天の斎庭 ~そらのゆにわ 天空神の溺愛に、勘違い神官は気づかない。え!?俺生贄じゃないの!?~

夏笆(なつは)

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45.父と母と子

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「佳音。少し飲むか?」 

 その夜。 

 シライは、卓の上に置かれたそれを見つめ続ける佳音に優しい声をかけた。 

「あ、シライ。今、座布団寄せるね」 

「これくらい、大丈夫だ」 

 杏も蓮も退室した今、シライの世話をするのは自分の役目と動こうとした佳音を制し、シライは自分で座布団を寄せると佳音の隣にどかりと腰を下ろす。 

「葡萄の酒だ。佳音は、これが気に入りだっただろう?」 

「うん。ありがと」 

 差し出された酒器を受け取り、佳音は素直に口を付けた。 

「おいし」 

 こくりと呑み込めば芳醇な香りが広がって、シライの思いやりと共に佳音の心に染みわたる。 

「良かったな、と言っていいのか?」 

 卓の上に置かれているのは、カハが書いた三人の名前。 

 佳波、宮乃、と記された名前の間にあるのは、佳音の名。 

 ふたりの間にある自分の名を見つめていると、自分が望まれた子なのだと言ってくれたカハの言葉が、偽りでないことが実感できる。 

「うん。俺にも両親がいたんだな、って思って。カハ様が望むように、父様とか母様とは未だ呼べないけど、宮乃さんの姿も見せて貰えて嬉しかった」 

「ああ、あれな」 

 本当に嬉しそうに微笑む佳音に、シライは遠い目をした。 

「シライってば、またそんな顔して」 

「こんな顔にもなる。よりにもよって、額を合わせるなど」 

「でも、それが方法なんでしょ?」 

「確かに。でなければ認めなどしない」 

 眉間にしわを寄せて言うシライの眉間に指を当て、佳音は母の姿を思い出す。 

 

 

『佳音。母の姿を見たくはないか?』 

 カハにそう言われた時、佳音は姿絵を見せてもらえるのかと思い頷いた。 

『では、ここへおいで』 

 けれどカハは佳音を近くへ呼び寄せると、そっと顔を近づけて来る。 

『え?』 

『水神!佳音が怯えるだろう』 

 その動きに佳音が固まっている間に、シライが厳しい声と共に割り込み佳音を抱き込めば、カハが不満を露わにする。 

『我の記憶を見せるのだ。そのための方法だということは、天空神も理解しているだろう』 

『オレは分かっていても佳音は知らぬ。説明不足だ』 

『正に、我が君と天空の神様は同族ですねえ。説明不足』 

 にやりと笑ったヒスイが、記憶を他者に見せる方法として額と額を合わせるのだと説明してくれ、佳音は漸くカハの動きを理解した。 

『シライ。俺、お願いしたい』 

 母というひとの姿を見てみたい、という佳音の願いを叶えない、などという選択肢を持たないシライは、渋々ながらも同意した。 

『このひとが』 

『其方の母、宮乃だ。優しくも自分の意志を持つ、清廉な巫女であった』 

 カハの額から伝わる、宮乃の優しい笑みと仕草に佳音は釘付けになる。 

 このひとに、佳音と呼んで欲しかった、傍に居てほしかったという気持ちが今更のように噴き出して、いつのまにか泣いていた佳音の背をカハがそっと撫でた。 

『佳音。幸か不幸か、其方は天空神の元へ来た。なれば、今後は我とも自由に会える』 

『幸か不幸かとは何だ。幸に決まっているだろう』 

 不満全開で言ったシライではあるが、佳音をカハから引き離そうとはせず、佳音はとても幸せな気持ちになった。 

 

 

「でもまさか、額に入れてくれるとは思わなかった。ありがとう」 

 丁寧に額装されたそれを、佳音が嬉しそうに見つめる。 

「親子の証のようなものだからな。大切だろう」 

 自分達神は、眷属や伴侶、一族という者はいても、普通親子という繋がりを持つこと、持とうという意識すらないとシライが言うのを、佳音は頷き聞いた。 

「神様だもんね。そっか。親子って珍しいのか」 

「だが、オレにも水神の気持ちは分かる。今正に実践している最中だしな」 

「実践している最中?」 

「ああ。オレの子を孕ませたいなど。少し前なら思いもしなかった」 

 

 そっか。  

 シライにはそんな相手が。 

 あ、だから俺を馴染ませて生贄として、っていうのが必要なのか。 

 

 佳音を抱き寄せ、幸せに浸るシライは、その腕のなかで佳音が奇妙な納得をしていることなど知る由も無かった。 

 

 
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