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31.もうひと柱の神

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「佳音。もうひとこえ」 

「え?」 

 すぐ近くで聞こえた声に顔をあげた佳音の目に、シライの姿が映る。 

「ありがとう、もいいがな。『シライ、大好き!』だろう、そこは」 

 眉間に皺を寄せ、すたすたと歩いて来ながら早口に言い募るシライに抱き締められ、佳音はその身体が震えていることに気が付いた。 

「シライ?」  

「怖い思いをさせた」 

「あ」 

 安心の余りか、止めようもなく次々と零れ落ちる涙を拭おうとした佳音は、シライに顔を近づけられ、涙を吸い取られて息を飲む。 

「塩の味だ」 

「もう・・・って!蘭は!?」 

 思わず照れかけてはっとした佳音は、蓮に抱き寄せられ、顔色はかなり悪いながらも佳音へ微笑みを見せる蘭にほっとした。 

「お前等!僕を無視するな!忘れているようだが、この状態でも起動できるんだからな!<起動!>」 

 そして、先ほどまで炎を纏い火の塊で攻撃して来ていた美少年が、何かに戒められているかのように手足の自由を奪われ、炎も失って床に転がっているのを佳音が確認すると同時、鋭い声が飛ぶ。 

「シライ!」 

 美少年を戒めているのは見えない縄か何かか、と思い見ていた佳音は、美少年の<起動>という言葉に従うよう、シライの胸のあたりで何かがとくりと反応するのを感じた。 

 そして、その何かが赤く染まるのが視えた佳音は、咄嗟にシライに抱き付く。 

「佳音!・・・え?」 

 覚悟した衝撃、それに続く不調が起きなかったシライは、驚きのままに佳音を見つめる。 

「良かった。急にシライの胸に赤い塊が出来て鼓動を始めた時は驚いたけど」 

 色も消えたし静止したみたいで良かった、と佳音は邪気無く笑うけれど、シライはそれどころではない。 

「あれを、止めた?それに、赤い塊が視えたというのか?」 

 思わず呆然と呟けば、蓮も蘭も同じように信じがたい者を見るように佳音を見つめている。 

「佳音様は一体・・・」 

「え?なに、みんな。どうしたの?それにあれはな・・・っ!」 

「僕の邪魔をするな!<強制起動!>」 

 呆然と呟くシライや蓮、蘭を佳音こそは驚いた様子で見つめ、シライの胸に見えたあの赤い塊は何なのか尋ねようとしたところで、美少年、火の神が再び叫んだ。 

「シライ!」 

 火の神の怒りを反映したように、数多飛んで来る火矢や火針。 

 その一本一本が紅蓮の炎を纏ってシライに襲いかかるのを見た佳音は、咄嗟に叩き落すように腕を大きく振り下ろす。 

「佳音!・・・・え?」 

 火の神の意志を持った攻撃を人間が受ければどうなるか、無事でなどいられないことを重々承知しているシライの目の前で、すべての火矢、火針が紅蓮の花びらとなって舞い散った。 

 その美しさに、その場の誰もが息を飲む。 

「なっ。僕の火矢が、火針が」 

 衝撃を受けたように目を瞠る火の神の目の前で、紅蓮の花びらは眩い光を放って消えた。 

 

 

 

「佳音。大事ないか?」 

 寝椅子に二人ならんで座り、佳音の腕や肩を真剣な面持ちで確認するシライに、佳音はくすぐったそうに身を竦める。 

「平気。それより、さっきの美少年くん、ええと、火の神様は?どうなったの?」 

「あれは丁重に自分の城へ送り返した。だが、流石に度を越した行いだったからな。こちら側としては正式に抗議するつもりだから安心しろ」 

「俺は、蘭が護ってくれたお蔭で別に何ともないからいいよ。ただシライに酷いことしようとしたんだから、抗議は当たり前だよな。これでシライに酷いことしなくなるといいけど」 

 シライの言葉に頷く佳音に、シライが鼻白んだ。 

「何を言う。佳音を傷つけようとしたのだぞ?無事だったからといって、許されることではない」 

「俺は、シライに酷いことしようとしたのが許せない」 

「そう思ってくれるのは嬉しいが、オレには佳音の方が大事だ」 

「いや、どう考えても大事なのは俺じゃなくてシライの方でしょ」 

「いいや、佳音だ」 

 そんな風に言い合うふたりを蓮も蘭も穏やかに見つめ、先ほどとはまるで違う和やかな空気が流れる。 

 

 

「・・・この気配・・・天空城から?」 

 その頃、ひと柱の神が自城にて呆然と呟いていた。 

  

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