悪役令嬢の腰巾着で婚約者に捨てられ断罪される役柄だと聞いたのですが、覚悟していた状況と随分違います。

夏笆(なつは)

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133.続 パトリックさまの浮気疑惑

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「で?何が聞きたいんだい?」 

 庭の隅に置かれた簡素な木のベンチとテーブル。 

 そこに着くなり切り出されて、私は一応、と挨拶をする。 

「本日は突然訪問したにも関わらず、ご対応くださって感謝します。わたくしは、ローズマリー・ポーレットと申します」 

「こりゃご丁寧にどうも。私は、マロウ。ここに世話んなって、もう三年になる」 

 マロウさんの言葉に、アイビィさんが身を乗り出した。 

「わたくしは、アイビィ・ダービーと申します。失礼ながら、こちらにお世話に、とはどういう意味か伺ってもよろしいでしょうか?」 

「なんだい。知ってて来たんじゃないのかい?」 

「勉強不足ですみません。実は先だってベラ・ムーアさんという方に街で声を掛けられまして。それで、少々確認したいことが」 

「あの女か」 

 言いかけた言葉を憎々し気な声に遮られ、私は思わず息を飲んだ。 

「正にあの女と呼ぶに相応しい人でしたが。こちらにお住まいなのですよね?」 

 完全に同調する、と声を弾ませたアイリスさんの問いに、マロウさんが頷いた。 

「ああ。未だずうずうしくも住んでいるよ」 

 その言葉に、既にしてアイリスさんと同じように生き生きとしていたアイビィさんの瞳が、益々輝きを増していく。 

 それはもう、きらきらと、そして、舌もより滑らかに。 

「ずうずうしくも、ということは、彼女がウェスト公子息のご寵愛を受けている、というような事実は無い、ということで間違いないでしょうか?」 

「はあ!?あんた、何を言ってるんだい。公子様には、大事にしているご婚約者様がいらっしゃるんだよ?そんな訳ないだろうが」 

 ふん、と鼻を鳴らして言うマロウさんの言葉に、私の頬が熱くなる。 

「マロウさんは、その婚約者の方にお会いしたことが?」 

 そして、そんな私を見て楽しそうにアイビィさんが言う。 

「そんな偉い貴族のお嬢様に、あたしなんぞが会えるわけないだろ。ただ、ここの仕切りをしてくれてる公爵様の家の使用人さん達が話ししてくれるのを聞いて知っているだけさ」 

「仕切りを?」 

「ああ。ここは、あたしたちみたいに、母親と子どもだけの家庭を公爵様が支援してくださっている家だからね」 

「では、ベラ・ムーアさんも?」 

 公爵家が母子家庭を支援している家。 

 知らなかったその事実に私が衝撃を受けていると、アイビィさんが更に突っ込んだ質問をしてくれる。 

「あの女は、男爵家の出身だとかで偉そうでね。と言っても道楽が過ぎて旦那に離縁されて、子どもを連れてここに来たのさ。子どもは旦那の男爵が引き取る筈だったのを、この子がいれば金を払わざるを得ない、とか汚いこと言って。子どもは金づるじゃない、ってのに」 

 忌々し気に言うマロウさんの言葉に、私まで胸が痛くなった。 

「それで、あの。そのお子さんは?街でお会いした時、ベラ・ムーアさんはおひとりでしたが」 

 関係無いことを聞いても失礼だとは思いつつ、気になった私が聞けばマロウさんは優しい目になった。 

「優しいね。安心しな。子どもは無事、旦那男爵が引き取って行ったよ。迎えに来た時、子どもも旦那男爵も嬉しそうでね。あたしたちも安心したもんさ」 

 そう言って、マロウさんは私の肩をぽんぽんと叩く。 

「ええと、すみません。整理させてください。こちらは、ウェスト公爵家が支援をしている母子家庭の方のお住まいで、その条件に該当しなくなったにも関わらず、ムーアさんは未だこちらに住んでいる、ということでしょうか?」 

 確認するように言うアイビィさんに、マロウさんが頷いた。 

「ああ、その通りなんだよ。お嬢様方、もしウェスト公爵様とお知り合いなら、言ってくれないかい?偽りの申請をしている女がいる、ってさ。あたしたちも、次に使用人さんが来たら言おうと思ってはいるんだけどね」 

 マロウさんの言葉に、リリーさま、アイビィさん、アイリスさんが目配せし合い、揃って意味深な瞳を私に向ける。 

 

 そ、そんなことをしたら、マロウさんが不審に思われるのでは!? 

 

 焦る私を余所に、三人の揶揄うような笑みは、益々深くなるばかり。 

「そういうことでしたか。それでしたら、こちらのローズマリー様は、ウェスト公爵家の皆様と特に親しくしていらっしゃいますので」 

 そう言って楽しそうに言ったアイビィさんの言葉に、案の定マロウさんが不思議そうな目を私へと向けて来た。 

 別に悪いことをしている訳でもないのに、気恥ずかしくて堪らない。 

 けれど、じっと私を見つめるマロウさんに、いつまでも黙っているわけにもいかず、私は息を整え言葉を紡いだ。 

「必ず、お伝えしますわ」 

「ご安心くださいな。ローズマリー様は、ウェスト公子様のご婚約者で溺愛されていますから!」 

 ようやっと簡潔に言った私に補足するようアイリスさんが身を乗り出して言うのに、私が反応するより早く。 

「ああ、なるほど!そういうことかい。へえ、あんたが噂のねえ」 

 マロウさんは、腑に落ちた、という感じでふむふむと大きく頷いた。 

 

 う、噂の、ってどんなでしょう!? 

 

 怖いけれど聞きたい、けれど聞けない私は、代わりのように気になっていたことを口にする。 

「あ、あの。それとは別に、少し気になったことがあるのですが」 

「ん?なんだい。照れて可愛いね」 

 揶揄うように言われ、頬に熱が集まるも、私は何とか目的の言葉を口にした。 

「今お庭にいるお子さんたちのお母さまも、全員お庭にいらっしゃいますか?」 

 子ども達の人数に対して、婦人の人数が少ない気がして私が問えば、マロウさんが首を横に振った。 

「いいや。仕事にありつけた者は働きに行っているよ。とはいっても短時間だけどね。そういうとき、子ども達は順番に面倒をみているのさ」 

 一日預かってくれる場所があればもっと働けて、自立も出来るんだけどね、と言ったマロウさんは何処か寂しそうで。 

 けれど、そういう場所が無いからこそ、ウェスト公爵家がこうして支援をしているのだと知れた。 

 そして、それは決して恥じることではない、とも思うけれど、本人にしてみれば複雑なのだろうとも思う。 

 

 自立のための支援。 

 そのためにもまず必要なのは。 

 

「安心してお子さんたちを預けられる場所」 

 私の呟きにリリーさまが優しい瞳をされ、アイビィさんが、何かお忘れでは?と少し厳しい目を向けて来る。 

 

 忘れていること? 

 

 何かあったか、と、首を傾げかけ、私はここへ来た目的を思い出す。 

「ウェスト様の浮気疑惑、ですよ。ローズマリー様。まあ、もう疑いは晴れたも同然ですけれど」 

 くすくすと楽し気に笑うアイリスさんに言われ、私がはっとすれば、マロウさんまでもが楽しそうに笑った。 

「忘れているくらい、旦那を信用しているんだねえ」 

「ま、まだ旦那様では・・・!」 

 私は必死にそう言うも、誰も私の言葉など聞いてはいない。 

「ええ、そうなんですよ。本当に仲がよくて」 

「ウェスト様は、いつだってローズマリー様を護る騎士のようなのです」 

「学園でも有名で」 

 

 皆さん! 

 私の話も聞いてください! 

 

 私は少々理不尽に思いながら、当の私を余所に私とパトリックさまのお話で盛り上がる四人の楽し気な笑い声を聞く羽目になった。 

 

 ええ、本当に。 

 一体どうして? 

 

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