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10.薄荷と桃
しおりを挟む「シライ。俺、歯を磨きたい」
お茶を飲み終えた佳音がそう願うと、シライは寝台へと並んで腰かけさせた。
「え?顔洗ったりするのは向こう、って」
先ほど教えて貰った、湯殿やご不浄がある引き戸を指さすとシライがにやりと笑う。
「俺が洗浄してやる」
「え!?いいよ、さっきもお風呂で洗ってもらっちゃったし!」
最期の時に清潔でいたい、という願いを持つ佳音ではあるが、それをシライにさせるつもりは無い。
てか、どっちにしろ移動しなくちゃいけなくない?
水場は向こうだよな?
そわそわと佳音があちらを見たりシライを見たりしていると、シライがふっと笑う。
「落ち着け。ここでいい」
そう言ったシライが、ちゅ、と佳音の唇に軽く自分の唇を触れさせた。
「え?薄荷?」
途端、口のなかに薄荷の爽やかさが広がって、佳音は驚きに両手を口に当てる。
「どうだ?凄いか?」
「うん、凄い!何か、すっきりして香りも凄くいい!」
「薄荷、好きか?」
「大好き!」
楽しくなってしまい思い切りの笑顔で答える佳音に、シライも笑顔になった。
「他には?どんな香りが好きだ?例えば、果物では?」
「うーん。色々あるけど、桃の香りは特に好きだな」
「そうか。ならオレは桃にしよう」
「んっ」
そしてシライに口づけられた佳音が感じたのは、甘い桃の香り。
「どうだ?」
「凄い!ほんとに桃だ!」
佳音がはしゃいでいると不意に部屋がその明るさを落とし、一転、佳音は驚きに目を見開いた。
「え!?何かちょっと暗くなった!もしかして、今のもシライ?」
「ああ」
蘭達三人は退室してしまって、シライと佳音以外誰も居ない部屋で突然薄暗くなったことに驚き佳音が問えば、シライがくつくつと笑いながら頷いた。
「あ、その笑い。俺の事莫迦にしているでしょ」
「莫迦になどしていない。可愛いと思っているだけだ」
「またそれ」
「事実だからな。変えようもない」
表情がくるくる変わる佳音を見ていると飽きない、と言うシライが薄暗くなった部屋のなかに、すうっ、と緩やかに流れる一筋の光を奔らせた。
「わあ」
蛍が飛ぶような、流れ星のようなその光に佳音が吸い寄せられるように見つめ、目を輝かせる。
「すっごく綺麗だった」
「そうか。ならば今度はもっとたくさん飛ばしてやろう」
「約束だよ?」
「おう」
今度?
いやだから、今度は無いって。
それなのに、約束ってなんだよ。
自身に突っ込みながら、それでも佳音はシライの見せてくれる色々なものに興味を抱かずにはいられない。
「なんか、シライってほんとに凄い」
ぽつりと本音で言う佳音に、シライも嬉しそうに笑う。
「他にも色々出来るぞ」
「神様だもんね」
「存分に頼るがいい」
「何それ」
額を寄せ合ってくすくす笑い合えば心底楽しくて、佳音は極至近距離でシライを見つめる。
きれいな空色の瞳。
薄暗くなると、少し輝くんだな。
太陽のように輝くから薄暗くでも空色が分かる、と逸らすことなくじっと見つめる佳音を、シライもまた見つめ返す。
「オレの瞳が怖くないのか?光るなど、不気味とは思わぬのか?」
「思うわけないよ。すっごくきれいなのに」
「ああ。佳音」
不安そうに言ったシライに佳音が答えれば、シライは感極まったように佳音を抱き締めた。
「シライ」
「佳音」
そして一際甘い声で佳音の名を呼んだシライの、形のいい唇がそっと触れて来るのを受け入れて、佳音は瞼を落とす。
唇にそっと口づけ、ふるふると震える瞼に口づけ、頬、額に口づけ、再び唇に唇を落とす。
そんな触れるだけの甘い口づけを繰り返しながら、シライの大きな手が佳音の頭を撫でる。
シライの手も唇も、気持ちいい。
その心地良さに身を委ねていると不意にシライに持ち上げられ、佳音は寝台の上へと完全に上げられた。
そして、履いていたうち履きをシライが丁寧に脱がしてくれる。
「ほんとに佳音は可愛いな」
「成人男性に言う言葉じゃないからな」
くつくつと笑うシライを、きろりと睨む佳音にだって分かっている。
寝台の上にあげられた時、うっとりと口づけを受けていた佳音は既に思考が溶けかけていた。
結果、無意識にきちんと正座してしまった。
それはもう、神に謝罪の祈りを捧げる時の如くきっちりと。
事実だけど!
事実だけど、なんか悔しい!
「幾つだろうと可愛いものは可愛い。しかしまさか、今この時に正座をするとは」
尚もくつくつと楽しそうに笑うシライに、佳音はきっぱり言い切った。
「莫迦言え。座るときの基本は正座だ」
寝台の上に座る時の基本がそれかどうかは知ったこっちゃない、と顔を横向けたシライの動きを先読みしていたシライが、そこで不意に佳音の唇を塞いだ。
「っ!」
「可愛い」
揶揄いの無い目で言われ、佳音はぐぅと低く唸るような降参の声をあげながら赤面した。
「諦めろ。何をしても、オレにはお前が可愛く見える」
そう言ってまた佳音の唇を塞ぐシライの唇を受け入れれば、身の内から熱く甘く、くすぐったい何かが立ち上るようで佳音は落ち着かない。
「佳音・・・佳音」
幾度も佳音の名を呼びながら佳音の唇を堪能するシライの動きが、少しずつ大胆になって行く。
強く唇を吸われ、息苦しくなって薄く唇を開いた佳音は、その時を待っていたかのように侵入して来たシライの舌に一瞬身じろいだ。
「んっ」
熱く肉厚なそれは、佳音の口腔を縦横無尽に這い回り佳音の呼吸を奪う。
「鼻で息をするんだ」
耳を手で探られながら言われ、佳音は懸命にその言葉を遂行する。
「佳音」
なにこれ。
凄く気持ちいい。
後頭部を強く抑えられた状態で口づけられ、シライの舌に舌を絡め取られたかと思えば強く吸い込まれ、かと思えば口腔を蹂躙されて、佳音はただただシライの動きに翻弄される。
「ん・・・や」
その時、シライの舌が佳音の口腔から抜けるような動きを見せ、それを厭うた佳音は自ら身を寄せてシライの舌を絡め取った。
正座していた姿勢はいつのまにか崩れ、今の佳音はぺたりと座り込んだ状態で両手をシライの膝に突き、上気した顔を精一杯上向けた煽情的な姿となっているのだが、それを知るのはシライただひとり。
「んっ・・ん・・・」
口づけの心地よさに良い、夢中でシライに応える佳音の耳に、しゅるり、と帯の解ける音が響いた。
そして、肩からするりと抜け落ちて行く、刺繍も豪奢な衣。
「佳音・・いいか?」
袷の衣と袴の姿になった佳音は、シライに熱く囁くように問われて迷うことなく頷いた。
いいに決まってる。
生贄になるために、俺は来たんだから。
それなのにとても楽しく幸せな時を過ごした、と佳音はシライの衣をきゅっと握る。
離れがたい。
せめて最期まで、シライのこと感じていたい。
そんな佳音の願いを叶えるよう、シライは佳音の手を強く握り返した。
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