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115.続 恋敵。その名は<ローズマリー>

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 ぱかぱかと一頭の馬が歩む。 

 眩しい陽光のなか、アポロンの黒い姿は抜きんでて美しい。 

 私は安定したその背で、過ぎゆく景色と心地よい風を思い切り楽しんでいた。  

「わたくしのせいで、すみません」 

 街道に出てすぐ、風のように駆け抜けて行ったパトリックさまとフォルトゥナさんの背を見送り、私は背後のメイナードさまにそっと声を掛ける。  

「お気になさらず。パトリック様も仰っていらしたように、思い切り走らせればフォルトゥナも落ち着くでしょうから、また戻って来られますよ」 

『ローズマリー!少し行って来る!すぐ戻るから、待っていて!』 

 確かに、パトリックさまはそう叫ぶなり人馬一体となって駆けて行かれたけれど、パトリックさまにもメイナードさまにも余計な気を遣わせてしまったようで、私にはそれがまた居たたまれない。 

 私が乗っていなければ、メイナードさまだってアポロンだって、思い切り駆けられるのにと思ってしまう。 

「ローズマリー様。私と乗るのは嫌でしたか?」 

 こんな風に邪魔をしてしまうくらいなら馬車で行くようにすればよかったのかも、と気落ちしていると、メイナードさまがそのようなことを言い出した。 

「まさか。こちらこそ、お付き合いさせてしまいまして申し訳ないですが、馬に乗る、という体験が出来て、メイナードさまにはとても感謝しております」 

 心からそう言うと、アポロンがくるりと私の方を向いた。 

「もちろん、アポロンにも感謝しているわ。乗せてくれてありがとう、アポロン」 

「ひひん」 

「こいつ、本当にローズマリー様が気に入ったのですね。私も嬉しいです。こいつが、乗せてもいい、と思える人に出会えて。ありがとうございます、ローズマリー様」 

 威風堂々と歩くアポロンの首を軽く叩き、メイナードさまが本当に嬉しそうにおっしゃった。 

「わたくしは、何も」 

 謙遜でもなんでもなく、本当に何もしていない私が言えば、メイナードさまが優しい笑みを浮かべる。 

「いいえ。アポロンは優れた馬なのですが、その気性から人を乗せたがらず。結果、能力は高い筈なのに種馬にしか出来ないか、と言われるほどの暴れ馬だったのです。けれど今、アポロンは大人しく、いや、誇らしげに貴女を乗せて歩いている。これは、凄いことです」 

 この先のアポロンの道も開けた、とメイナードさまは本当に嬉しそうにおっしゃった。 

「これを機に、他の方も乗せられるようになるといいですね」 

「いえ。アポロンは、貴女の馬とするといいでしょう」 

 当然のように言い切ったメイナードさまに、私は驚きを隠せない。 

「わたくし、ひとりでは乗れませんわ」 

「それはこれから乗れるようになってください。若奥様」 

 からかうように言ったけれど、メイナードさまの声は本気だった。 

 それもそうだろう。 

 何と言っても、この地は魔獣討伐が頻発する場所。 

 その領主の家に嫁いだ者がひとりで馬にも乗れないなど、お話にならない。 

「が、がんばります」 

 本当に頑張らないと、と拳を握り言えば、メイナードさまが小さく笑う気配がした。 

「大丈夫ですよ。私もお教えしますから」 

「本当に、よろしくお願いします」 

 私に甘いパトリックさまより現実を見て教えてくれそうな気がして、私は馬上でありながらメイナードさまを振り返り、心を込めてお辞儀する。 

「まずは、馬に慣れることからですね」 

 馬上でイレギュラーな動きをしてしまい、落ちそうになる私を支えてメイナードさまが楽しそうに笑う。 

「うう。本当にすみません」 

 アポロンの背に乗るときにも思ったけれど、メイナードさまは極力私に触らないようにしてくださっている。 

 思えば、主家に嫁ぐ予定の娘と馬に乗るなど、メイナードさまには面倒なことだったろう。 

 警護のついで、など気楽なことを思ったけれど、乗せてもらった今なら分かる。 

 馬の乗り方も知らない素人、しかも容易に触れるわけにも、怪我をさせるわけにもいかない相手など、私がメイナードさまの立場だったらごめん被りたいに決まっている。 

「メイナードさまは、本当に理想の騎士さまですね」 

 それなのに嫌な顔ひとつしないどころか、にこやかに対応してくださるメイナードさまに私は心から感謝した。 

「ローズマリー様にそう言っていただけるのは嬉しいですね」 

 後ろから聞こえる穏やかな声が、耳に心地よい。 

 パトリックさまと乗っていたら、きっと凄くどきどきして初めての乗馬を楽しむどころではなかったに違いない。 

 

 これも、怪我の功名というのかしら。 

 ちょっと違う? 

 

 思いつつ、ゆっくりと流れて行く景色を存分に堪能する。 

「ローズマリー様。この領はどうですか?馴染めそうですか?」 

 そんな私に、メイナードさまが少し不安を孕んだ声で聞いた。 

「はい。土地もひとも、本当に素敵で、大好きになりました」 

 私の答えに、後ろのメイナードさまがほっとされたのが分かる。 

 ウェスト公爵領に来てから初めて会うひとばかりだけれど、皆さん一様に私を受け入れ大切にしてくださって、本当に嬉しく思う。 

 

 私も、早く馴染めるようにしないとですね。 

 

 まずはひとりで馬に乗れるようになること、それから魔獣討伐に際して何か武器を扱えるようになることは必須だろうと私は、自分に合う武器について考えてみた。 

「ローズマリー様?どうかされましたか?」 

「ええ。わたくしの得物となり得るのは何かと思いまして」 

「なるほど。ローズマリー様は魔術の扱いに長けていると聞いてはいますが、武器の扱いは?」 

「持ったこともありません」 

 少々情けなく感じるも、真実なので仕方ない。 

「焦ることはありません。流石に魔術だけで闘いに望むのは無謀ですが、ローズマリー様が実戦に出られるまで未だ時間もあるでしょう。そちらも、私もお手伝いします」 

「是非、お願いします」 

 力強く言ってしまってから、何だかおかしくなって私はほっと肩の力を抜いた。 

「ローズマリー様。リーズ城、白亜の城はいかがでしたか?」 

「とても美しい所でした。それにあの、素敵な思い出もたくさんいただきまして」 

 パトリックさまとふたりでした宝探し、そして求婚、たくさんのお祝い。 

 思い返せば頬が熱くなるけれど、とても幸せな気持ちにもなれる思い出であることは間違いない。 

「リーズ城で求婚する、というのがウェスト公爵家の倣いだそうですからね。既に婚約している間柄でも必ず求婚して、この婚姻を自分自身が望むということを告げ、そして想い想われる相手と終生共に過ごす。何とも浪漫のある話ですよね」 

「え?そうなのですか?」 

 とても嬉しそうに、パトリック様はへたれな所があるので無事に求婚できたようでよかった、ローズマリー様を見れば分かりますと言っていたメイナードさまが、私の言葉に固まった。 

「聞いていませんか?」 

「はい。今初めて知りました」 

 正真正銘初耳ですと私が言えば、メイナードさまがしまったなと呟く。 

「そうですか。パトリック様から既にお聞きだと思っていましたが。まあ、鈍くさかった主が悪いということで」 

 すっぱり思い切った様子で、メイナードさまが笑った。 

「でも、本当に素敵なお話です」 

 家が決めたからではなく、自分が想い想われる相手と生涯を過ごす。 

 それは、なんと幸せなことだろう。 

「ローズマリー様も、そのご当人ですよ」 

 うっかり、うっとりして言えば、メイナードさまに苦笑されてしまった。 

「りょ、領地の皆さまと幸せになれるよう、精一杯努力します」 

「期待しています」 

 何とかきりりとした声で言えば、メイナードさまがやわらかい声で答えてくれる。 

 適度な距離を保ちつつ気安さも感じて、私は自然と笑顔になった。 

「ああ。ローズマリー様とふたりで話をするのは楽しかったのに」 

「え?」 

  

 何故過去形? 

 

 残念そうに言ったメイナードさまの言葉を聞き返そうとした私は、そのとき一頭の馬が前方から物凄い勢いで駆けて来るのを見た。 

  

 
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