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34.ヒスイ

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「この度は急な願いにも関わらず、快く滞在をお許しくださいましてありがとうございます」 

 長く艶やかな銀色の髪をさらりと身体に纏わせ、端正な礼をとる相手をシライは不穏な目で見つめた。 

「ヒスイ殿。遠慮は要らぬ。ゆるりとされよ」 

 それでも相手は水神の眷属のなかでも地位が高い一族と呼ばれる存在とあって、内心の不審はおくびにも出さずにシライが挨拶を終えれば、ヒスイがにこやかに微笑む。 

「ありがとうございます。久しぶりにこちらの山河を天馬で駆けたくなってしまいまして。それに、天空の神様ご自慢の庭園も散策させていただきたく」 

「庭でも山河でも自由に駆けられるが良い。客人に許している範囲内ならば問題無い」 

 見た目に反し結構な腹黒さを持つヒスイは、水神の側近のなかでも特に優秀で水神の片腕と呼ばれており、敵に回すには不都合が過ぎる。 

 水神との間に妙な亀裂を入れる気もないシライは、その程度のことなら特に問題無いと鷹揚に頷いた。 

 神同士での諍いがあったのなど遠い昔の話であるし、何より水神と天空神は合同で守護する場を持つなど共通性も多い。 

 加えて水神の一族や眷属は穏やかな性質の者が多く、ヒスイは火の神のようにシライに執着があるわけでもないし、彼が天馬を駆けさせることを好むのも事実。 

 だが、どうも苦手意識が先に立つ。 

「どうして有能な側近というのは腹黒く、胡散臭い笑みを浮かべる奴ばかりなのだろうな」 

 退室して行くヒスイを見送ったシライがため息を吐けば、その場に控えていた蓮がにっこりと、それはもう内心の見えない笑みを浮かべた。 

「お褒めにあずかり光栄です、主」 

 

 

 

「凄い。きらきらしている」 

 シライとヒスイが面談していた丁度その頃。 

 佳音は小ぶりな五つの置き時計を前に瞳を輝かせていた。 

 五つの時計はどれも素晴らしい彫りの施された木製で、文字盤の部分はそれぞれ光沢を消した金、磨かれた銀、紅玉、翠玉、青玉せいぎょくで出来ており、その針は水晶でとても美しい。 

「それにしても、こんな豪華な時計を貰うつもりなかったんだけど。何か強請ったみたいになっちゃったよな」 

 事の起こりは、佳音が読書に夢中になってシライの帰宅に気づけなかったこと。 

 いつもなら声を掛けてくれる蘭が、余りに佳音が夢中であったため、シライの意向を確認してそのままにしておいたのだと説明はされた。 

 佳音第一主義のシライが佳音の楽しみを奪うようなことを願う筈もなく、佳音はその引き戸を開けてシライが戻っても尚気づかないほどの集中さを見せ、その姿はシライを大いににやにやとさせたのだが、それはそれ、これはこれ。 

『俺、ちゃんとシライにおかえりって言いたい。ちゃんと出迎えて』 

 だから夢中になっていても声を掛けて欲しい。 

 佳音はそんなつもりでそう言ったのだが、シライは嬉しそうな笑みと共に宣言した。 

『そうか。ならば時計を贈ろう。さすれば時刻を確認するのも容易いだろう』 

『え!?俺、そんなつもりじゃ。それに時計って希少』 

『問題無い。壁一面の大時計にすれば、どこからでも見えるか?』 

『は!?そんな大きなのじゃなくていいよ!もっと小さいので!』 

『小さいのでいいのか?』 

『むしろ小さいのがいい。持って歩けるから』 

 そんな大きさの時計があるかも分からず佳音が言えば、シライも納得したように頷き返す。 

『なるほどな。それは便利そうだ』 

 そんな遣り取りの後、シライは本当に小ぶりな時計を用意してくれた。 

「でもまさか、五つもくれるとか思わないよ。それに、ひとつひとつが貴重品」 

 それでも折角のシライの好意を無碍にはしたくない、と佳音はひとつひとつ丁重に扱って自分が良くいる場所へとそれぞれ配置する。 

「これ、お揃いって言ってたよな。シライも今頃、この時計見ているのかな」 

 そんな風に幸せそうにくすくすと笑い、時計を優しくつついて呟く佳音を見、今正にシライは悶えていた。 

「佳音が、オレの佳音が可愛すぎる」 

「はいはい。流石に不気味ですよ、主。でもまあ、幸せそうで何より」 

 執務室に配置された、佳音に贈られたのと同じ時計を見つめ、蓮もまた穏やかな笑みを浮かべた。 

  

 

 
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