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七、これが運命の出会いというものか ~ベルトラン視点~

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 この世に生まれて十数年。 

 生家であるカルビノ公爵家は、上の兄貴が継ぎ、その補佐は下の兄貴が行う。 

 そのことに、俺はまったく異議など無かったし、親がくれるという伯爵位にも興味は無かった。 

 デビュタントを終えた時に、このままでは兄貴が公爵位を継いだ段階で平民になると言われたし、分かってもいたが、それでいいと思っていたし、自力で得た騎士爵に喜びも感じていた。 

 騎士団に入るのなら、せめて近衛と言われたが、そんなことをすれば、あのマリルーの面倒を押し付けられるのが目に見えていたので、敢えて平民もいる第二騎士団へ入団した。 

 

 俺の人生に爵位は必要ない。 

  

 俺は、本気でそう考えていたし、女性といえば、幼い頃より知っている我儘マリルーが浮かび、その傲慢さと自己中心的な考え方にうんざりしていたこともあって、親が熱心に進める婚約話に興味など微塵も持てなかった。 

『ベルトラン。このまま平民になれば、貴族と婚姻できなくなるのよ?』 

『別に構いません』 

『もう・・まだ、お父様が現役だからと、軽く考えているのではなくて?』 

『母上。もしや、兄上が、爵位を継ぐ日が近いのですか?』 

『違います!お父様は、未だ未だお元気です!』 

 殊に母は俺の縁談に積極的だったが、父の話でけむに巻き、のらりくらりと躱して来た。 

 しかし、平民街の見回りをしている最中、露店街でひとりの女性と出会ったことで、俺の考えは一変する。 

「ちょっと!こんなに直ぐ壊れる不良品を売りつけるなんて、商人としての矜持は無いの!?この靴、履いた途端に壊れちゃったんだけど!」 

「悪かったな!そいつは俺が作ったんだよ!」 

「じゃあ、靴職人としての矜持が無いのね!」 

「そんなにすぐ壊れるとか、思わなかったんだよ!俺だって、必死に作った!それは、嘘じゃねえ!」 

「え?それって、腕が無いだけ?じゃあ、学ぶ気はある?」 

 露店で、そんな遣り取りをしている女性は、貴族でいうところのデビュタントを少し過ぎたかというくらいの年齢で、その瞳は生き生きと輝いており、声には生きる喜びが感じられた。 

 蒼い美しい髪を高いところで結い上げている彼女は、今の今まで苦情を言っていた露店の靴屋相手に、きりりとした表情で、本格的に靴の作り方を学ぶ道を指し示している。 

 

 あの格好からして、平民か? 

 靴に詳しいところをみると、それを生業としている家の者とか、靴を取り扱っている商人の家の娘とかか? 

 しかし、なかなか品があるのを見ると、大きな商会の娘ということも考えられるな。 

 一体、どこの家の・・・ん? 

 なんだ? 

 俺は、どうして彼女がこんなにも気になるんだ? 

 彼女をもっと知りたいなど、俺はどうしてしまったんだ? 

 

『兎も角、彼女をもっと知りたい』 

 切実にそう思った俺だが、如何せん、調べる手立てが無い。 

 それでも靴屋をさり気なく覗いてみたり、平民街、露店街にも足しげく通ってみたりしたが、成果はあげられずにいた。 

 そんななか、呑気な騎士団寮暮らしをしていた俺に、実家から招集がかかった。 

『何を置いても、絶対、来るように』 

 母からそう厳命されてしまえば、逆らうことなど出来はしない。 

 俺は、渋々と、生家カルビノ公爵家が所有する王都の邸へと出向いた。 

「ベルトラン。本当に久しぶり。この母のことなど、忘れてしまったのかと思いましたよ」 

 口では、生家に寄り付かないことを責めながらも、ほっとした様子の母に、もう少し頻繁に訪ねるべきかと反省した俺はしかし、用意されていたそれを見た瞬間、回れ右して寮へ帰りたくなった。 

「母上。これは、何でしょうか」 

「この母が、渾身の力を込めて集めた、婚約者の居ないご令嬢の姿絵です」 

 自信満々に言うだけあって、その数は途方もない。 

 王妃、王太子妃に次ぐ地位と言われる公爵夫人であり、社交界の権力者と言われる母に、出来ないことはないのではないかと思い知った瞬間でもあった。 

「ありがとうございます。ですが、自分には無用の長物です」 

 有難くも不要と、無数の姿絵を前にきっぱりと言い切れば、母が大きく息を吐く。 

「ベルトラン。あなた、このまま一生ひとりでいるつもり?気になるひとの、ひとりもいないの?」 

「気になるひと」 

 咄嗟に、あの蒼い髪の彼女が思い浮かんだ俺が鸚鵡返しに言えば、かつてないその反応に母が身を乗り出した。 

「気になるひとが、いるのね?」 

「はい・・・気になるひとは、います」 

 そして、俺が告げた瞬間、その瞳が見たこともないほどの希望の色を宿す。 

「まあ!何方なの!?」 

「分かりません。ただ、靴に造形が深い、蒼い髪が美しい、きびきびしたひとだとしか」 

 そして思い出すだけで胸が躍る相手だと、俺は、面映ゆい思いで、心の中だけで付け足した。 

「どちらで会ったの?騎士団でかしら?」 

「いえ。会ったというか・・・見かけただけです。平民の露店街で」 

 彼女との出会い、というか、見かけた場所を言えば、それまで興奮気味に話していた母の勢いが急に削がれた。 

「平民・・・まあ、悪いとは言わないけど、一応わたくしが用意した姿絵も見てちょうだい」 

 言われ、俺は改めて山と称するのに相応しい数の姿絵を眺める。 

 

 面倒だ。 

 心底、気が乗らない。 

 いやしかし、これも親孝行か。 

 

 折角、久しぶりに出向いた生家なのに、喧嘩別れのように帰るのも大人気ないと思い切り、俺はソファに深く腰かけて、何となく姿絵を手に取った。 

 

 はあ。 

 現物と違って、香水や、化粧の匂いがしないだけ、ましか。 

 しかし、皆、見事に着飾って・・・・・。 

 

「あ」 

「気に入ったご令嬢がいた!?」 

 優雅な所作でカップを手にしたまま、見張るように俺を見ていた母が、俺のその変化に、嬉しそうな声をあげた。 

「母上。彼女です。先ほど話した、平民の露店街で会った女性。髪型は違いますが、間違いないかと」 

「まあ!ロブレス侯爵家のご令嬢じゃないの!わたくしも、彼女がいいと思っていたのよ!ベルトラン、あなた目が高いわ!」 

  

 そうか。 

 あの、蒼い髪の女性は、侯爵家の令嬢なのか。 

 それなら、俺も爵位が必要になるな。 

 それに、侯爵令嬢と婚姻するなら、第二騎士団では、立場も収入も心許ない。 

 自由に買い物くらい、させてやれるようにならなければ。 

 まずは、近衛に転属願いを出して。 

 それから父上に、やはり伯爵位が欲しいとも願い出る必要があるな。 

 

「ベルトラン。お見合いの席は、この母にお任せあれ。朴念仁のあなたでも、しっかりご令嬢の気持ちを捕かまえられるよう、お膳立てしてあげますからね!」 

「見合い」 

「そうよ。こちらから婚約を申し込んでもいいけれど、政略でもないのだし。本人同士きちんと会って、気に入られていらっしゃい」 

  

 見合い。 

 そうか。 

 彼女とふたりで会って、話をするのか。 

 ・・・・・それは楽しみだ。 

 

 女性との会話や、茶会や夜会でのエスコート。 

 これまで面倒としか思えなかったそれらが、ロブレス侯爵令嬢と共にすると思うだけで、輝く未来となって俺の前に姿を現した。 

 
~・~・~・~・~・~・
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