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38.ひとり寝の寒さ

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「ヒスイ殿。佳音は大丈夫なのか?もしや何か異常が?」 

 突然青ざめたヒスイを引きずるようにして執務室へと戻り、そのままヒスイと対面で座したシライは、落ち着かない様子で迫るように尋ねた。 

「すみません。私自身、かなり衝撃的なお話だったので」 

 言いつつ、ヒスイは蓮が置いた茶に口を付ける。 

「衝撃?貴公がそのようになるほどだ。余程のことなのだろう。それで、佳音のためにオレはどうすればいい?」 

 腹黒側近を絵に描いたようなヒスイが、このように弱った姿を見せるなど前代未聞と揶揄するように言いながら、シライの瞳は真剣に佳音の安全を求めている。 

「どうすれば。そうですね。どうすればいいのか。ただ、このままでも佳音の身が危険ということはありません」 

「本当だな?では何故貴公はあのように蒼白になったのだ?」 

 問い詰めるようなシライに、ヒスイは大きく息を吐いた。 

「そのお話には、水神、我が君の私的な部分が組み込まれます。お人払いを」 

 ヒスイの言葉にシライは蓮にも退室させ、ふたりきりとなった部屋で改めてヒスイと向き合う。 

「これでいいか?」 

「ありがとうございます。すべての事の起こりは、我が君がひとりの巫女姫様を見初めたことでした。その巫女姫様は、お名前を宮乃みやの様とおっしゃいます」 

 そう言ってヒスイが語りはじめた話の内容は当然水神を無視するべきものではなく、かといって佳音の意志を尊重したくもあるシライは、その夜遅くまでヒスイと交渉することとなった。 

 

 

 

 

 

「おお。これだけ転がっても落ちない」 

 ひとりはしゃいだ声を出し、佳音は広い寝台の上を転がる。 

「ごろごろごろごろごろごろろ・・・はあ」 

 そして幾度か端から端まで往復を繰り返した後、中央でばたんと両手両足を広げて大の字になった。 

「シライ、今頃ヒスイと居るのかな」 

『本日、天空神様は遅くなられるとのことです』 

 杏にそう言われた佳音は、ここへ来て初めてひとりで湯を使った。 

 いつも広いと思っていた湯殿が、更に広く感じられ何となく寒くも感じた佳音は、そのまま杏に着替えを手伝ってもらい、夕餉も済ませた。 

「今日は帰って来ないのかな」 

 夕餉の後、しばらく読書をしようとしたけれど内容がまったく入って来ず、お茶を飲む気にもなれなかった佳音は、そのまま寝台へあがって今に至る。 

 寝台の帳は既にして引かれ、照明も寝る時用の暗さになっていて、いつもと違うのはシライがいないということだけ。 

「でもそれが、凄く大きい」 

 やっぱり今夜は寒い、と佳音は大きな枕を抱き締めた。 

「お似合いだったよなあ。背だって釣り合ってたし、何より見た目が」 

 佳音の脳裏に、ヒスイに肩を貸すようにして出て行ったシライの後ろ姿が蘇る。 

「麗人ヒスイに比べたら、俺なんてちんちくりんだし、正に月とすっぽん。そう言えば『お耳をからげてすっぽんぽん』の、すっぽんぽん、って鼓の音だって聞いたことあるな・・・はあ。寝よ」 

 迷走する思考さえ虚しく感じて、佳音は夜着よぎに潜り込んだ。 

 この夜着は本当にふかふかで大きく温かで、佳音はこのなかでシライに擦り寄って眠るのが常なのだが、今日はひとり。 

「やっぱり、今日は寒い」 

 お気に入りの夜着のなか、佳音はひとり手足を丸めた。 

 

 
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