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8.齟齬

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「え?あの」 

 食後のお茶はこちらで、とシライに手を引かれ床側の卓に移動した佳音は、これまた透かし彫りの背もたれが見事な椅子に自分などが座っていいのかと迷い、使用人と思しきひとに椅子を引かれて着座を促され、そんな身分ではないと慄いた。 

「どうした?その椅子が気に入らぬのか?ならば、別のものを持って来させるか?」 

 それなのにシライにそんな風に言われ、佳音は違うと首をぶんぶん振りながら顔をあげる。 

「違う!俺みたいなのが、こんな立派な椅子に座るなんて烏滸がましいし、椅子を引いてもらうような身分じゃないから気が引けてんの!」 

「慣れろ」 

 思わず叫ぶように言ってしまった佳音にあっさりと言うと、シライはにやりと笑った。 

「にしても、そうしてオレに叫ぶ佳音も可愛いな。仔犬の如きだ」 

「きゃんきゃん吠えて悪かったな!」 

 ふんっ、と思い切り横を向いたところで椅子を引いたままの状態で待機している使用人と思しきひとに気づき、佳音が恐る恐る椅子に座れば、その様子が可愛いとまたシライが宣う。 

「もう。ひとを何だと・・・あ、このお茶おいしい。香りもいいし」 

 仔犬と言われたことも忘れ、佳音は勢いで口にしたそのお茶のおいしさに頬を緩めた。 

 自らきゃんきゃんと口にするなど正に仔犬の如き可愛さ、それに恐る恐る椅子に座る様もい、とシライが口にする以上に内面で自分のことで悶えているとも知らず、佳音は怒っていたことも忘れ、またも呑気に茶を楽しんでシライに悶える要素を与えてしまったのだが、当然そのことにも気づかない。 

「主」 

「分かっている」 

「あ」 

 卓の向こうでシライの傍に控えていたひとにシライが呼ばれるの聞き、佳音は無造作に持ち上げてしまった茶器をそうっと卓に戻した。 

 

 危ない危ない。 

 お高い茶器を怒りに任せて持つなんて、破壊行動するところだった。 

 

 無事だったよな、と確認をし、ほっとした佳音にシライが言い辛そうに口を開く。 

「そう緊張することはない。少々話があるだけだ。まあ、佳音には不便を強いてしまうのだが」 

 眉を寄せ、不服そうに言うシライに佳音も意識を改める。 

  

 いよいよ、生贄のなり方の話かな。 

 生贄のなり方、っていうのも変だけど、なんか手順があるみたいだし。 

 

「だいじょぶ。ちゃんと聞くから」 

 覚悟は出来ているつもりなのにやはり緊張してしまうのか、妙な言葉遣いになってしまった佳音にシライも笑みを零すのを見て、佳音は落ち着きを取り戻した。 

「まず、ここは天空城てんくうじょうと言う」 

「天空城・・・あ、天空神様のお城だから!」 

 ぽん、と手を打つ佳音にシライが何とも言えない表情になる。 

「その通りだ。捻りも何もなくてつまらないがな」 

「わかり易くていいじゃないか」 

 あっけらかんと佳音が言えば、苦虫を噛み潰したような顔になりながらもシライが頷いた。 

「佳音が言うならそういうことにしておくか。それでまあ、そこそこの広さがあるのだが、佳音はこの部屋から出ることが出来ない。それゆえ、城を自由に歩くこともなくここで生活してもらうことになる。すまない」 

 心底申し訳なさそうに、というよりもシライこそが不服であるかのように言われるも、佳音にはぴんと来ない。 

  

 この部屋だけ、って当然だと思うけど。 

 俺、生贄なんだし。 

 でもこの言い方。 

 暫くはここに居るってこと? 

 

 すぐに生贄になるわけじゃないのか、と佳音が疑問に思っていると、シライが焦ったように付け加える。 

「この部屋、というのは先ほどの湯殿などがある場所も含めて、だ。生活は、佳音がなるだけ快適になるよう考えた。何か足りないものがあれば遠慮なく言え」 

「うん。ありがとう」 

  

 生贄なのに、快適? 

 シライって変わってるよな。 

 

「本当だぞ?佳音は未だ人間なのだから、オレらには想像もつかないこともあるだろうからな。小さい事、などと思わずどんなことでもだ。いいな?」 

「わかった」 

 考え込んでいた佳音は、シライの言葉を半ば聞いていなかったにも関わらず、そう笑顔で返事をした。 

「佳音に、見せたいものがある」 

 しかし、きちんと言うべき事を伝えられたと安堵したシライは、嬉しそうにそう言って満面の笑みを佳音へと向けた。 

 

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