天の斎庭 ~そらのゆにわ 天空神の溺愛に、勘違い神官は気づかない。え!?俺生贄じゃないの!?~

夏笆(なつは)

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5.儀式

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「きれいな音だな」 

 寝台脇の台に置かれた、飾り物と見紛う程に美しい鈴をシライが鳴らせば何とも心地いい音がして、佳音はうっとりと聞き入った。 

「そうか?まあ、悪くはないが、佳音の声の方がずっとオレの耳には心地いい」 

「わあ!」 

 ちゅ、と耳に唇づけされ、佳音が何とも色気の無い声をあげたところで静かに引き戸が開き、何かを捧げ持った使用人と思しき三人が入って来た。 

「シライ。あれは?」 

 そのまま静かに床側の大きな卓に何かを整えて行くのを見つめ佳音が問えば、シライが嬉しそうに佳音を後ろから抱き込む。 

「これから、儀式の用意をする」 

「儀式」 

 その言葉に佳音は、ひゅ、と息を飲んだ。 

 

 そっか。 

 手順がどうとか、って言ってたもんな。 

 儀式をしないと、生贄として食せないとかなんだろうな。 

 

 そうか、これから自分を生贄とするための儀式が始まるのか、と佳音はじっと整えられていく様子を見つめる。 

 

 でも、凄くきれいだ。 

 

 卓の上に整えられていくのは、美しい色々な形の器。 

 なかには瑠璃と思しき珍しいものもあって、佳音は胸が高鳴るのを覚えた。 

 

 最期に、美しいものを見られてよかったな。 

 

 佳音がそんな風に思っていると、準備が整ったのか三人が頭を下げたまま壁際へと寄る。 

「さあ、では始めよう」 

 そして弾む声でそう言ったシライに促され、佳音は卓の傍へと歩みを進めた。 

「衣装も用意しようと思ったのだが、神官服姿の佳音と儀式をしたくてな。甲斐性無しと言ってくれるなよ?」 

 その間にもシライは冗談のように言うけれど、生贄用の白い衣を着て最期を迎えるよりも、誇りをもって身に着けて来た神官服で逝ける方がずっといい、と佳音は淡く微笑む。 

「そんなこと言わない。俺も、神官服の方がいい」 

「そうか。その衣は佳音にとてもよく似合うし、それに、神たるオレへの想いも込められているからな」 

「シライだけじゃないけど?」 

「可愛くないことを言う。そんな口は塞いでしまうぞ?」 

 もうすぐ生贄になるというのに、自分を生贄と欲する神と軽口を叩くなど滑稽だと思いつつ、佳音は楽しい気持ちで儀式の場へと立った。 

「で?どうすればいいんだ?」 

「ああ。佳音はここへ立ってくれ。そう、オレの前に」 

 手を引かれシライの前に立つと、佳音はいよいよかと緊張に身を固くする。 

「大丈夫だ。難しいことは何も無い。少し、苦しい思いをさせてしまうかもしれないが、長い事ではない」 

「わかった」 

 

 痛くは無いけど苦しいってことは、やっぱり肉を食われるというより魂を吸われる方なのかな。 

 だよな。 

 ここで肉を食すとなったら大惨事になりそうだもんな。 

 卓だから食事をするにはいいんだろうけど、俺まだ生きた状態だし。 

 

 思う佳音の前で、シライが卓に置かれた器のうち、殊更に美しい瑠璃のそれを手に取り口を付けた。 

 それから優しい手つきで佳音の両手を胸の高さにあげさせると、シライはその手に自分の手を重ね合わせ、指と指を絡めて握り込む。 

 

 いよいよだ。 

 

「佳音」 

 どうか余り苦しくありませんように、と祈る佳音の耳に届く甘やかなシライの声。 

 近づくシライの顔に、ぎゅ、と目を閉じれば左の頬にやわらかなぬくもりを感じた。 

 

 え? 

 

 何事かと薄く目を開けた佳音に見えたのは、極至近距離にあるシライの顔。 

 頬に頬を寄せられたのだと分かった時には、右側の頬にシライの頬が寄せられ、次いで額を合わせられた。 

「可愛い顔をする」 

 

 え? 

 なに? 

 

 今の行為にどんな意味が、と思わずぽかんとしてしまった佳音に嬉しそうに言ったシライが、ゆっくりと佳音の唇に唇を重ねる。 

 

 ああ・・・。 

 

 先ほども感じた甘やかさに佳音が身を委ねていると、その口腔にシライが何かを含ませた。 

 

 なんだ、これ。 

  

 僅かに熱を感じるそれは柔らかな固形のようだけれど、それほど存在を強く感じない不思議な触感で、佳音が不思議に思っているうち、シライによってこくりと呑み込まされてしまう。 

「う・・ぐっ」 

 口に含まされた時には不思議な触感だとしか思わなかったそれが、佳音の胎内に入り込んだ途端その存在を主張するかのように蠢き始めた。 

 腹の中を異物に蹂躙される衝撃と、息も止まるかと思える苦しさに呻き声をあげ、膝を折りかけた佳音をシライが優しく抱き締める。 

「佳音。すまない。少し辛抱してくれ」 

「んんっ・・シライ・・シライ」 

「ああ。ここに居る。佳音。本当にすまない」 

 ゆっくりと佳音の背を撫でるシライの温かな手と、縋る胸の強さに安堵を覚え、佳音は苦しみから逃れるよう、シライの衣をぎゅっと握った。 

 

 

 
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