天の斎庭 ~そらのゆにわ 天空神の溺愛に、勘違い神官は気づかない。え!?俺生贄じゃないの!?~

夏笆(なつは)

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25.親鳥の如く

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「佳音。少し待っていてくれ」 

 湯殿を出て脱衣室に戻るなり、シライは佳音に白い単衣を着せ掛けると、さっと自分の身体を拭い自身の着替えを始める。 

「え?いいよ。俺も自分で」 

「いいからそのまま待っていろ」 

 今日は蓮も蘭もいないのなら、と自分で身体を拭こうとして佳音を鋭い眼光で止めた。 

「う、うん。分かった。待ってる」 

 その目力の余りの強さに驚き固まった佳音は、薄い単衣が水分を吸って透けて行くのを心もとなく見つめる。 

「随分色っぽいことになっているな」 

 つん、と透けた胸の頂をつつき、悪戯めいた顔をするもそれ以上のことはせず、自身の着替えを終えたシライが、今度は丁寧に佳音の身体を拭って行く。 

 

 何か、シライに身体を拭いてもらうって変な感じ。 

 それにしても、悪戯につついたりするから。 

 なんか疼くし、物足りない。 

 もっと、つついて欲しかった・・・って! 

 俺は何を! 

 

 ひとり焦る佳音を余所に、シライはそれ以上のことをしてこようとはしない。 

 透けた単衣を脱がされ、真裸にされているというのに、シライの手にはいやらしさがまったく無く、まるで親が子を慈しむような手つきに、佳音はむず痒さを覚えた。 

 

 半身も全然反応してない。 

 ざわざわしてるから、今日は無理ってことなんだろうな。 

 寂しいけど、しょうがない・・・って! 

 だから! 

 

 俺は期待していたとでもいうのか、と内心で自分に突っ込みを入れていると、頭上からシライの大きな唸り声が聞こえた。 

「佳音。其方を抱けなくて残念なのはオレもだ。それはもう、其方が思う以上に。なれば、そのように思い悩み、煽るな。無念が天上知らずで積みあがって行く」 

 

 ん? 

 なんか今、天井じゃなくて、天上って聞こえた。 

 ああ、ここが既に天だからか! 

 

 納得して、ぽん、と手を鳴らす佳音を一度きゅ、と抱き締め、シライは佳音に袷や袴を着付けて行く。 

「きれいだな。全部空色。シライの色だ」 

 下着も袷も袴も、上から着る衣も帯までも。 

 すべて空色で揃えられた、とはいえ濃淡があるので単調ではないそれらに、佳音が目を輝かせた。 

「オレの色が嬉しいか?」 

「うん!」 

 邪気無く答える佳音に、うぐっ、と呻きつつもシライは自分の色を纏った佳音を嬉しく見つめる。 

「では、食事にしよう」 

 そう言うと、シライはするりと佳音を抱き上げた。 

「ちょっ・・なっ」 

 唐突に横抱きにされ、驚きの声をあげる佳音に構うことなくシライは危なげなく歩いて引き戸を開け、そのまま畳の方の卓へと歩いた。 

「ちょっと、シライってば!下ろして!」 

「ああ」 

 そして、暴れる佳音の申し出に応えるよう、その身をそっと下ろした。 

 胡坐をかいた、自分の上に。 

「違う!ここじゃない!」 

「今日の佳音の席はここだ。ほら、食事の用意もここにある」 

 シライに指摘され卓を見れば、向い合せではなくシライの言う通り二人分の食事が並べて用意されている。 

 それはもう、横に座るというよりは同じ場所に座るのでは、という近さで。 

「うぐぐ」 

 これを見れば分かる。 

 シライは最初から佳音を膝に乗せて食べるつもりで、蘭や蓮もそれに従ったのだと。 

「こんなの恥ずかしいよ」 

 両親のことをよく覚えていない佳音は、このような扱いをされたことがなく、ひたすらに恥ずかしい。 

「誰も気にしない。安心しろ」 

「何を安心、って」 

 

 まあ、確かに? 

 蘭も蓮も見ない振りして・・・くれてはいないか。 

 

 ふたりとも、壁際に控え顔をやや伏せているものの視線はしっかりシライと佳音に向けられていて、佳音はふたりともと視線が合ったことにがっくりと肩を落とした。 

 

 仕方ない。 

 シライも弱っているし、今日のところは観念するか。 

 

「ほら、口を開けろ」 

「え?いただきます・・・ぅうぅっ!?」 

 そんな風に結論付けた佳音は、口元に芋のような物を寄せられ、咄嗟に口を開けてから固まった。 

「おいしいか?」 

「おいしい、けど」 

「ああ、すまぬ。椀物から口を付けたかったか?」 

「え?その方が落ち着くけどそういう意味じゃな・・・うん、おいしい」 

 言いたいのはそういうことじゃない、と言葉にする前に椀を口に当てられ、佳音は器用に吸い物を飲み、満面の笑みを浮かべる。 

「なら、よかった。次は、肉がいいか?それとも、飯がいいか?」 

「ごはんかな、って・・・そうじゃなくて。あの。自分で食べるという選択肢は」 

「無い」 

「あー、そうですか」 

「ちゃんと食べやすいようにしてやるから、大丈夫だ。ほら、この肉料理は佳音も気に入ると思うぞ。ん?」 

 流石にこれは抗議を、と思った佳音だが、余りにも幸せそうな笑みを向けられ、それを曇らせたくないと思ってしまい、脱力する。 

 

 シライには、嬉しそうに笑っていて欲しいんだよな。 

 

 それが生贄らしくなかろうとも本心なのだから仕方ない、と佳音は肚を括った。 

「よしっ。なら、シライには俺が食べさせてやる」 

 そう言って箸を取った佳音をシライが驚愕の目で見つめ、やがてほんわりとした笑みを浮かべる。 

「食べさせ合う、か。いいな」 

 そうして互いに、あれがいい、これがいい、と食べさせ合うこと暫し。 

「佳音は、オレの桃の精で、雛だな」 

 満足そうに言ったシライに、佳音が目を見開いた。 

「えっ!?俺は、食べさせられているシライも格好いい、と思ってたのに!」 

 ぱくぱく食べたのがいけなかったのか、何だその認識の違いは、と佳音は混乱した頭でシライに言い募るも、微笑まれ髪を撫でられる始末。 

「佳音に格好いい、と言われるのはいいな」 

 けれど、シライに嬉しそうに言われれば満更でもなく。 

「だって、本当に格好いい。口の形とか、唇の厚さとかが絶妙なんだよ。鼻筋も通ってるし、もちろん目も形いいしきれいだし、咀嚼している所作もきれいだしさ。それなのに、なよなよしてない格好良さ。ほんと、羨ましいよ」 

 シライに雛と言われたことを不満に思ったのも忘れたように、佳音は、シライがいかに格好いいかを語り続けたのだった。 

 

 
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