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131.続 妖艶な彼女に、白いハンカチを投げつけられました。

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「皆様のお蔭で、いいお買い物が出来ました。ありがとうございます。よろしければ、お茶をして行きませんか?」 

 大切そうに刺繍糸の入った袋を抱えたリリーさまが満足の表情でおっしゃるのに、否やのある筈も無い私達三人は即座に了承し、アイビィさんお薦めだというカフェを目指して歩き出す。 

「それにしても、素敵なお店でしたね。品揃えも豊富で、お色もたくさんあって」 

 リリーさまに倣って私もパトリックさまにハンカチでも贈ろうかしら、と思って何気なく見た刺繍糸は本当に種類が豊富で、私も夢中になって選んでしまった。 

「そのお色、本当にウェスト様の髪色を彷彿とさせますものね」 

「ええ。こういうお色はなかなか無くて」 

 ほう、とため息を吐けば、アイリスさんも大きく頷く。 

「分かります。わたくしもジョージに刺繍した物を贈る時いつも、黒でももっと種類があればいいのに、と思っていたので、今日は本当に嬉しいです」 

 パトリックさまの髪色は柘榴を深くしたような紅で、アイリスさんの婚約者であるヘレフォードさまの髪色は黒。 

 紅と黒の刺繍糸は一般的だけれど、それだけに単調な色が多いので、紅や黒だけでも多くの種類があったこのお店は本当に凄いと思う。 

 とはいえ、私が刺繍糸を買うのはいつも邸に来る商人からばかりだったので、店舗で買ったのすら初めてなのだけれど。 

「アイビィさんは、何方にお贈りなさるのかしら」 

 思っていると、リリーさまがアイビィさんにお話を振られた。 

「わたくしは、先生に」 

 そういえば、アイビィさんにご婚約者がいらっしゃるかも知らないな、と思いつつアイビィさんを見た私は、彼女の発言に固まってしまう。 

「え?ええと、先生というと」 

「担任の、チェスター・エース先生ですわ。まあ、わたくしの片想いですけれど」 

 驚く私達にあっさりと言ったアイビィさんは、内緒ですよ、と茶目っ気たっぷりな様子で指を唇に当てて見せた。 

「ええ、それはもちろん。ご協力できることがあれば、おっしゃってください」 

 担任の先生とは驚きだけれど、別に不倫となるわけでもないし、と私が言えばリリーさまとアイリスさんも驚いた様子ながら、こくこくと頷いている。 

「で、ですが。あの。伯爵家のお嬢様が、大丈夫なのですか?」 

「まあ、ローズマリー様ではありませんか!」 

 目を丸くしたままアイリスさんがアイビィさんに問いかけた時、大きな声がして、ひとりの女性が私の目の前に立った。 

 

 なんでしょう、この登場の仕方。 

 思わず登場と言ってしまうくらい役を割り振られた劇のようで、初めて激烈桃色さんにお会いした時のことを思い出してしまいました。 

 今回は、可愛いというより随分と妖艶な方ですが、激烈桃色さんと同類な感じがします。 

 この方も、物語の登場人物なのでしょうか。 

 

 妖艶なそのひとの勝ち誇ったような瞳を見つつ、私は貴族の体面を装備する。 

「いきなり名前呼びなさるなんて、失礼でしょう」 

 お知り合いですか、とアイビィさんが瞳で問うて来たので首を横に振れば、お任せを、と言わぬばかりに頷き返した、と思ったら一歩前に出て妖艶な彼女と対峙していた。 

「あら失礼。わたくしは、ベラ・ムーアと申しますの。元男爵夫人で、今はウェスト公子息パトリック様のお世話になっていますのよ。わたくしは経験も豊富ですから、公子様にもご満足いただけているご様子で。今は、ご婚約者がいらっしゃいますけれど、そのうち、ねえ?」 

 そう勝ち誇ったように一語一語力強く言うと、妖艶な彼女は私へと何かを投げつけた。 

「っ」 

「ふふ。小娘如きが、わたくしに適うなど思わないことね」 

 咄嗟に受け取ってしまった私に蔑むような笑みを残し、スカートの裾を翻して去って行く後ろ姿を呆然と見送った私は、咄嗟に受け取ってしまったそれが真っ白なハンカチであることに首を傾げる。 

「なんでしょう、これ」 

「ローズマリー様。それ、宣戦布告ですわ。ウェスト様の寵を争う、という。それにあの言葉。ほんとに何て失礼な」 

 そう、ぷりぷりしながら教えてくれたアイリスさんの説明によれば、女性が白いハンカチを投げつけるというのは、今巷で流行っている小説に出て来る人気の場面で、それをなぞらえて、下位貴族や平民の皆さんの間で恋敵に白いハンカチを投げつけるのが流行っているのだとか。 

「寵を争う・・・宣戦布告。わたくしでは、あの方に適わない?」 

 

 まあ、確かに妖艶さなど私は無縁。 

 

 そういう意味ではと、ハンカチを見つめたまま納得する。 

 

 あら? 

 それに、そういえば以前そのようなことを言っていらしたわ。 

 だとすると、本当に? 

 
 

 前に一緒に街へ行った時、魚屋さんの前でパトリックさまが言った言葉を思い出していると、私の肩や腕を三人が優しく掴む。 

「ローズマリー。パトリック様が貴女を裏切るなんてこと、あるわけないわ。気をしっかり持って」 

「そうですわ、ローズマリー様。あんなの言いがかりです」 

「訴えてしまいましょうか」 

 三人とも本気で怒っていらして、私は嬉しく息を吐いた。 

「ありがとうございます。ですが、そういえば以前、お世話をしている方がいるようなお話をされていたのを思い出してしまいまして。不自由をさせているつもりはない、と」 

 リリーさまやアーサーさまと街歩きをした際の、パトリックさまの言葉を思い出したのだと言ったら、リリーさま、アイビィさん、アイリスさんの表情が一瞬で厳しいものになった。 

 それはもう一瞬で、見事なまでの攻撃態勢となった皆さんを、私は驚いて見渡してしまう。 

「世話をしている、とはどういうことかしら?でも、パトリック様が心底ローズマリーを大切にしているのは、間違いようもない事実だわ」 

「はい。むしろ溺愛なされているかと」 

「ですが、謎の女が出て来たのは確かですし、ローズマリー様がお聞きになったというお話も気になります」 

「そうよね。でも、どうしたらいいのかしら?」 

「確認できればいいのですが。この場合、ウェスト様に直接聞くのが一番なのではありませんか?」 

「アイビィ様。わたくしもそう思います。ですが、その前に別の方法で事実を確認しておくのも策ではないでしょうか」 

「裏を取る、ということね。でもアイリスさん、どうやって?」 

「ローズマリー様が可愛がっていらっしゃる、わんちゃん達にお願いするのです!」 

「なるほど。ちょうどよいことに、相手のハンカチもありますものね」 

 私抜きで相談を始めてしまった三人は、何故かテオとクリアで解決、となったらしく、瞳をきらりと輝かせて私を見た。 

「ローズマリー。そういうことでいいわね?決行は、明日よ」 

「あ、あの。ありがとうございます。わたくしもパトリックさまを信じてはおりますが、何も無いのにあのような物言いをされるものなのか、とも思いますので、確認はしたいと思います。ですが、それはわたくしひとりで」 

「駄目!それ、ぜええったいに駄目です!あ、いいえ、強く言ってしまい申し訳ありません。ですが、ローズマリー様はお優し過ぎますから」 

 アイリスさんの言葉に、アイビィさんとリリーさまも大きく頷く。 

「そうですわ、ローズマリー様。あんな百戦錬磨相手に敵いっこありません。上手く言いくるめられて、騙されて終わり、です」 

「そうよ、ローズマリー。世の中には、自分こそが相手に相応しいと思い込んでいる令嬢も少なくないのよ・・・あの方は、ご令嬢ではないようだったけれど」 

「大丈夫です。わたくし達が戦力になりますから!」 

 拳を握り、言葉を遮ったアイリスさんが私の手を握ると、リリーさまとアイビィさんもしっかりと私の手を握って来た。 

「闘わずして負けるなんて、駄目よローズマリー」 

 リンジー伯爵令嬢はじめ、多くの令嬢がアーサー殿下を狙っている関係で、苦労されることも多いリリーさまの言葉は重い。 

 それに、百戦錬磨と言われれば、どう考えても私の経験値で敵う相手では無い。 

 それはもう、先ほど少し話ししただけでも充分に理解出来た。 

 それでも皆さんを巻き込むのは、と思っていると、三人に、ぐい、と更に間合いを詰められてしまう。 

「いいわね?ローズマリー。決戦は明日、よ」 

 

 え!? 

 い、いつ決戦に!? 

 さきほどは、決行、と・・・・。 

 

 思う言葉は音に出来ず、私は代表するようにおっしゃったリリーさまの迫力と、アイビィさん、アイリスさんが発する圧に圧倒されて、こくこくと頷くことしか出来なかった。 

 


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