31 / 62
31.もうひと柱の神
しおりを挟む「佳音。もうひとこえ」
「え?」
すぐ近くで聞こえた声に顔をあげた佳音の目に、シライの姿が映る。
「ありがとう、もいいがな。『シライ、大好き!』だろう、そこは」
眉間に皺を寄せ、すたすたと歩いて来ながら早口に言い募るシライに抱き締められ、佳音はその身体が震えていることに気が付いた。
「シライ?」
「怖い思いをさせた」
「あ」
安心の余りか、止めようもなく次々と零れ落ちる涙を拭おうとした佳音は、シライに顔を近づけられ、涙を吸い取られて息を飲む。
「塩の味だ」
「もう・・・って!蘭は!?」
思わず照れかけてはっとした佳音は、蓮に抱き寄せられ、顔色はかなり悪いながらも佳音へ微笑みを見せる蘭にほっとした。
「お前等!僕を無視するな!忘れているようだが、この状態でも起動できるんだからな!<起動!>」
そして、先ほどまで炎を纏い火の塊で攻撃して来ていた美少年が、何かに戒められているかのように手足の自由を奪われ、炎も失って床に転がっているのを佳音が確認すると同時、鋭い声が飛ぶ。
「シライ!」
美少年を戒めているのは見えない縄か何かか、と思い見ていた佳音は、美少年の<起動>という言葉に従うよう、シライの胸のあたりで何かがとくりと反応するのを感じた。
そして、その何かが赤く染まるのが視えた佳音は、咄嗟にシライに抱き付く。
「佳音!・・・え?」
覚悟した衝撃、それに続く不調が起きなかったシライは、驚きのままに佳音を見つめる。
「良かった。急にシライの胸に赤い塊が出来て鼓動を始めた時は驚いたけど」
色も消えたし静止したみたいで良かった、と佳音は邪気無く笑うけれど、シライはそれどころではない。
「あれを、止めた?それに、赤い塊が視えたというのか?」
思わず呆然と呟けば、蓮も蘭も同じように信じがたい者を見るように佳音を見つめている。
「佳音様は一体・・・」
「え?なに、みんな。どうしたの?それにあれはな・・・っ!」
「僕の邪魔をするな!<強制起動!>」
呆然と呟くシライや蓮、蘭を佳音こそは驚いた様子で見つめ、シライの胸に見えたあの赤い塊は何なのか尋ねようとしたところで、美少年、火の神が再び叫んだ。
「シライ!」
火の神の怒りを反映したように、数多飛んで来る火矢や火針。
その一本一本が紅蓮の炎を纏ってシライに襲いかかるのを見た佳音は、咄嗟に叩き落すように腕を大きく振り下ろす。
「佳音!・・・・え?」
火の神の意志を持った攻撃を人間が受ければどうなるか、無事でなどいられないことを重々承知しているシライの目の前で、すべての火矢、火針が紅蓮の花びらとなって舞い散った。
その美しさに、その場の誰もが息を飲む。
「なっ。僕の火矢が、火針が」
衝撃を受けたように目を瞠る火の神の目の前で、紅蓮の花びらは眩い光を放って消えた。
「佳音。大事ないか?」
寝椅子に二人ならんで座り、佳音の腕や肩を真剣な面持ちで確認するシライに、佳音はくすぐったそうに身を竦める。
「平気。それより、さっきの美少年くん、ええと、火の神様は?どうなったの?」
「あれは丁重に自分の城へ送り返した。だが、流石に度を越した行いだったからな。こちら側としては正式に抗議するつもりだから安心しろ」
「俺は、蘭が護ってくれたお蔭で別に何ともないからいいよ。ただシライに酷いことしようとしたんだから、抗議は当たり前だよな。これでシライに酷いことしなくなるといいけど」
シライの言葉に頷く佳音に、シライが鼻白んだ。
「何を言う。佳音を傷つけようとしたのだぞ?無事だったからといって、許されることではない」
「俺は、シライに酷いことしようとしたのが許せない」
「そう思ってくれるのは嬉しいが、オレには佳音の方が大事だ」
「いや、どう考えても大事なのは俺じゃなくてシライの方でしょ」
「いいや、佳音だ」
そんな風に言い合うふたりを蓮も蘭も穏やかに見つめ、先ほどとはまるで違う和やかな空気が流れる。
「・・・この気配・・・天空城から?」
その頃、ひと柱の神が自城にて呆然と呟いていた。
0
お気に入りに追加
58
あなたにおすすめの小説
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
つぎはぎのよる
伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。
同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる