34 / 62
34.ヒスイ
しおりを挟む「この度は急な願いにも関わらず、快く滞在をお許しくださいましてありがとうございます」
長く艶やかな銀色の髪をさらりと身体に纏わせ、端正な礼をとる相手をシライは不穏な目で見つめた。
「ヒスイ殿。遠慮は要らぬ。ゆるりとされよ」
それでも相手は水神の眷属のなかでも地位が高い一族と呼ばれる存在とあって、内心の不審はおくびにも出さずにシライが挨拶を終えれば、ヒスイがにこやかに微笑む。
「ありがとうございます。久しぶりにこちらの山河を天馬で駆けたくなってしまいまして。それに、天空の神様ご自慢の庭園も散策させていただきたく」
「庭でも山河でも自由に駆けられるが良い。客人に許している範囲内ならば問題無い」
見た目に反し結構な腹黒さを持つヒスイは、水神の側近のなかでも特に優秀で水神の片腕と呼ばれており、敵に回すには不都合が過ぎる。
水神との間に妙な亀裂を入れる気もないシライは、その程度のことなら特に問題無いと鷹揚に頷いた。
神同士での諍いがあったのなど遠い昔の話であるし、何より水神と天空神は合同で守護する場を持つなど共通性も多い。
加えて水神の一族や眷属は穏やかな性質の者が多く、ヒスイは火の神のようにシライに執着があるわけでもないし、彼が天馬を駆けさせることを好むのも事実。
だが、どうも苦手意識が先に立つ。
「どうして有能な側近というのは腹黒く、胡散臭い笑みを浮かべる奴ばかりなのだろうな」
退室して行くヒスイを見送ったシライがため息を吐けば、その場に控えていた蓮がにっこりと、それはもう内心の見えない笑みを浮かべた。
「お褒めにあずかり光栄です、主」
「凄い。きらきらしている」
シライとヒスイが面談していた丁度その頃。
佳音は小ぶりな五つの置き時計を前に瞳を輝かせていた。
五つの時計はどれも素晴らしい彫りの施された木製で、文字盤の部分はそれぞれ光沢を消した金、磨かれた銀、紅玉、翠玉、青玉で出来ており、その針は水晶でとても美しい。
「それにしても、こんな豪華な時計を貰うつもりなかったんだけど。何か強請ったみたいになっちゃったよな」
事の起こりは、佳音が読書に夢中になってシライの帰宅に気づけなかったこと。
いつもなら声を掛けてくれる蘭が、余りに佳音が夢中であったため、シライの意向を確認してそのままにしておいたのだと説明はされた。
佳音第一主義のシライが佳音の楽しみを奪うようなことを願う筈もなく、佳音はその引き戸を開けてシライが戻っても尚気づかないほどの集中さを見せ、その姿はシライを大いににやにやとさせたのだが、それはそれ、これはこれ。
『俺、ちゃんとシライにおかえりって言いたい。ちゃんと出迎えて』
だから夢中になっていても声を掛けて欲しい。
佳音はそんなつもりでそう言ったのだが、シライは嬉しそうな笑みと共に宣言した。
『そうか。ならば時計を贈ろう。さすれば時刻を確認するのも容易いだろう』
『え!?俺、そんなつもりじゃ。それに時計って希少』
『問題無い。壁一面の大時計にすれば、どこからでも見えるか?』
『は!?そんな大きなのじゃなくていいよ!もっと小さいので!』
『小さいのでいいのか?』
『むしろ小さいのがいい。持って歩けるから』
そんな大きさの時計があるかも分からず佳音が言えば、シライも納得したように頷き返す。
『なるほどな。それは便利そうだ』
そんな遣り取りの後、シライは本当に小ぶりな時計を用意してくれた。
「でもまさか、五つもくれるとか思わないよ。それに、ひとつひとつが貴重品」
それでも折角のシライの好意を無碍にはしたくない、と佳音はひとつひとつ丁重に扱って自分が良くいる場所へとそれぞれ配置する。
「これ、お揃いって言ってたよな。シライも今頃、この時計見ているのかな」
そんな風に幸せそうにくすくすと笑い、時計を優しくつついて呟く佳音を見、今正にシライは悶えていた。
「佳音が、オレの佳音が可愛すぎる」
「はいはい。流石に不気味ですよ、主。でもまあ、幸せそうで何より」
執務室に配置された、佳音に贈られたのと同じ時計を見つめ、蓮もまた穏やかな笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
短編エロ
黒弧 追兎
BL
ハードでもうらめぇ、ってなってる受けが大好きです。基本愛ゆえの鬼畜です。痛いのはしません。
前立腺責め、乳首責め、玩具責め、放置、耐久、触手、スライム、研究 治験、溺愛、機械姦、などなど気分に合わせて色々書いてます。リバは無いです。
挿入ありは.が付きます
よろしければどうぞ。
リクエスト募集中!
謎の死を遂げる予定の我儘悪役令息ですが、義兄が離してくれません
柴傘
BL
ミーシャ・ルリアン、4歳。
父が連れてきた僕の義兄になる人を見た瞬間、突然前世の記憶を思い出した。
あれ、僕ってばBL小説の悪役令息じゃない?
前世での愛読書だったBL小説の悪役令息であるミーシャは、義兄である主人公を出会った頃から蛇蝎のように嫌いイジメを繰り返し最終的には謎の死を遂げる。
そんなの絶対に嫌だ!そう思ったけれど、なぜか僕は理性が非常によわよわで直ぐにキレてしまう困った体質だった。
「おまえもクビ!おまえもだ!あしたから顔をみせるなー!」
今日も今日とて理不尽な理由で使用人を解雇しまくり。けれどそんな僕を見ても、主人公はずっとニコニコしている。
「おはようミーシャ、今日も元気だね」
あまつさえ僕を抱き上げ頬擦りして、可愛い可愛いと連呼する。あれれ?お兄様、全然キャラ違くない?
義弟が色々な意味で可愛くて仕方ない溺愛執着攻め×怒りの沸点ド底辺理性よわよわショタ受け
9/2以降不定期更新
男とラブホに入ろうとしてるのがわんこ属性の親友に見つかった件
水瀬かずか
BL
一夜限りの相手とホテルに入ろうとしていたら、後からきた男女がケンカを始め、その場でその男はふられた。
殴られてこっち向いた男と、うっかりそれをじっと見ていた俺の目が合った。
それは、ずっと好きだけど、忘れなきゃと思っていた親友だった。
俺は親友に、ゲイだと、バレてしまった。
イラストは、すぎちよさまからいただきました。
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
学級委員長だったのにクラスのおまんこ係にされて人権がなくなりました
ごみでこくん
BL
クラスに一人おまんこ係を置くことが法律で義務化された世界線。真面目でプライドの高い学級委員長の高瀬くんが転校生の丹羽くんによっておまんこ係堕ちさせられてエッチな目に遭う主人公総受けラブコメディです。(愛はめちゃくちゃある)
※主人公総受け
※常識改変
※♡喘ぎ、隠語、下品
※なんでも許せる方向け
pixivにて連載中。順次こちらに転載します。
pixivでは全11話(40万文字over)公開中。
表紙ロゴ:おいもさんよりいただきました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる