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二話
しおりを挟む『アラベラ。陛下と、宰相である父より、特別任務を仰せつかった』
アラベラが、婚約者であるサイラスにそう告げられたのは、今から一年ほど前、学園最高学年進級を目前に控えた頃だった。
『特別任務、って?サイラス、貴方未だ学生なのに?』
『ああ。任務は監視なのだが、その対象が学園の生徒なのだ』
『え?』
『しかも相手は女生徒で、これから』
『ちょっと待って!そんな機密、私に話ししていいの?』
慌てて制したアラベラに、サイラスはもちろんと頷きを返す。
『この任務を引き受ける条件として、アラベラにすべてを話す許可を貰っている』
『サイラス・・・』
『監視対象は、魅了を操る女生徒。男爵令嬢だが、平民、下位貴族の間で被害が拡大しているにも関わらず、捕縛するには決定的な証拠を掴めないでいるらしい』
『だからってそんな。サイラスが、囮のような真似をさせられるなんて』
心配が高じてサイラスの胸元を掴んだアラベラの髪を、サイラスは優しく撫でた。
『安心しろ。魅了封じの護符も貰った。それに、何より。俺にはアラベラだけだ』
・・・・・なあんて、言っていた時もあったのよね。
確かに、それからチェルシーさんと一緒にいるようになったけど、最初の半年は手紙を良くくれて。
・・・・・懐かしいな。
サイラスの生家であるフェルトン公爵家の使用人が、含み笑いと共に運んでくれた手紙の数々。
それらは、婚約破棄の意志を固めた今も、大切に保存してある。
何というか、捨てられないのよね。
あの、優しかった日々まで捨てることないか、とも思うし。
捨てるのは、今じゃない気もするし。
サイラスの、アラベラを想う文字の連なりを思い返せば、確かに心を通わせた時もあった、とアラベラの心が曇りそうになる。
それでも、その日々は既にして過去だと、アラベラは気丈にサイラスと向き合った。
「そんな・・・アラベラ・・そんな・・・婚約破棄だぞ?・・・本当に?」
「本当にも何も、望んだのはそちらではないの。フェルトン公爵子息」
凛としたアラベラの声に、サイラスの瞳が益々揺れる。
「フェルトン公爵子息?どうして、そんな呼び方・・・そんな・・・だって・・俺達はずっと一緒で・・・俺は、アラベラの黒髪や瞳が好きで・・・なのに・・どうして・・・」
「サイラスさま!?どうしたの!?ちょっとあんた!サイラスさまに何したのよ!」
様子のおかしくなったサイラスの隣で、チェルシーがアラベラを指さし叫ぶ。
『アラベラの黒髪と瞳が好き』か。
よく言ってくれた言葉ね。
過去を懐かしむように回想するアラベラのなかで、かつてのふたりの会話が蘇る。
『アラベラ、俺は君のこの黒髪と瞳が好きだ』
『ふうん?』
『あああ、いや、もちろんそれだけじゃない!きれいに揃えられている桃色の爪も、すんなりと白く細い指も、それからもちろん、その心も』
『ふふふ。そんな焦らなくても分かっているわよ。私もサイラスの見た目も中身も好きだもの』
『アラベラ!大好きだよ!』
元は、家同士が決めた婚約だったが、ふたりはとても息が合い、趣味が合い、共に居る時間を心地よいと感じた。
私、本当に貴方を想っていたわ、サイラス。
そして、互いに最高の伴侶となれると信じてもいた。
今となっては、すべてが過去形だけれど。
アラベラにとって、悩みに悩んだ半年だった。
あれほどこまめに届いていた手紙が激減し、やがて届かなくなると同時に、学園の廊下ですれ違うだけでも、チェルシーを腕に囲い、悪意の籠った鋭い視線をアラベラに向けるようになったサイラス。
そして遂には、自分でチェルシーを選んだのだと正々堂々衆目の前で告白し、大切にしていた筈の魅了封じの護符までも破壊した。
まあ。
こんな行動を取るということ自体、正気ではないのでしょうけれど。
でも、もう限界だわ。
もしも本当にサイラスがチェルシーを選び、真実の愛を育むと決めたのなら、このような場で宣言などしないだろうとアラベラは思う。
本当に本気であったなら、まず婚約者であるアラベラの生家、ハンブリング侯爵家へ婚約破棄を申し入れ、次いで生家フェルトン公爵家に、チェルシーとの仲を認めてもらうべく奔走する。
つまりはすべてを、穏便且つ確実に済ませようとする筈だ。
それが、サイラス・フェルトンという男だと分かっていながら、アラベラはきりりと顔をあげる。
分かっていて尚、この半年で、自分のサイラスへの想いはすべて滅したのだと。
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