天の斎庭 ~そらのゆにわ 天空神の溺愛に、勘違い神官は気づかない。え!?俺生贄じゃないの!?~

夏笆(なつは)

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23.不穏な来訪者

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「うう。質悪たちわるい」 

 あの後、何食わぬ顔で昼食を摂り、何事も無かったかのように佳音の頬に口づけ、己の頬への口づけを強請って執務に戻ったシライ。 

 そんな彼は心底性悪だと言いながら、佳音は座布団へ突っ伏す。 

「俺ばっか動揺して、シライは全然問題無さそうだった。経験の差か?そうか?そうなのか?なら、どうしようもないのか?」 

 あれほど佳音を煽っておいて、平然と執務に戻ったシライを恨めしいとさえ感じて佳音はため息を吐いた。 

「はあ。そりゃ、経験の差はあるよな。だって俺、何も知らなかったんだし」 

 自分の身体があれほどの熱を持つことも、快楽も、佳音に教えたのはシライだ。 

「つまり、シライに翻弄されても仕方ないのか?俺が勝つことは出来ないのか?」 

「いいえ、佳音様。佳音様こそ、天空神様を翻弄されていらっしゃるかと」 

 佳音の呟きを聞いていた蘭に言われ、佳音は座布団から顔をあげた。 

「俺が?シライを?」 

 こんなに翻弄されているのに有り得ない、と佳音は力なく首を振るも蘭は自信ありげに頷く。 

「はい。無自覚の勝利でございます」 

 そして、きっと今頃、と手を口に当て、蘭はほほと笑った。 

「無自覚の勝利?」 

 なんだそれは、と佳音が首を傾げれば蘭が益々確信の笑みを漏らす。 

「分からないからこその、無自覚でございます」 

「それ、俺は絶対に分からないってこと?」 

「佳音様は、そのままでよろしいのですよ」 

「む。莫迦にしているだろ。まあ莫迦なのは確かだけどね」 

 格好は付かないが事実は事実、と佳音が何故か胸を張れば蘭が驚いたように目を見開いた。 

「とんでもない。むしろ賢くいらっしゃいますし、とても愛らしいです」 

「それはない」 

 きっぱりと否定するも、蘭はにこにこで否定する。 

「ありますとも。作り物ではない、天然。それが佳音様の魅力でございます」 

「やっぱり莫迦にしているだろ」 

「いいえ」 

「でも、分からなくていいとか。納得いかない」 

 思わずむすっと言った佳音に、蘭が考えるように進言した。 

「それでは、そうですね。佳音様自ら意識されて天空神様好みにお衣装を整えられ、表情も仕草も故意におつくりになられたら、天空神様の動揺を楽しめるかもしれません」 

「え?それってなんか違わない?シライに喜んでほしい、っていうならいいけど。そういう、なんか操る?みたいなのは嫌だ」 

 寵を争う後宮の美女でもあるまいし、と不快を露わにした佳音を蘭は満足そうに見つめる。 

「やはり、天空神様はご慧眼でございました」 

「へ?」 

「真、よい方をお迎えになられました。わたくし共も、心込めてお仕えすることが出来るというものです」 

「蘭?」 

「要約すれば、天空神様の本日のお帰りは早い時刻となるでしょう、でございます」 

 きょとんとした佳音に蘭が加えた注釈。 

 それに佳音は苦笑した。 

「それ、絶対に違うよね?」 

「同じことでございます」 

 しれっと言い切った蘭は、鮮やかな手つきで佳音にいい香りの茶を淹れた。 

  

 うーん。 

 なんか、はぐらかされたような、そうではないような。 

 とりあえず、今日はシライが早く帰って来るってことだけ覚えとこうかな。 

 あ、お茶おいしい。 

 

 考え込む気難しい顔から一転、茶を楽しむゆったりとした表情になった佳音を見つめ、蘭は優しく微笑んだ。 

 

 

 

 

 そしてその頃。 

 シライの執務室では、シライがかつてないほどのやる気を漲らせて執務に当たっていた。 

「蓮。これは直接、お前が届けてくれ」 

 書き上げた書類を渡せば、蓮が可笑しみの籠った目でシライを見ているのに気が付く。 

「笑っていないでさっさと動け」 

「それは。早く執務を終わらせて佳音様を可愛がるため、ですか?」 

「っ。分かっているなら、協力しろ」 

 シライに対しても歯に衣着せぬ物言いをする有能な側近に早々に白旗をあげ、シライは意識を書類へと戻す。 

「主、よかったですね」 

 皮肉の無い笑顔で言った蓮を見送り、佳音の笑顔を思い浮かべたシライは、幸福な気持ちに満たされた。 

「佳音。オレの桃の精。早く戻るからな」 

 正直、あのまま畳の上で犯してしまいたかった、畳に広がる佳音の髪と桃色の衣が煽情的で、それに、袴の裾から見え隠れしていた足が、とそのまま妄想へと突撃しそうになったシライは、大きく息を吐いて首を振る。 

「今度。今度また、あの姿は堪能しよう。まずは、やるべきことをやらねば、佳音に軽蔑されてしまう」 

 それだけは避けねば、と再び執務に集中したシライは、過去最速なのではないかという速さで書類を仕上げて行く。 

「凄いですね。愛の力って」 

 感嘆しつつ的確な補佐をする蓮の助けもあって、相当に早く今日の執務を終えられる、何なら明日の予定分も、というその時。 

「主様。火の神様がお見えになりました」 

 ひとりの従僕が、顔色悪く邪魔者の来訪を告げた。 

 

 

 
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