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129.噴水事件 4
しおりを挟む「な、なに、これ」
「魔道具仕込みの噴水」
呆然とした激烈桃色さんに、パトリックさまが、にやり、というに相応しい笑みを向ける。
「見ている分にはただの水だが、触れればこうして光のような粒子に変化し、より強い衝撃、今のように落とされたような状況の際には、保護剤化して身体を優しく包み込んでくれるため、怪我をしない・・・まったく、凄い魔道具を創ったものだ・・・ああ、ローズマリーありがとう」
噴水から出て来ながら説明を加えるウィリアムに、せめて、と手を貸せば優しい笑みを浮かべてウィリアムが手を取ってくれた。
その、記憶にある手との余りの差に、私は思わずウィリアムの手をまじまじと見てしまう。
「まあ、ウィリアム。とても手が大きくなったのね。でもそうよね。背だって凄く高くなったんですもの」
「ローズマリーは、何だか小さくなった気がするよ」
「と、いう訳だから、この噴水に落とされたとしても絶対に濡れない。そしてそもそも、ローズマリーもリリー嬢も、マークルを噴水に落としたりしていない」
私とウィリアムが話ししていると、パトリックさまが割り込んできて、話を元に戻した。
その動きに、私は自分が本線から脱線していたことを知り、慌てて姿勢を正す。
え?
ウィリアム。
どうして、苦笑しているのです?
「パトリック・・・あのね・・お、落とされたのは本当なの。ただ、それじゃあ濡れなかったから、証拠、って言われたら、って思って・・それで」
「落とされたのは本当?だというなら証人は?目撃者がさぞかし大勢いるだろう。何と言っても、整理券制になったくらいの人気の場所なのだから」
パトリックさまの言葉に、激烈桃色さん以外の皆さんが大きく頷いた。
昨日の除幕式で行われたデモンストレーション。
そこで、先ほどウィリアムが体現してみせたような事象を目の当たりにした学園生は、こぞって噴水へ行こうとし。
それこそ、怪我人も出そうな様相に、先生方は昨日の分と今日の分の整理券を作った。
なので今日は朝早くから、この噴水には多くの学園生がいた筈で。
「ああ。それであんなにいっぱい、ひとがいたのね。ほんと、計画の邪魔だと思ったら」
「なんだ。多数の学園生がいたことは確認しているのか。それで?計画とは?」
忌々し気に言った激烈桃色さんに、パトリックさまが詰め寄った。
「マークル。本当のことを言え。どうしてこんなことをしたんだ」
先生にも詰問され、激烈桃色さんは不機嫌に唇を尖らせる。
「どうして、って。このイベントもすっごく大事なのに、リリーもローズマリーも何もしてこないから、仕方なく自分で噴水に飛び込もうと思ったのよ。それなのにひとがたくさんいて、飛び込む場所もなかったの。で、しょうがないから、バケツを使った、ってわけ」
「イベント?」
激烈桃色さんの説明に、先生が首を傾げた。
確かに物語を知らなければ、激烈桃色さんの言葉は意味不明だろうと私も遠い目になってしまう。
物語を伝え聞いた私でさえ、理解できない言葉がままあるのだから。
「そうよ、イベント。このイベントで、ウィリアムは完全にローズマリーを敵認識して、あたしを護ってくれるようになるの。それで、アーサーやパトリックと一緒に、恋敵だけど一緒にあたしを護る、って誓ってくれるの。それが、騎士みたいですっごく素敵で」
うっとりと言う激烈桃色さんをウィリアムもアーサーさまも苦々しく見ているし、パトリックさまの瞳なんて、絶対零度を通り越した氷点下を絶賛発動している。
そして周りの皆さんは意味不明からの諦観状態になったのか、表情が抜け落ちてしまった。
そのなかで、激烈桃色さんひとりが嬉しそうに頬を染めている。
「つまりマークルは、その三人の気を引きたかったわけか。なるほど、それでサウスとポーレットに嫉妬して貶めようとした、と」
「違うわよ!嫉妬してんのはリリーとローズマリーの方!理由は、三人があたしに夢中だから!もう、間違えないでよ」
何となく動機は分かった、という先生の言葉を激烈桃色さんが猛烈に訂正する。
「お前、あた・・・大丈夫か?」
先生!
今、頭大丈夫か、って言おうとしましたね!
思わず零れそうになったのだろう本音を何とか隠した先生が、本気で心配そうに激烈桃色さんを見た。
「大丈夫じゃないのは、あんた達の方でしょ。三人ともあたしが大好きなのに、誰も分かってくれないんだから」
「そりゃお前、当事者三人だって分かっていない、というか、思ってもないと思うぞ?」
今現在の、三人の激烈桃色さんへの態度を見、先生が諭すように言う。
「なに言ってんの。三人ともほんとはあたしが大好きで、あたしだけを護りたい、って思ってんのよ」
「じゃあ、今のこのお前への対応はなんだ?」
「三人とも照れがひどいの。それか、リリーとローズマリーが居るから」
「居ない時は、お前に優しいのか?」
「だと思う。ローズマリーとリリーがいないときに会ったことないけど」
私がいないとき?
それは知りようがないかしら、と思っていると、パトリックさまに、がっしりと肩を掴まれ顔を覗き込まれた。
ひいいいいぃっ!
こ、怖い、怖いですパトリックさま!
「ローズマリー?あの馬鹿の言うこと、信じたりしない、よね?」
物凄い圧で言われ、こくこくと頷いていると、そこにウィリアムも参戦して来た。
何故か私の肩に肘をついて、パトリックさまと同じように、私に視線を完全固定している。
こちらも、それはもう笑わない瞳の怖い顔で。
「でも少し動揺しただろう?傷つく」
そして言われた言葉に私は、動揺なんてしていない、と、今度はぶんぶん首を横にふった。
振りながらパトリックさまを見、ウィリアムを見る。
けれどふたりとも、表情が全然緩和しなくて、私はもう、頷いていいのか否定していいのかも分からなくなる。
「そ、そそそんなつ、つつつもりは、な、なくて、ですね」
両側から、それはもう凄い迫力で迫られて、私はたじたじになってしまった。
「マークル、見えるか?あれが現実だ」
先生が何かを言っているし、周りの皆さんも大きく頷いているけれど、私はそれどころではない。
誰か助けて!
リリーさま!!
誰より頼りになる婚約者と昔馴染みに挟まれて、私は冷や汗を流し続けた。
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