木乃伊取りが木乃伊 ~監視対象にまんまと魅了された婚約者に、婚約破棄だと言われたので速攻了承したのに・・・保留ってどういうことですか!?~

夏笆(なつは)

文字の大きさ
上 下
2 / 4

二話

しおりを挟む

『アラベラ。陛下と、宰相である父より、特別任務を仰せつかった』 

 アラベラが、婚約者であるサイラスにそう告げられたのは、今から一年ほど前、学園最高学年進級を目前に控えた頃だった。 

『特別任務、って?サイラス、貴方未だ学生なのに?』 

『ああ。任務は監視なのだが、その対象が学園の生徒なのだ』 

『え?』 

『しかも相手は女生徒で、これから』 

『ちょっと待って!そんな機密、私に話ししていいの?』 

 慌てて制したアラベラに、サイラスはもちろんと頷きを返す。 

『この任務を引き受ける条件として、アラベラにすべてを話す許可を貰っている』 

『サイラス・・・』 

『監視対象は、魅了を操る女生徒。男爵令嬢だが、平民、下位貴族の間で被害が拡大しているにも関わらず、捕縛するには決定的な証拠を掴めないでいるらしい』 

『だからってそんな。サイラスが、囮のような真似をさせられるなんて』 

 心配が高じてサイラスの胸元を掴んだアラベラの髪を、サイラスは優しく撫でた。 

『安心しろ。魅了封じの護符も貰った。それに、何より。俺にはアラベラだけだ』 

 

 

 ・・・・・なあんて、言っていた時もあったのよね。 

 確かに、それからチェルシーさんと一緒にいるようになったけど、最初の半年は手紙を良くくれて。 

 ・・・・・懐かしいな。 

 

 サイラスの生家であるフェルトン公爵家の使用人が、含み笑いと共に運んでくれた手紙の数々。 

 それらは、婚約破棄の意志を固めた今も、大切に保存してある。 

 

 何というか、捨てられないのよね。 

 あの、優しかった日々まで捨てることないか、とも思うし。 

 捨てるのは、今じゃない気もするし。 

 

 サイラスの、アラベラを想う文字の連なりを思い返せば、確かに心を通わせた時もあった、とアラベラの心が曇りそうになる。 

 それでも、その日々は既にして過去だと、アラベラは気丈にサイラスと向き合った。 

「そんな・・・アラベラ・・そんな・・・婚約破棄だぞ?・・・本当に?」 

「本当にも何も、望んだのはそちらではないの。フェルトン公爵子息」 

 凛としたアラベラの声に、サイラスの瞳が益々揺れる。 

「フェルトン公爵子息?どうして、そんな呼び方・・・そんな・・・だって・・俺達はずっと一緒で・・・俺は、アラベラの黒髪や瞳が好きで・・・なのに・・どうして・・・」 

「サイラスさま!?どうしたの!?ちょっとあんた!サイラスさまに何したのよ!」 

 様子のおかしくなったサイラスの隣で、チェルシーがアラベラを指さし叫ぶ。 

 

 『アラベラの黒髪と瞳が好き』か。 

 よく言ってくれた言葉ね。 

 

 過去を懐かしむように回想するアラベラのなかで、かつてのふたりの会話が蘇る。 

『アラベラ、俺は君のこの黒髪と瞳が好きだ』 

『ふうん?』 

『あああ、いや、もちろんそれだけじゃない!きれいに揃えられている桃色の爪も、すんなりと白く細い指も、それからもちろん、その心も』 

『ふふふ。そんな焦らなくても分かっているわよ。私もサイラスの見た目も中身も好きだもの』 

『アラベラ!大好きだよ!』 

  

 元は、家同士が決めた婚約だったが、ふたりはとても息が合い、趣味が合い、共に居る時間を心地よいと感じた。 

 

 私、本当に貴方を想っていたわ、サイラス。 

 そして、互いに最高の伴侶となれると信じてもいた。 

 今となっては、すべてが過去形だけれど。 

 

 アラベラにとって、悩みに悩んだ半年だった。 

 あれほどこまめに届いていた手紙が激減し、やがて届かなくなると同時に、学園の廊下ですれ違うだけでも、チェルシーを腕に囲い、悪意の籠った鋭い視線をアラベラに向けるようになったサイラス。 

 そして遂には、自分でチェルシーを選んだのだと正々堂々衆目の前で告白し、大切にしていた筈の魅了封じの護符までも破壊した。 

 

 まあ。 

 こんな行動を取るということ自体、正気ではないのでしょうけれど。 

 でも、もう限界だわ。 

 

 もしも本当にサイラスがチェルシーを選び、真実の愛を育むと決めたのなら、このような場で宣言などしないだろうとアラベラは思う。 

 本当に本気であったなら、まず婚約者であるアラベラの生家、ハンブリング侯爵家へ婚約破棄を申し入れ、次いで生家フェルトン公爵家に、チェルシーとの仲を認めてもらうべく奔走する。 

 つまりはすべてを、穏便且つ確実に済ませようとする筈だ。 

 それが、サイラス・フェルトンという男だと分かっていながら、アラベラはきりりと顔をあげる。 

 分かっていて尚、この半年で、自分のサイラスへの想いはすべて滅したのだと。 


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

「卒業パーティーで王子から婚約破棄された公爵令嬢、親友のトカゲを連れて旅に出る〜私が国を出たあと井戸も湖も枯れたそうですが知りません」

まほりろ
恋愛
※第16回恋愛小説大賞エントリーしてます! 応援よろしくお願いします! アホ王子とビッチ男爵令嬢にはめられ、真実の愛で結ばれた二人を虐げた罪を着せられたアデリナは、卒業パーティで第一王子から婚約破棄されてしまう。 実家に帰ったアデリナは、父親と継母から縁を切られ、無一文で家を出ることに……。 アデリナについてきてくれたのは、親友の人語を話すトカゲのみ。 実はそのトカゲ、国と国民に加護の力を与えていた水の竜だった。 アデリナを虐げた国民は、水の竜の加護を失い……。 逆にアデリナは幸福いっぱいの二人?旅を満喫していた。 ※他サイトにも掲載してます。(タイトルは少し違います) ※途中から推敲してないです。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」

【完結】初めて好きになった貴方…

皇ひびき
恋愛
見た目が美しいせいで、相手が勝手に魅了にかかって言うことを聞いてくれる。 短編の「とあるエルフの〜」の本編。 そんなこと望んでなんかいないのに。 知識がある人はある程度、レジストしてくれて魅了にはかからない。 人間や他の種族など好きにはなれないけれど、故郷を離れた今そんなわがままは言えない。 私の事を好きではない貴方に恋をした…。

第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ化企画進行中「妹に全てを奪われた元最高聖女は隣国の皇太子に溺愛される」完結

まほりろ
恋愛
第12回ネット小説大賞コミック部門入賞・コミカライズ企画進行中。 コミカライズ化がスタートしましたらこちらの作品は非公開にします。 部屋にこもって絵ばかり描いていた私は、聖女の仕事を果たさない役立たずとして、王太子殿下に婚約破棄を言い渡されました。 絵を描くことは国王陛下の許可を得ていましたし、国中に結界を張る仕事はきちんとこなしていたのですが……。 王太子殿下は私の話に聞く耳を持たず、腹違い妹のミラに最高聖女の地位を与え、自身の婚約者になさいました。 最高聖女の地位を追われ無一文で追い出された私は、幼なじみを頼り海を越えて隣国へ。 私の描いた絵には神や精霊の加護が宿るようで、ハルシュタイン国は私の描いた絵の力で発展したようなのです。 えっ? 私がいなくなって精霊の加護がなくなった? 妹のミラでは魔力量が足りなくて国中に結界を張れない? 私は隣国の皇太子様に溺愛されているので今更そんなこと言われても困ります。 というより海が荒れて祖国との国交が途絶えたので、祖国が危機的状況にあることすら知りません。 小説家になろう、アルファポリス、pixivに投稿しています。 「Copyright(C)2021-九十九沢まほろ」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 小説家になろうランキング、異世界恋愛/日間2位、日間総合2位。週間総合3位。 pixivオリジナル小説ウィークリーランキング5位に入った小説です。 【改稿版について】   コミカライズ化にあたり、作中の矛盾点などを修正しようと思い全文改稿しました。  ですが……改稿する必要はなかったようです。   おそらくコミカライズの「原作」は、改稿前のものになるんじゃないのかなぁ………多分。その辺良くわかりません。  なので、改稿版と差し替えではなく、改稿前のデータと、改稿後のデータを分けて投稿します。  小説家になろうさんに問い合わせたところ、改稿版をアップすることは問題ないようです。  よろしければこちらも読んでいただければ幸いです。   ※改稿版は以下の3人の名前を変更しています。 ・一人目(ヒロイン) ✕リーゼロッテ・ニクラス(変更前) ◯リアーナ・ニクラス(変更後) ・二人目(鍛冶屋) ✕デリー(変更前) ◯ドミニク(変更後) ・三人目(お針子) ✕ゲレ(変更前) ◯ゲルダ(変更後) ※下記二人の一人称を変更 へーウィットの一人称→✕僕◯俺 アルドリックの一人称→✕私◯僕 ※コミカライズ化がスタートする前に規約に従いこちらの先品は削除します。

真実の愛<越えられない壁<金

白雪の雫
恋愛
「ラズベリー嬢よ!お前は私と真実の愛で結ばれているシャイン=マスカット男爵令嬢を暴行した!お前のような嫉妬深い女は王太子妃に相応しくない!故にお前との婚約は破棄!及び国外追放とする!!」 王太子にして婚約者であるチャーリー=チョコミントから大広間で婚約破棄された私ことラズベリー=チーズスフレは呆然となった。 この人・・・チーズスフレ家が、王家が王家としての威厳を保てるように金銭面だけではなく生活面と王宮の警備でも援助していた事を知っているのですかね~? しかもシャイン=マスカットという令嬢とは初めて顔を合わせたのですけど。 私達の婚約は国王夫妻がチーズスフレ家に土下座をして頼み込んだのに・・・。 我が家にとってチャーリー王太子との結婚は何の旨味もないですから婚約破棄してもいいですよ? 何と言っても無駄な出費がなくなるのですから。 但し・・・貧乏になってもお二人は真実の愛を貫く事が出来るのでしょうか? 私は遠くでお二人の真実の愛を温かい目で見守る事にします。 戦国時代の公家は生活が困窮していたという話を聞いて思い付きました。 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義です。

婚約者から悪役令嬢と呼ばれた公爵令嬢は、初恋相手を手に入れるために完璧な淑女を目指した。

石河 翠
恋愛
アンジェラは、公爵家のご令嬢であり、王太子の婚約者だ。ところがアンジェラと王太子の仲は非常に悪い。王太子には、運命の相手であるという聖女が隣にいるからだ。 その上、自分を敬うことができないのなら婚約破棄をすると言ってきた。ところがアンジェラは王太子の態度を気にした様子がない。むしろ王太子の言葉を喜んで受け入れた。なぜならアンジェラには心に秘めた初恋の相手がいるからだ。 実はアンジェラには未来に行った記憶があって……。 初恋の相手を射止めるために淑女もとい悪役令嬢として奮闘するヒロインと、いつの間にかヒロインの心を射止めてしまっていた巻き込まれヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は他サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACより、チョコラテさまの作品(写真のID:22451675)をお借りしています。 こちらは、『婚約者から悪役令嬢と呼ばれた自称天使に、いつの間にか外堀を埋められた。』(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/891918330)のヒロイン視点の物語です。

この誓いを違えぬと

豆狸
恋愛
「先ほどの誓いを取り消します。女神様に嘘はつけませんもの。私は愛せません。女神様に誓って、この命ある限りジェイク様を愛することはありません」 ──私は、絶対にこの誓いを違えることはありません。 ※子どもに関するセンシティブな内容があります。 ※7/18大公の過去を追加しました。長くて暗くて救いがありませんが、よろしければお読みください。 なろう様でも公開中です。

婚約破棄をされ、谷に落ちた女は聖獣の血を引く

基本二度寝
恋愛
「不憫に思って平民のお前を召し上げてやったのにな!」 王太子は女を突き飛ばした。 「その恩も忘れて、お前は何をした!」 突き飛ばされた女を、王太子の護衛の男が走り寄り支える。 その姿に王太子は更に苛立った。 「貴様との婚約は破棄する!私に魅了の力を使って城に召し上げさせたこと、私と婚約させたこと、貴様の好き勝手になどさせるか!」 「ソル…?」 「平民がっ馴れ馴れしく私の愛称を呼ぶなっ!」 王太子の怒声にはらはらと女は涙をこぼした。

乙女ゲームの世界だと知っていても

竹本 芳生
恋愛
悪役令嬢に生まれましたがそれが何だと言うのです。

処理中です...