ。今のこれも、傍目には、子供同士の可愛いお茶会、ですよ」
現に今、アダルジーザとイラーリオの顔合わせを、離れた場所から見守っている侍女たちや従僕たち、そして執事も、それはもう温かい目で見守っているのが分かる。
「十歳、か。思い出したのは昨日とはいえ、もう既に馴染めないな」
「少しは、気を付けた方がいいですよ。私はもう演技なんてしませんけど、記憶が戻ったのが昨日では、ご両親も混乱なさいます」
突然、息子が大人びてしまったら驚くだろうと言うアダルジーザに、イラーリオは悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「婚約するかもしれない可愛い女の子に会って、しっかりなったと思わせればいい」
「詐欺師ですね。それこそ、貴方に向いていませんわ」
「嘘じゃないから問題無い。前世も前々世も、俺は君と会って変わったのだから」
懐かしむように言うイラーリオを、アダルジーザは胡散臭いものを見るような目で見つめる。
「やっぱり、詐欺師。意外とそちらの才能がおありだったのですね」
「その目。傷付くんだけど」
「何よ。貴方に捨てられた私は、もっと傷ついたわよ」
『だから、君が俺を見限った』
先ほどまでと同じように、そう言い返されると思ったアダルジーザだが、イラーリオは何も言わない。
「なあ、アダルジーザ。君は、俺が君を捨てたと言うけれど。それなら。俺が君の傍に居たいと言えば、叶えてくれるのか?」
「え・・・?」
アダルジーザを見つめるのは、どこまでも澄んだ緑の瞳。
ああ。
私は、この瞳が大好きで。
イラーリオの思わぬ発言に驚いたアダルジーザは、吸い込まれそうなその瞳を、じっと見つめていた。
~・~・~・~・~・~・~・
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