天の斎庭 ~そらのゆにわ 天空神の溺愛に、勘違い神官は気づかない。え!?俺生贄じゃないの!?~

夏笆(なつは)

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44.宮乃

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「我は水神カハだ。そして佳音、其方の父だ」 

 入口の引き戸が開くなり入って来た銀色の神は、出迎えた佳音がその視界に入るなりそう宣った。 

 

 真新しい木の匂い。 

 この戸口、火の神様に燃やされちゃったけど、そういえば一瞬で元通りになっていたな。 

 さすが神様のお城。 

 うん、いい匂い。 

 

「いきなり言うとか有り得ない」 

「ええ。私もそう思います」 

 出会い頭に余りに突飛な事を言われ思わず現実逃避した佳音の耳に、シライとヒスイの呆れたような声が届く。 

「佳音、どうした?長く放置してしまった父を恨んでいるのか?」 

 けれどカハは、シライのこともヒスイのことも気にならないらしく、佳音に向けて両腕を広げている。 

 

 なんだろう。 

 この『飛び込んでおいで』状態。 

 

 佳音には、物心ついた時から両親がいなかった。 

 けれど育ったやしろには佳音のような戦災孤児はたくさんいたし、佳音という名をくれたのは亡くなった母だと教えられ、記憶に無い母と繋がりが持てたようで嬉しかったのを覚えている。 

 もし両親がいたら、両親はどんな人だったのか、と考えたことは数えきれないくらいあるが、まさか水神に父だと名乗られる日が来るとは思わなかった、と佳音は気が遠くなる思いで目の前の銀色の神を見つめた。 

 

 まさかの冗談、っていう雰囲気でもないんだよな。 

 

 髪も瞳も銀色で、その見事な顎髭も銀色。 

 見た目、シライより年かさに見えると思っていると、その口元にやわらかな笑みが浮かんだ。 

 

 優しそう。 

 

 思えば、佳音の口元にも笑みが浮かぶ。 

「水神よ。いつまで佳音を立たせておくつもりだ。とっとと中へ入れ」 

 その時、すっぱりとその場を仕切り直すようにシライが言い、佳音もそちらを見た。 

「親子の感動の再会を邪魔するな」 

「我が君。我が君が佳音様にお会いするのは初めてですから、再会ではありません」 

「ヒスイ。それは屁理屈というものだろう」 

「いいえ。ただの真実です」 

「えーと。とりあえず中で、お茶でも飲みながらお話ししませんか?」 

 収集のつかない会話を繰り広げる三人に向かい、何かいつも同じこと言って打開しようとしているな、と思いつつ佳音は引き攣った笑みでそう言った。 

 

 

 

「というわけで、佳音は我と宮乃の愛の結晶だ」 

 脚の高い卓に座り胸を張って言い切ったカハに、佳音は困惑の瞳を向けた。 

 一応の説明はなされたものの、すぐに受け入れられるものでもない。 

「確かに、俺の母も巫女だったとは聞いたことがありますが。何処からか流れて来て、俺を生んですぐ戦禍に巻き込まれて亡くなったとしか。そういうの、余り珍しくも無いし」 

 佳音自身、これまで生きて来て戦というものが珍しくないと身をもって知っている。 

 豊かな実りも平安あってこそ。 

 戦が起こればその土地を離れる者も当然あるし、巻き込まれれば最悪命を失う。 

 痛ましいことではあるが、佳音の母の境遇も決して珍しいことではない。 

「宮乃は我と対話できる巫女だった。宮乃の居た場所では、そうした能力を持つ巫女と神を結び付け、邸を持たせるのが通例でな。まあ、通い婚ではあるが、宮乃は我の花嫁となったわけだ」 

 何となく照れを含んで言うカハは可愛くもあるが、佳音は眉を顰めずにはいられない。 

「それって無理矢理」 

「違う!幾度も通って、心を通じ合わせた。3日と空けずに通っていたのだが、ある時突然邸はおろか村ごと無くなっていて、宮乃の気配も探せなくなった」 

「それは、どこかから襲撃されたのであろう。しかし、その程度で気配が探れなくなるとは」 

 賢くもシライはそこで言葉を止めたが、カハにはしっかりと通じた。 

「確かに我の力不足と言われればそれまでだが、腑に落ちない点もある。宮乃が、自分から気配を消したのではないかと思うのだ」 

「つまり、振られたと」 

「我の寵愛の証が額に現れたと、喜んでいたのにか?」 

 茶化すようなシライに、カハがきろりと睨みをきかす。 

「証。それを他人に悟らせないようにすることに、全力を注いだのかも」 

 ぽつりと言った佳音に、全員の視線が向いた。 

「人間の側から言うと、そもそも神の花嫁っていうのは贄だと思う。神に捧げてその土地を豊かにしてもらおうとか、災厄から護ってもらおうとか、そういう目的で。でも結果としてその地が滅んだのなら、すべては無意味だったってことになる。そうなれば、宮乃さんの責任のように追及されたかもしれない。もしくは逆に大切にされていて、優先的に逃がしてもらったかもしれない」 

 淡々と話す佳音の脳裏に、覚えの無い母が村民と共に逃げまどう姿が浮かぶ。 

「ともあれその地を離れざるを得なかった宮乃さんは、額の証を隠す必要があった。神に寵愛を受けた巫女の血は、すべての病を癒す妙薬だって考えがあるからね。元の土地では、死ぬほど抜かれることはなかっただろうけど、他の場所ではどうなるか分からない。だから、証が他人に見られないことに全力を注いだ・・・って、考えられる」 

「そのような恐ろしい目に」 

 カハが痛ましそうに眉を寄せ、シライもヒスイも黙祷するかの如くそっと目を閉じた。 

「あとは、身籠っていることに気づいて、っていうのもあるんじゃないかな。神との間に授かった子だと知れれば当然利用されただろうから、それら害意から子どもと自分を守るために。宮乃さんがどんな思いでいたのか実際のところは分からないけど、混乱のなかでも俺を守り産んでくれて、名付けてくれて。俺はとても感謝しているんだ」 

「佳音」 

 静かに語り終えた佳音を深い声で呼んだカハが、紙と墨を所望する。 

 何を書くのかと見つめる佳音は、見事な筆致で書かれた文字を見た。 

佳波かは様、ってそう書くんだ。ってことは」 

「宮乃は、我の名から一文字取ったのだな」 

 愛する者との間に授かった愛する命。 

 波乱の人生を歩んだ彼女がふと笑みを浮かべたように、空気が震えた。 





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