116 / 136
115.続 恋敵。その名は<ローズマリー>
しおりを挟むぱかぱかと一頭の馬が歩む。
眩しい陽光のなか、アポロンの黒い姿は抜きんでて美しい。
私は安定したその背で、過ぎゆく景色と心地よい風を思い切り楽しんでいた。
「わたくしのせいで、すみません」
街道に出てすぐ、風のように駆け抜けて行ったパトリックさまとフォルトゥナさんの背を見送り、私は背後のメイナードさまにそっと声を掛ける。
「お気になさらず。パトリック様も仰っていらしたように、思い切り走らせればフォルトゥナも落ち着くでしょうから、また戻って来られますよ」
『ローズマリー!少し行って来る!すぐ戻るから、待っていて!』
確かに、パトリックさまはそう叫ぶなり人馬一体となって駆けて行かれたけれど、パトリックさまにもメイナードさまにも余計な気を遣わせてしまったようで、私にはそれがまた居たたまれない。
私が乗っていなければ、メイナードさまだってアポロンだって、思い切り駆けられるのにと思ってしまう。
「ローズマリー様。私と乗るのは嫌でしたか?」
こんな風に邪魔をしてしまうくらいなら馬車で行くようにすればよかったのかも、と気落ちしていると、メイナードさまがそのようなことを言い出した。
「まさか。こちらこそ、お付き合いさせてしまいまして申し訳ないですが、馬に乗る、という体験が出来て、メイナードさまにはとても感謝しております」
心からそう言うと、アポロンがくるりと私の方を向いた。
「もちろん、アポロンにも感謝しているわ。乗せてくれてありがとう、アポロン」
「ひひん」
「こいつ、本当にローズマリー様が気に入ったのですね。私も嬉しいです。こいつが、乗せてもいい、と思える人に出会えて。ありがとうございます、ローズマリー様」
威風堂々と歩くアポロンの首を軽く叩き、メイナードさまが本当に嬉しそうにおっしゃった。
「わたくしは、何も」
謙遜でもなんでもなく、本当に何もしていない私が言えば、メイナードさまが優しい笑みを浮かべる。
「いいえ。アポロンは優れた馬なのですが、その気性から人を乗せたがらず。結果、能力は高い筈なのに種馬にしか出来ないか、と言われるほどの暴れ馬だったのです。けれど今、アポロンは大人しく、いや、誇らしげに貴女を乗せて歩いている。これは、凄いことです」
この先のアポロンの道も開けた、とメイナードさまは本当に嬉しそうにおっしゃった。
「これを機に、他の方も乗せられるようになるといいですね」
「いえ。アポロンは、貴女の馬とするといいでしょう」
当然のように言い切ったメイナードさまに、私は驚きを隠せない。
「わたくし、ひとりでは乗れませんわ」
「それはこれから乗れるようになってください。若奥様」
からかうように言ったけれど、メイナードさまの声は本気だった。
それもそうだろう。
何と言っても、この地は魔獣討伐が頻発する場所。
その領主の家に嫁いだ者がひとりで馬にも乗れないなど、お話にならない。
「が、がんばります」
本当に頑張らないと、と拳を握り言えば、メイナードさまが小さく笑う気配がした。
「大丈夫ですよ。私もお教えしますから」
「本当に、よろしくお願いします」
私に甘いパトリックさまより現実を見て教えてくれそうな気がして、私は馬上でありながらメイナードさまを振り返り、心を込めてお辞儀する。
「まずは、馬に慣れることからですね」
馬上でイレギュラーな動きをしてしまい、落ちそうになる私を支えてメイナードさまが楽しそうに笑う。
「うう。本当にすみません」
アポロンの背に乗るときにも思ったけれど、メイナードさまは極力私に触らないようにしてくださっている。
思えば、主家に嫁ぐ予定の娘と馬に乗るなど、メイナードさまには面倒なことだったろう。
警護のついで、など気楽なことを思ったけれど、乗せてもらった今なら分かる。
馬の乗り方も知らない素人、しかも容易に触れるわけにも、怪我をさせるわけにもいかない相手など、私がメイナードさまの立場だったらごめん被りたいに決まっている。
「メイナードさまは、本当に理想の騎士さまですね」
それなのに嫌な顔ひとつしないどころか、にこやかに対応してくださるメイナードさまに私は心から感謝した。
「ローズマリー様にそう言っていただけるのは嬉しいですね」
後ろから聞こえる穏やかな声が、耳に心地よい。
パトリックさまと乗っていたら、きっと凄くどきどきして初めての乗馬を楽しむどころではなかったに違いない。
これも、怪我の功名というのかしら。
ちょっと違う?
思いつつ、ゆっくりと流れて行く景色を存分に堪能する。
「ローズマリー様。この領はどうですか?馴染めそうですか?」
そんな私に、メイナードさまが少し不安を孕んだ声で聞いた。
「はい。土地もひとも、本当に素敵で、大好きになりました」
私の答えに、後ろのメイナードさまがほっとされたのが分かる。
ウェスト公爵領に来てから初めて会うひとばかりだけれど、皆さん一様に私を受け入れ大切にしてくださって、本当に嬉しく思う。
私も、早く馴染めるようにしないとですね。
まずはひとりで馬に乗れるようになること、それから魔獣討伐に際して何か武器を扱えるようになることは必須だろうと私は、自分に合う武器について考えてみた。
「ローズマリー様?どうかされましたか?」
「ええ。わたくしの得物となり得るのは何かと思いまして」
「なるほど。ローズマリー様は魔術の扱いに長けていると聞いてはいますが、武器の扱いは?」
「持ったこともありません」
少々情けなく感じるも、真実なので仕方ない。
「焦ることはありません。流石に魔術だけで闘いに望むのは無謀ですが、ローズマリー様が実戦に出られるまで未だ時間もあるでしょう。そちらも、私もお手伝いします」
「是非、お願いします」
力強く言ってしまってから、何だかおかしくなって私はほっと肩の力を抜いた。
「ローズマリー様。リーズ城、白亜の城はいかがでしたか?」
「とても美しい所でした。それにあの、素敵な思い出もたくさんいただきまして」
パトリックさまとふたりでした宝探し、そして求婚、たくさんのお祝い。
思い返せば頬が熱くなるけれど、とても幸せな気持ちにもなれる思い出であることは間違いない。
「リーズ城で求婚する、というのがウェスト公爵家の倣いだそうですからね。既に婚約している間柄でも必ず求婚して、この婚姻を自分自身が望むということを告げ、そして想い想われる相手と終生共に過ごす。何とも浪漫のある話ですよね」
「え?そうなのですか?」
とても嬉しそうに、パトリック様はへたれな所があるので無事に求婚できたようでよかった、ローズマリー様を見れば分かりますと言っていたメイナードさまが、私の言葉に固まった。
「聞いていませんか?」
「はい。今初めて知りました」
正真正銘初耳ですと私が言えば、メイナードさまがしまったなと呟く。
「そうですか。パトリック様から既にお聞きだと思っていましたが。まあ、鈍くさかった主が悪いということで」
すっぱり思い切った様子で、メイナードさまが笑った。
「でも、本当に素敵なお話です」
家が決めたからではなく、自分が想い想われる相手と生涯を過ごす。
それは、なんと幸せなことだろう。
「ローズマリー様も、そのご当人ですよ」
うっかり、うっとりして言えば、メイナードさまに苦笑されてしまった。
「りょ、領地の皆さまと幸せになれるよう、精一杯努力します」
「期待しています」
何とかきりりとした声で言えば、メイナードさまがやわらかい声で答えてくれる。
適度な距離を保ちつつ気安さも感じて、私は自然と笑顔になった。
「ああ。ローズマリー様とふたりで話をするのは楽しかったのに」
「え?」
何故過去形?
残念そうに言ったメイナードさまの言葉を聞き返そうとした私は、そのとき一頭の馬が前方から物凄い勢いで駆けて来るのを見た。
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説
見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!
すな子
恋愛
ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。
現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!
それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。
───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの?
********
できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。
また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。
悪役令嬢だと気づいたので、破滅エンドの回避に入りたいと思います!
飛鳥井 真理
恋愛
入園式初日に、この世界が乙女ゲームであることに気づいてしまったカーティス公爵家のヴィヴィアン。ヒロインが成り上がる為の踏み台にされる悪役令嬢ポジなんて冗談ではありません。早速、回避させていただきます!
※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。
※連載中も随時、加筆・修正をしていきますが、よろしくお願い致します。
※ カクヨム様にも、ほぼ同時掲載しております。
貴族としては欠陥品悪役令嬢はその世界が乙女ゲームの世界だと気づいていない
白雲八鈴
恋愛
(ショートショートから一話目も含め、加筆しております)
「ヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢!貴様との婚約は破棄とする!」
私の名前が呼ばれ婚約破棄を言い渡されました。
····あの?そもそもキラキラ王子の婚約者は私ではありませんわ。
しかし、キラキラ王子の後ろに隠れてるピンクの髪の少女は、目が痛くなるほどショッキングピンクですわね。
もしかして、なんたら男爵令嬢と言うのはその少女の事を言っています?私、会ったこともない人のことを言われても困りますわ。
*n番煎じの悪役令嬢モノです?
*誤字脱字はいつもどおりです。見直してはいるものの、すみません。
*不快感を感じられた読者様はそのまま閉じていただくことをお勧めします。
加筆によりR15指定をさせていただきます。
*2022/06/07.大幅に加筆しました。
一話目も加筆をしております。
ですので、一話の文字数がまばらにになっております。
*小説家になろう様で
2022/06/01日間総合13位、日間恋愛異世界転生1位の評価をいただきました。色々あり、その経緯で大幅加筆になっております。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました
toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。
一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。
主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。
完結済。ハッピーエンドです。
8/2からは閑話を書けたときに追加します。
ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。
12/9の9時の投稿で一応完結と致します。
更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。
ありがとうございました!
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜
ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。
沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。
だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。
モブなのに魔法チート。
転生者なのにモブのド素人。
ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。
異世界転生書いてみたくて書いてみました。
投稿はゆっくりになると思います。
本当のタイトルは
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜
文字数オーバーで少しだけ変えています。
なろう様、ツギクル様にも掲載しています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる
レラン
恋愛
前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。
すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?
私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!
そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。
⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎
⚠︎誤字多発です⚠︎
⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎
⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる