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40.自覚
しおりを挟む翌朝。
幾度目とも知れぬ絶頂の後、気を失った佳音と自分に洗浄の術を使い、最大の安眠材料である佳音を抱き締め眠ったシライは、その短い時間にも関わらずすっきりと目覚めた。
腕のなかでは、愛しい佳音があどけない顔で眠っている。
「佳音」
起こさないようその額にそっと口づけ、乾いた唇に水を含ませてから、シライは夜着をきちんと掛け直して寝台をそっと出た。
「起こさないでやってくれ」
すべて分かっていたかの如く待ち構えていた蓮と蘭に伝え、シライは朝の身支度を済ませると執務室へと向かう。
「・・・言いたいことがあるなら言え」
無言のまま、意味深な視線を向けられ続けたシライが、執務室の椅子に座るなり言えば蓮が笑った。
「いえ。予想はしていましたが、これほどとは。もはや執愛ですね」
「それを言うなら愛執だろう」
「なんというか、より強く執着している状態なので」
分析するように言われるも、自覚のあるシライは押し黙るしかない。
「それで?佳音様は、ヒスイ様のことを気にされているようでしたか?」
「いや。オレがいなくて寂しかったと抱き付いて来て。まあ、寝ぼけていたのだろうが」
「にやけていますよ、主」
「何とでも言え」
佳音がヒスイに惹かれてしまったら、と案じていた自分はもういないのだとシライは胸を張った。
そのことについて、最早シライに憂いは無い。
「ヒスイ様、お綺麗ですからね。佳音様もぽうっと見つめていらっしゃいましたし、ヒスイ様はひとめ惚れした相手に再会したかのようなお顔をされて。このままおふたりの恋物語が始まるのかと私も危惧しました」
「そんなものは始まらない!」
ぎっ、と蓮を睨みつけ強く言い切るシライに、蓮が笑みを浮かべる。
「自信をもって言えるようになって良かったです。佳音様とヒスイ様には、もしやではありますが眷属という繋がりも考えられますし・・・と、そうでした主。そちらの方はいかがだったのですか?」
佳音は水神の眷属だったのか、と問いかける蓮にシライは意外そうな目を向ける。
「言っていなかったか?」
「聞いていません。何しろ昨日は人払いをしてヒスイ様とおふたりで夜中過ぎまで密談、その後はすぐに佳音様の元へお戻りになって朝まで熱くお過ごしでしたので」
「・・・・・」
「なんですか?」
何か文句でも、と言わぬばかりの蓮にシライが首を振った。
「いや。拗ねたような言葉遣いなのだが、お前が拗ねても可愛くないな、と。これが佳音なら、さぞかし可愛いだろうに」
うっとりと呟くシライの視線の先には、大きな水鏡がある。
「はあ。まあ、同意ですけれど、今は覗き見も駄目ですからね」
すぐにも自室に戻って佳音を愛でる、と言い出しそうなシライに蓮は今日も苦笑するしかない。
「今見れば、お前も佳音の寝顔を見ることになるからな。仕方ない耐えるか」
「判断基準がぶれませんね」
「佳音の可愛い寝顔は、オレだけが知っていればいい」
「独占欲も凄いですね」
「普通だ」
「分かりました。主の普通、ということで納得します」
「偉そうに・・・まあいい。それより、佳音のことだ」
「はい。ヒスイ様は何と?」
惚気顔を引き締めたシライに、蓮もすぐさま有能な側近の顔になって答える。
「近く、水神の城へ向かわねばならぬやもしれぬ」
そして、シライは重々しくその言葉を口にした。
「ん・・・シライ・・」
温かな夜着のなか、シライに抱き付こうとした佳音は独り寝の事実に気づいて寂しくなるも、その手に抱いていたものに気づいて破顔した。
「これ、シライの寝衣・・・夢じゃなかった」
身体はきれいに清められ、辛い所も無いけれど、シライに熱く抱かれたのは夢ではないと佳音は嬉しくなる。
「ちゃんと、帰って来てくれた」
生贄である自分が、このような物言いをするのはおかしいと分かっている。
それでも佳音は自覚してしまった。
「俺、シライが好きなんだ」
だからヒスイと近しくしてほしくなかったし、ふたり並んだ姿に嫉妬もした。
「愚の骨頂、だけど、この気持ちは嘘じゃない」
ぎゅ、と抱き込むシライの寝衣は、彼の好む香が焚きしめられている。
「ちゃんと食べられるから。最期までシライのこと好きでいさせて」
目を閉じてシライの香りに包まれる。
今だけは幸せな夢を見たいと、佳音はシライの寝衣にそっと頬を寄せた。
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