40 / 62
40.自覚
しおりを挟む翌朝。
幾度目とも知れぬ絶頂の後、気を失った佳音と自分に洗浄の術を使い、最大の安眠材料である佳音を抱き締め眠ったシライは、その短い時間にも関わらずすっきりと目覚めた。
腕のなかでは、愛しい佳音があどけない顔で眠っている。
「佳音」
起こさないようその額にそっと口づけ、乾いた唇に水を含ませてから、シライは夜着をきちんと掛け直して寝台をそっと出た。
「起こさないでやってくれ」
すべて分かっていたかの如く待ち構えていた蓮と蘭に伝え、シライは朝の身支度を済ませると執務室へと向かう。
「・・・言いたいことがあるなら言え」
無言のまま、意味深な視線を向けられ続けたシライが、執務室の椅子に座るなり言えば蓮が笑った。
「いえ。予想はしていましたが、これほどとは。もはや執愛ですね」
「それを言うなら愛執だろう」
「なんというか、より強く執着している状態なので」
分析するように言われるも、自覚のあるシライは押し黙るしかない。
「それで?佳音様は、ヒスイ様のことを気にされているようでしたか?」
「いや。オレがいなくて寂しかったと抱き付いて来て。まあ、寝ぼけていたのだろうが」
「にやけていますよ、主」
「何とでも言え」
佳音がヒスイに惹かれてしまったら、と案じていた自分はもういないのだとシライは胸を張った。
そのことについて、最早シライに憂いは無い。
「ヒスイ様、お綺麗ですからね。佳音様もぽうっと見つめていらっしゃいましたし、ヒスイ様はひとめ惚れした相手に再会したかのようなお顔をされて。このままおふたりの恋物語が始まるのかと私も危惧しました」
「そんなものは始まらない!」
ぎっ、と蓮を睨みつけ強く言い切るシライに、蓮が笑みを浮かべる。
「自信をもって言えるようになって良かったです。佳音様とヒスイ様には、もしやではありますが眷属という繋がりも考えられますし・・・と、そうでした主。そちらの方はいかがだったのですか?」
佳音は水神の眷属だったのか、と問いかける蓮にシライは意外そうな目を向ける。
「言っていなかったか?」
「聞いていません。何しろ昨日は人払いをしてヒスイ様とおふたりで夜中過ぎまで密談、その後はすぐに佳音様の元へお戻りになって朝まで熱くお過ごしでしたので」
「・・・・・」
「なんですか?」
何か文句でも、と言わぬばかりの蓮にシライが首を振った。
「いや。拗ねたような言葉遣いなのだが、お前が拗ねても可愛くないな、と。これが佳音なら、さぞかし可愛いだろうに」
うっとりと呟くシライの視線の先には、大きな水鏡がある。
「はあ。まあ、同意ですけれど、今は覗き見も駄目ですからね」
すぐにも自室に戻って佳音を愛でる、と言い出しそうなシライに蓮は今日も苦笑するしかない。
「今見れば、お前も佳音の寝顔を見ることになるからな。仕方ない耐えるか」
「判断基準がぶれませんね」
「佳音の可愛い寝顔は、オレだけが知っていればいい」
「独占欲も凄いですね」
「普通だ」
「分かりました。主の普通、ということで納得します」
「偉そうに・・・まあいい。それより、佳音のことだ」
「はい。ヒスイ様は何と?」
惚気顔を引き締めたシライに、蓮もすぐさま有能な側近の顔になって答える。
「近く、水神の城へ向かわねばならぬやもしれぬ」
そして、シライは重々しくその言葉を口にした。
「ん・・・シライ・・」
温かな夜着のなか、シライに抱き付こうとした佳音は独り寝の事実に気づいて寂しくなるも、その手に抱いていたものに気づいて破顔した。
「これ、シライの寝衣・・・夢じゃなかった」
身体はきれいに清められ、辛い所も無いけれど、シライに熱く抱かれたのは夢ではないと佳音は嬉しくなる。
「ちゃんと、帰って来てくれた」
生贄である自分が、このような物言いをするのはおかしいと分かっている。
それでも佳音は自覚してしまった。
「俺、シライが好きなんだ」
だからヒスイと近しくしてほしくなかったし、ふたり並んだ姿に嫉妬もした。
「愚の骨頂、だけど、この気持ちは嘘じゃない」
ぎゅ、と抱き込むシライの寝衣は、彼の好む香が焚きしめられている。
「ちゃんと食べられるから。最期までシライのこと好きでいさせて」
目を閉じてシライの香りに包まれる。
今だけは幸せな夢を見たいと、佳音はシライの寝衣にそっと頬を寄せた。
0
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。

麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。
石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。
そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。
新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。
初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。
ハッピーエンドです。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる