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55.惚れた弱みというものか

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「・・・佳音」 

 初めて自分の力を操作できなかったシライは、その攻撃を浴びたであろう佳音が輝く水壁に囲まれているのを呆然と見つめた。 

「佳音」 

 佳音の無事な姿を見たシライの胸に安堵が一気に押し寄せる。 

「シライ!大丈夫?」 

 そんなシライへ、佳音が水壁に突撃しないばかりに近づいた。 

「莫迦。それはオレの台詞だ」 

「なに言ってんだよ!すっごい光に包まれてたじゃないか!怪我とか無いか?痛い所は?」 

 焦って言う佳音は、本当にシライを案じていることが伝わって、シライはじんわりと優しい気持ちに包まれる。 

「何があろうと、オレの力がオレを傷つけることは無い」 

「そっか。よかった」 

「良くないだろう。オレは、佳音を傷つけるところだったのだぞ?力の暴発など、有り得ぬ」 

 シライの無事を無邪気に喜ぶ佳音に、シライが苦渋に満ちた声を出した。 

「ああ。でもそれって、俺が憎いっていう感情が原因じゃないだろ?」 

「当たり前だ!」 

 むしろその逆。 

 触りたくて触れなくての心の葛藤が限界に達した、と原因を自覚したシライは呆然とその場に膝を突く。 

「シライ!?どうした?やっぱりどこか痛いのか?」 

「ああ、なんてことだ。葛藤の限界が早すぎるだろう、オレ」 

 水壁の中から佳音が叫ぶも、シライはどんよりとした目で蹲るばかり。 

「なあ、シライ!この水の壁どうやってるの?滝みたいに流れているのに水が溢れないし、凄くきれいだけど、もう出してくれて大丈夫だよ」 

 流水の如く佳音を覆っている水壁は頑健でありながらとても美しいが、そろそろ出してくれと佳音が訴える。 

「オレの術ではない」 

「え?」 

「だから、オレには解けない」 

「なっ。どういうこと?どうしたらいいの?」 

 佳音が混乱をきたし、シライは虚ろ。 

 そんなふたりに、蓮と蘭が近づいた。 

「ご無事で何よりでございます、佳音様」 

「蘭!シライが」 

「大丈夫でございます。今、蓮様が対処なさいますから」 

 にっこりと笑う蘭に佳音も安心して肩の力を抜く。 

「ねえ、この水の壁。シライの術じゃなかったら、もしかして俺ってこと?」 

「これは、水の神様のお力でございます故、そういうことになるかと」 

「意識して造った訳じゃないんだけど、それでも?」 

「はい。無自覚に防御なさったのだと思います」 

 言いつつ蘭は、膝を突くシライの姿が佳音から死角になるよう動いた。 

 その背後で、蓮がシライの傍に跪く。 

「主。今こそ男を見せねば水の神様に佳音様を取り上げられてしまいますよ」 

「なにっ。そのようなことはさせぬ」 

「ならば、お早い対処を」 

 佳音の死角になるように立った蘭の背後で密かに行われた遣り取りにより、シライは無事に復活を遂げた。 

 今、佳音は無意識に水壁を発動し続けている。 

 つまりは、水神の力が天空神の力を凌駕した状態ということ。 

「佳音!『シライ大好き!』と叫んでみろ」 

「ふぇ!?」 

 ならば、それを解除すればいいと思い至ったシライが叫ぶも、佳音は驚きに目を瞠るばかり。 

「心の中を、オレでいっぱいにするのだ。時計のことで語らったこと、書物の話、茶の時間。互いに食べさせ合ったこと。湯殿で、寝台で、オレと熱を」 

「わああああっ、ちょっと待て!それここで言うの、公開口づけより恥ずかしいから!」 

 ぽんっ。 

 叫んだ拍子に佳音の周りから水壁が消え、真っ赤になった佳音がその場に座り込む。 

「佳音!」 

 慌ててシライが佳音を抱き寄せ、その身の無事を確かめる。 

「大丈夫か?傷ついた箇所はないか?気持ち悪くなったり、頭が痛くなったりは?」 

「・・・大丈夫。恥ずかしいだけ」 

 忙しなく身体をまさぐられ、顔色を見られて、佳音は耳まで真っ赤になったままそう呟いた。 

「よかった」 

「もう!よかったじゃない!あんな、恥ずかしい」 

「だが、オレで心が一杯になっただろう?成功じゃないか」 

「湯殿で、とか寝台で、は余計!」 

「何を言う。あれが決め手になったのだろうが」 

「そうだけど!」 

「なら、顔を隠してしまえばいい。蓮や蘭が見えなければ、恥ずかしくないだろう?」 

「うん・・・って!違うだろ俺!どうして流される俺!」 

 言いながら、佳音をぎゅっと抱き締めたシライの胸に顔を埋める形になった佳音は、耳まで赤く染めながら自身へと叫びをあげた。 

 


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