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126.噴水事件
しおりを挟む「アーサーぁ、パトリックぅ」
新学期を迎えた教室で皆さんと楽しくお話をしていると、切ない声と共に萎れた様子の激烈桃色さんが入って来た。
その姿は、控えめに言ってずぶ濡れ。
リリーさまのおっしゃった通りだわ。
夏季休暇の残り半分を王都での社交で時を過ごした私にリリーさまがおっしゃったのは、新学期になってすぐ、噴水に激烈桃色さんが落とされる場面があるということ。
そしてやはり物語での犯人は私とリリーさまということで、それを聞いた私は少々緊張してしまった。
もちろんそんな事しないけれど、物語では周りの方やパトリックさまに私が責められるのだと聞くと、胃がきゅっとなってしまう。
『ローズマリー。折角の可愛いドレス姿を堪能させて?』
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目の前にいらしたのなら、それはもう見惚れる一択というもので。
『もう。ローズマリーったら』
リリーさまがそう言って、しようのない、と苦笑されたので私はその時もやっと現実に返って来られた。
戻ってみれば、煌びやかな周りには、さんざめく人々。
そうでした。
こちら、夜会の最中でした。
リリーさま。
お手数かけます。
私が脳内で感謝の意を述べ、実際にはそれを瞳に乗せてリリーさまへ頭を下げれば、優しい笑みが返される。
『しかし、噴水か。パトリック、間に合うか?』
『もちろん』
その時難しい顔をされたアーサーさまがパトリックさまに問い、パトリックさまは自信に満ちた瞳と声ではっきりと言い切った。
『間に合うって、何がでしょう?』
けれど何なのか分からない私が問えば、パトリックさまがそっと私の手を取る。
『うん。先に話を聞いていたからね。準備はしてあるということだよ。あ、俺はアーサーから話を聞いただけで、リリー嬢とふたりきりになんてなっていないから安心して』
『えっと、はい。それは』
『当たり前だろう。そのようなこと、許すはずもない』
物語の先回りをすべく話を聞いた、と言ったパトリックさまが半分冗談半分本気のように言うのを、アーサーさまがかなり本気で肯定して、私はリリーさまは本当にアーサーさまにあいされているのだと嬉しくなった。
『それで、あの。どのような準備をされたのですか?』
また焼却炉の時のような魔道具を設置されたのかしらと思って私が聞くも、パトリックさまはにやりと笑うばかりで答えてくれない。
『見てのお楽しみにとっておいて』
けれど、そう悪戯っぽく笑った表情も盛装姿だとまた違って見えて、ほけっと見惚れた私はそれ以上の事を聞きそびれてしまい、後でリリーさまに初々しいと頬をつつかれる事態となった。
ええ。
分かっていましたけれど、やはり私は恋愛脳なのだと改めて実感いたしました。
もはや、パトリックさまの手のひらで踊っている感さえありますが、幸せなのでよしとします。
お花畑万歳。
ともあれ、その時にはどういうことなのか少しも理解できなかった私だけれど、噴水の除幕式に参加したことで漸くその実態を把握した。
噴水なのに”濡れることが無い”などと、この目で見なければ納得できなかったと思う。
しかして、激烈桃色さんはびしょ濡れとなっている。
激烈桃色さん。
どちらで濡れていらしたのかしら?
あの噴水で濡れることは絶対に不可能なのに、と思う私の周りでは、皆さん同じように怪訝な顔で激烈桃色さんを見つめている。
「マークル嬢。今度は一体、何事だ?」
「ウィリアム!あのね。あたし、リリーとローズマリーに噴水に突き落とされたのっ!」
眉を寄せ、不機嫌さを隠そうともせずに言うウィリアムに対し、激烈桃色さんが嬉しそうに答えた。
あの噴水に落ちて、濡れる事は無い。
そう分かっているクラスの皆さんは、奇異な目でというよりも、またかという呆れた目で激烈桃色さんを見るも、本人は気づかない様子で瞳を輝かせる。
「ほんっとうに怖かった」
そして両腕で自分の身体を抱く激烈桃色さんは、とても愛らしく守ってあげたくなる様相で嘘を言っているようにはとても見えない。
演技力、というのでしょうか。
思わず明後日の方向に感心していると、アーサーさまが前に出られた。
「マークル嬢。君は、その姿で廊下をずっと歩いて来たのか?そうであれば、周りじゅう濡れているのではないか?」
そして、抱き付いて来ようとした激烈桃色さんを難なく回避したウィリアムと同じく、眉を顰めたまま言うアーサーさまに激烈桃色さんは可愛らしく首を竦め、目を潤ませる。
「アーサー酷い!あたし、リリーとローズマリーに貶されて噴水に落とされても、頑張って歩いて来たのに」
そういえば。
物語では、私とリリーさまに噴水に落とされた激烈桃色さんを皆さん擁護して、私とリリーさまは、上位貴族としての権威を笠に着ている、と、糾弾されるのでしたか。
思う私の前でクラスの皆さんは、けれど不可解な様子で激烈桃色さんの言葉を聞いていらっしゃる。
『大丈夫だよ、ローズマリー。ここは現実で、物語とは違うのだから』
これならば糾弾されることは無さそうだと思った私は、昨日パトリックさまが微笑み言ってくれた言葉を思い出し、ほっとする思いで隣のリリーさまを見た。
「ローズマリー。そこは、僕を見るところだよ」
途端、反対側の隣に立つパトリックさまが不満そうに言って私の肩を優しく押し、方向転換させる。
「あの噴水に落とされてずぶ濡れ、か。そういえば、君は昨日の除幕式にいなかったな」
呆れたように言うウィリアムに、激烈桃色さんは不思議そうな顔をした。
「除幕式?」
「昨日ありましたでしょう?噴水の除幕式。それのことです」
そんな激烈桃色さんに、アイビィさんが疲れたように説明する。
「そんなの知らな」
「ああっ、見つけましたわ!桃色頭!」
激烈桃色さんが不思議そうに首を傾げた時、ひとりの女生徒が物凄い勢いで教室へ飛び込んで来た。
その手に持っているのは、バケツ。
どうしてバケツ?
その場の誰もが思ったその時。
「いましたの!?・・・きゃっ」
「ほら、滑りますから気をつけて」
その後ろからまたふたりの女生徒が現れ、濡れている床に滑ったひとりをもうひとりが支えて事なきを得た後、三人揃って私達へ頭を下げ、次いで激烈桃色さんに厳しい目を向けた。
「突然申し訳ありません」
「ですが、わたくし達、この桃色頭の被害者なのですわ」
「信じられないことにこの方、突然廊下でバケツに汲んだ水を被ったうえ、そのバケツをわたくし達に投げつけて逃走しましたの」
「なっ。あんた達に投げつけてなんてないわよ。避けられないのが悪いんでしょ」
三人の訴えに、激烈桃色さんは難癖をつけるなと言い返す。
その姿はとても堂々としていて、本当に自分は悪くないと思っているのが感じられた。
そうでしたか。
バケツ、で。
それで、バケツ。
「あー。用務員室から無断でバケツを持ち出し、廊下でそのバケツに汲んだ水を自ら被ったうえ、バケツを投げて逃走した桃色の髪の生徒がいる、と多数訴えがあがって来たんだが。マークル、やっぱりお前か」
激烈桃色さんがどうやってずぶ濡れになったのか、そして何故突如現れた他クラスの彼女がバケツを持っているのか、その理由が判った、と、皆さんと頷き合っていると、担任の先生が、やっぱりか、とため息を吐きながら現れた。
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バケツを持って訴える彼女に先生は判ったと頷き、激烈桃色さんと向き合う。
「で、マークル。お前、なんでそんなことしたんだ」
穏便に尋ねる先生に、けれど激烈桃色さんは苛立ちを押さえることなく舌打ちをした。
「もう。違うんだ、って!あたしは、リリーとローズマリーに噴水に落とされたの。だから早くふたりを罰してよ」
「「「はあ?」」」
激烈桃色さんの言葉に、バケツを持った彼女を筆頭に、飛び込んで来た三人が信じられないものを見るように激烈桃色さんを見た。
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