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35.盗み見
しおりを挟む「皆足取りも軽く楽し気で。外部の者を拘束しているような緊張感は皆無ですね」
それどころか、天空城内にはむしろ慶事を控えてでもいるかのような華やぎさえ感じて、ヒスイはひとり外へ出た。
「ですが、ご内室を迎えるとなれば我が君にも報告があるでしょうし」
慶事といえば婚姻か、けれど、と思いつつ広大な庭を歩き、ここへ来た目的である気配を探るもまったく感じ取れない。
「ここは既に天空神の結界内。だとすれば宮乃様の気配、ましてや我が君の守護の力を私が感じ取れないなどということは無いはずなのですが」
阻むものは何もないのに何も感じ取れない、とヒスイはひとり首を傾げる。
「我が君が誤る筈もありませんが・・・ん?これは」
いつのまにか見慣れない場所に居たヒスイは、多重結界の気配を感じて近寄った。
その先に見えるのは、聳え立つ天空城の一画。
「すべての門から最も遠く奥まった場所。ここが天空神の私的空間ということでしょうか。ということは、このままではいけませんね」
そう呟くと、ヒスイは自分に他者からは見えなくなる術を掛けた。
これならば、警備の者に止められる心配もない。
「申し訳ありませんが、失礼いたします。それにしても見事な庭ですね」
ヒスイ達のような客人にも開放されている庭園も見事だが、この庭は更に凄いとその景観に思わず見入ってしまう。
広々とした場所に多用な花が咲き、鮮やかな緑が陽に映える。
そしてヒスイの視線の先には、その庭を一望できるであろう大きな硝子窓。
「あそこは特に結界がえげつないですね。何故あれほど厳重に・・・まさか」
あの中に隠されているのなら、気配を感じ取れなくとも納得できる、とヒスイは辺りを見渡した。
「見える範囲だけでも五人、もっとでしょうか」
しかし流石天空神の私的空間というべきか、護衛の数がとても多い。
尤も、それが更にここが天空神の私的空間だと決定付けることにもなると確信を持ち、ヒスイは硝子窓へと向かう。
「本当に凄いですね。一体幾つ重ねてあるのでしょう」
それはもう呆れるほどの厳重さ、とヒスイが大きな硝子窓から中を見るも、そこは濃霧の如き白さで何も見えない。
「認識疎外の術まで、ですか。これは本格的に、何かを隠していますね」
多重結界に認識疎外。
まるで何かを徹底的に隠すようなそれらに、ヒスイは解除の術を展開した。
「っ。結界を解除することは不可能、ですね。ですが、認識疎外の方は何とか見えるほどには解除できましたか」
これほど強力な術を扱えるのは神のみ。
つまりこの結界も認識疎外も天空神によるものと判断したヒスイは、咎めも覚悟しつつもう一度中を見つめる。
「この広さにこの調度。ここはやはり天空神の自室のようですね」
うっすらと霧がかかったような室内を見れば、そこはとてつもない広さを誇り、置かれている調度も素晴らしい物ばかり。
「ん?これは、祈りでしょうか?」
そして耳をすませば神々への祈りが聞こえ、その涼やかな声にヒスイは暫し時を忘れて聞き惚れた。
やがて祈りの声がやみ、うっとりと閉じていた瞳を開いたヒスイは、その姿を見て思わず硝子に手を突き叫ぶ。
「宮乃様!」
眷属としての気配、水神の守護の力は、変わらずある結界に阻まれて感じることは叶わない。
しかしその姿は、かつて見たかの巫女そのもの。
「いえ・・・よく似てはいますが、違いますね」
美しい衣を纏い、硝子窓へと真っ直ぐに歩いて来る姿は良く似ているものの、別の存在だと分かる。
「凛として、なんと美しい歩き姿」
思わず見惚れかけ、相手も自分を認識しただろうと判断し姿勢を正したヒスイは、けれどそのまま硝子まで歩いて来たそのひとの目が自分を写していない事に気づき首を傾げた。
私が見えていないのでしょうか?
まさか、向こう側からも認識疎外が?
だとすれば話は通じるが、内部から外部を遮断する意味が分からないとヒスイは益々首を捻りつつ、声を出すことは控える。
「ああ。今日も白い」
けれどその惑いを決定づける声がして、ヒスイは内部から外部を見ることが叶わないことを知った。
これほど、外を見たいと願っているようなのに。
好奇に満ちた輝く瞳にこの美しい庭園は映らないのだと思えば、ヒスイの胸が痛む。
それにしても、何と愛らしい。
見えないと言いながら、それでも懸命に硝子に額を押し付け、何とか見ようとする姿が可愛い、とヒスイは思わず微笑みを浮かべる。
それは、ヒスイを知る者が見れば信じられないほど優しさに満ちたものだったが、ヒスイに自覚は無い。
それにしても何故ここに。
天空神の自室らしき場所に居る、しかもかなりの厚待遇を受けている存在。
そして城内で感じた華やぎ。
もしかして、ご内室になる方なのでしょうか?
ですがあの祈りと容姿は、人間で神官、と捉えることの出来る特徴ですが。
人間が何故、天空城、しかも天空神の自室にいるのか、それだけでも疑問であるのに、これだけ厚い待遇を受けながら、外を見る自由も与えられていない矛盾に眉を顰めたヒスイは、その足に着けられているものを見て拳を握った。
足枷。
つまり、何らかの代償でここに留められている囚われびと。
今初めて顔を見た筈のそのひとの処遇を許せないと感じ、ヒスイは自身を落ち着かせるよう、大きく息を吸った。
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