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17.後朝の文
しおりを挟む「さて。どのくらいの範囲を歩けるのか、試してみるとしますか」
シライを送り出した後、日頃の習慣となっている神々への祈りを捧げ終えた佳音が、そう呟き立ち上がったところで杏が戻って来た。
「佳音様。天空神様より、お文でございます」
「えっ、はやっ」
朝食の後片付けをし『ご用があれば、鈴をお鳴らしください』と退出して行った杏を、鈴を鳴らしてもいないのに、と不思議に見た佳音に、杏が文箱の乗った盆を差し出す。
「天空神様のお心でございましょう」
「お心、って。ほんとに後朝の文みたいじゃないか」
生贄にすることじゃないよね、と佳音は盆に乗せられた文箱を見た。
「後朝の文で、間違いではないかと」
ええ、そうかなあ、と呟きつつ丁寧に結ばれた紐を解き蓋を開ければ、中には凝った仕様の文が鎮座している。
「うわあ、綺麗な紙。それに花まで」
「佳音様を彷彿とさせる花だ、と仰っていました」
余り表情は変わらないが、杏のその声を弾んだものに感じて佳音は不思議に思いつつ文を開く。
<佳音。素晴らしい夜をありがとう。佳音と出会え、迎えられたことが本当に嬉しい。不自由を強いてしまうが、佳音の願いはオレが叶えよう。なんでも言ってくれ。それでは、出来るだけ早く帰る>
「ちゃんと仕事しろよ?」
文に向かってそう言うと、佳音は杏へと視線を動かした。
「文箱って貰えるのかな、あ、その仕舞う用の。あと、花は飾っておきたい」
「用意してございます」
仕舞っておくための文箱が欲しいと言えば、杏が見た目にも美しい棚から文箱を取り出す。
「ありがとう」
思っていたより大きな文箱に驚くも、佳音はそっとシライからもらった文を仕舞う。
それにしても、棚も文箱もほんとに綺麗。
塗りや彫り、螺鈿など佳音はその美しさにうっとりしてしまう。
「佳音様。お返事をいただいて来るように申し使っております」
言いつつ杏が文机を用意し、紙や墨などを整えて行く。
「返事、かあ」
どうしようかと思いつつ紙を選び筆を取り、思案しながら佳音は文をしたためた。
<素敵な文をありがとうございます。紙も花も素晴らしくて、見惚れてしまいました。執務頑張ってください>
「何か、子どもの文みたい」
書きあげたそれを苦笑して読み返していると、少し場を外していた杏が戻って来た。
その手には、佳音の要望通りシライからの花を生けた小さな壺と花を乗せた盆を持っている。
「佳音様。添える花をお選びください」
「ありがとう。俺、シライには紫の花が合うと思うんだよね」
ぱっと見て、これしかない、と佳音は一枝の花を選び嬉々として文に付けた。
「それじゃ、お願いします」
「お預かりいたします」
完成した文を丁寧に文箱に収め紐を結ぶと、佳音はそれを杏へと託し、杏は再び退出して行った。
「さて紐の確認、って。あれ?俺結構動いたよな?引っ張られなかったってことは、この範囲なら平気ってことか?」
言いつつ紐を気にしながら歩いた佳音は、恐るべき事実に気が付いて顔が引き攣るのを感じた。
「紐の長さが変わってる」
佳音の知っている紐というものは、その長さを自在に変えることなどない。
多少、伸び縮みはするかもしれないが、その範疇など限られたもの。
それなのに、この足枷に付いている紐は緩むことも引き攣ることもなく、常に程よい長さに保たれている。
「恐るべし、天空神シライ」
呟き、佳音は更に湯殿へと行ってみたり、その反対側のどんつきにあたる硝子まで歩いてみたりと検証を重ねた。
「凄いな。だから湯殿へ行っても入ってもいい、って言ったのか。湯殿やご不浄への入口までは行けてもこの長さじゃ、って思ったけど、見た目通りの長さじゃなかったんだな」
改めて美しい紐を見つめ触ってみるも、佳音には物凄く綺麗な、けれど普通の組紐のようにしか見えない。
「足枷着ける、って聞いた時は漸く生贄らしい扱い、って思ったけど。これ、足首の部分もゆったりしてて凄く柔らかいし肌触りもいいし、紐はこれだもん。絶対に特別仕様だよな。天空神様の生贄の扱い、手厚い」
ほんとに凄い、と感嘆の声をあげる佳音の言葉を、佳音が知らぬ間に戻り控えていた杏が、不思議そうな顔で聞いていることに、佳音は気づいていなかった。
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