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53.言葉巧みに流され・・・ないぞ。

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「シライ、おかえり」 

「ああ、佳音。オレの唯一の伴侶。今帰った」 

 ちゅ、と頬に口づけされ口づけを返す。 

 そんな慣れた筈の遣り取りも、シライの伴侶なのだと自覚した今の佳音には面映ゆい。 

「そのような可愛い顔をして。オレの唯一の伴侶は誘うのも巧みだな」 

「そんなつもりない」 

「オレの唯一の伴侶にその気がなくとも、オレは充分誘われた」 

 揶揄うように言うシライの手が佳音に伸び、悪戯に首筋を撫でられて佳音は身震いした。 

「ああ。オレの唯一の伴侶は本当に可愛い。早く湯殿へ行こう」 

「ちょっと待て!行って、何する気だよ!?」 

 最早、幾度も繰り返した会話とその後の行動ではあるが、やはりなし崩しはよくないと佳音は何とかシライを押し留める。 

「何を言う。オレと唯一の伴侶とで湯殿へ行ってすることなど、ひとつだろうが」 

「湯殿なんだから、身体を清める。以上!いい?」 

「それほど念押しされると、却って期待されているように感じるぞ、我が唯一の伴侶よ」 

「なっ」 

「ああ、本当にオレの唯一の伴侶は可愛い」 

 可愛い可愛いと繰り返し、シライが佳音の頭を抱え髪を撫でる。 

「もう。唯一の伴侶って言いすぎ。耳にたこが出来る」 

「何を言う。あのような酷い誤解、二度とあってはならぬであろうが」 

「それはそうだけど。今はちゃんと分かっているから。二度といけに」 

「その言葉、口にするな」 

 佳音の唇に指を当て、鋭く言ったシライの目が切ない光を帯びて佳音を見た。 

「ごめん」 

「本当に、驚いたし嫌だった。佳音が、そのように思っていたなど」 

 耐え難い、否耐え難い思いをさせた、とシライが佳音を抱き締める。 

「大丈夫だよ。俺、総じて幸せだったし。まあ、今はもっと幸せだけど」 

「佳音。耳まで赤くなって、旨そうだ」 

 言うなりぺろりと舌で舐められ、佳音は咄嗟に手で自分の耳を覆う。 

「こら、隠すな。もっと味わわせろ」 

「いやいやいや、ここ戸口だからな!?」 

「ならば早く奥へ行こう」 

 さあさ急いで、と手を引くシライに佳音は違うと首を振り、これ以上進まじと足を踏ん張った。 

「そういう問題じゃないから!」 

「ここでがいいのか?」 

「そうじゃなくて」 

「佳音は、オレに触れられるのが嫌なのか?」 

「そんなこと言っていない」 

「ならばいいだろう。最近は、ただでさえ水神やヒスイ殿が通って来る関係で時間が取れにくいのだから」 

 そう言ったシライの顔が想像以上に切羽詰まっていて、佳音はふとその頬に手を当てた。 

「俺、頑張ってなるだけ早く水神様の力、扱えるようになるから」 

「佳音」 

「カハ様もヒスイも忙しいのに、俺のために通ってくれて感謝しているんだ。シライが筆頭だけど、みんな俺に甘いよね」 

 大切にされるのが嬉しくてくすぐったい、と言う佳音に、シライがやわらかな笑みを浮かべる。 

「皆、佳音が大切で愛しいのだ。もちろん、筆頭はオレだが」 

「何その言い方。焼きもち?」 

「オレは、いつでも佳音の一番でいたい」 

 冗談のようにシライの頬を突いて言った佳音は、真顔で返されて固まった。 

「シライ」 

「だから、いつだって確かめたいのだ。佳音がオレの伴侶だと」 

「シライ・・・っ!だめっ。ここで口づけるの禁止!」 

 ついうっかりと流され、戸口付近で口づけを受けそうになった佳音は両手でシライの口を塞ぎ、何とか公開口づけを回避した。 

 

 
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