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113.続 不思議の解明

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 まず、公爵ご一家が、どうやってあのバルコニーにいらした、のだか、見ていらしたのだかよく判らない。 

 肖像のように見えたので、見ていらした、というのが正しいとは思うのだけれど、こちらからすれば、公爵ご一家を見た感じでもあって疑問が残る。 

 もしかして、この白いお城にいらしたのかな、とも思ったけれどそれは違ったし。 

 そもそも、この白いお城にいらしたからといって、あのように出現出来る、そのからくりが判らない。 

「あの、パトリックさま。あれ、とは何ですか?いえあの、それが公爵様たちが映し出された因となる魔道具、というのは何となく判るのですが」 

 私が言えば、パトリックさまはじっと私を見つめた後、そっと私を促して優しくソファに座らせた。 

「パトリックさま?」 

 そのまま隣り合って座り、私の手を握るパトリックさま。 

 その長く感じる沈黙に、私は不安を覚えた。 

  

 何か、聞いてはいけないことを聞いてしまったのかしら? 

 

 公爵家の秘密、の部分に触れてしまったのかと焦る私の両手をパトリックさまが優しく撫でる。 

「いつかは話さなくては、と思いつつ、どうして勇気が出なかった。君に嫌われるのが、軽蔑されるのが怖かったんだ」 

 何か地雷のようなものを踏んでしまったのかもしれない、と怯える私の前で、パトリックさまは懺悔するようにそう言った。 

「あの、パトリックさま。わたくしが、何か聞いてはいけないことを聞いてしまったのなら」 

「違うよ、ローズマリー。君こそは、聞く権利があることだ」 

 引こうとした手を更に強く握り、パトリックさまが口を開く。 

「俺はずっと。幼い頃からずっと、魔道鏡でローズマリー。君のことを見つめていた」 

 絞り出すように言われた言葉。 

 それでも、私には意味が判らない。 

「魔道鏡とは何ですか?それに、ずっと見つめていた、とはどういう意味でしょうか?」 

「魔道鏡とは、俺が一番最初に創った魔道具で、遠くに在るものを手元で見ることが出来るもの。俺はそれを使って、ローズマリーのことを見ていた」 

 遠くのものを手元で見ることが出来る魔道具。 

 パトリックさまの言葉に、私の脳が高速で回転し始める。 

「もしかして、それがパトリックさまの、からくり」 

 小さい頃の私のことをよくご存じだったパトリックさま。 

 お会いしたことも無いのに、とても詳しくて不思議に思っていた事柄。 

「そう。見ていたから、俺はローズマリーのホットビスケットに執着したし、ブロッコリーを食べられるようにもなった」 

 そう言って淡く笑うパトリックさまの視線が遠い。 

 それは、過去の私を想い出しているのだろう、と思っても、何となくもやもやするほど優しい瞳だった。 

「パトリックさま。今のわたくしと過去のわたくし、どちらが好きですか?」 

 そして気づけば、そのようなことを口走っていて、私は焦って両手で口を慌てて塞ぐ。 

「過去のローズマリーが好き。そして、今のローズマリーはもっと好きだよ。というか、過去の俺は過去のローズマリーが最大好きで、今の俺は今のローズマリーが最大好きで、未来の俺は未来のローズマリーが最大好き、ってことかな。ふふ。自分にやきもちとか、ローズマリー本当に可愛い」 

 口を塞いだ私の両手に口づけて、パトリックさまが微笑む。 

「ずるいです。わたくしは、絵姿だけで我慢していましたのに」 

 今、こんなに余裕なのもずるいし、魔道鏡なるものを使っていらしたパトリックさまもずるい。 

 そんな思いを込めて、ちろりと睨んだのに、何故かパトリックさまは嬉しそうに私の前髪をかきあげた。 

「初めてローズマリーの絵姿を贈ってもらったのは、本当に幼い頃だったけれど、俺は一瞬で夢中になったんだ。本当に可愛くて、すぐにでも会いたいと思ったけれど、それは叶わなくて。だから、俺はその絵姿を使ってローズマリーと繋がれないか、と考えた。それで創り出したのが魔道鏡、というわけ」 

「それで創れてしまうのが、パトリックさまです」 

 どんなに会いたいと願っても、声が聞きたいと思っても、叶わなかった私は、最早ずるいと思う気持ちよりも、その才能に感服してしまった。 

「といっても、最初は本当に動く肖像、のようなローズマリーしか見られなかったんだよ?声も当然、聞こえなかったし」 

 とても残念そうに言うパトリックさまだけれど、それだってとても凄いことだと思う。 

「わたくしも欲しかったです」 

 そうすれば、幼い頃のパトリックさまを見られた、と私は詰るように言ってしまった。 

「そう言ってくれて嬉しい。なら、贈ればよかった。ローズマリーの魔力なら、きっと使えただろうに」 

 しみじみと言ったパトリックさまが、私の髪を優しく撫でる。 

  

 パトリックさまは、ずっと私を見ていてくださった。 

 

 それが何だか嬉しくて、髪を撫でてくれるパトリックさまの手が優しくて。 

 

 え? 

 ずっと見ていた? 

 それはつまり・・・・・。 

 

 うっとりと身を任せていた私は、ぎぎ、とパトリックさまを見つめる。 

「あの。ずっと見ていた、とは、その」 

「ん?・・・ああ!もちろん、お風呂とか着替えとか、そういうプライベートは見えないように改良したよ!」 

「改良した、ということは最初は」 

「危なかったけれど見なかった!それで慌ててプライベートは見えないように創り直したんだ。そこから少しずつ進化させて、音声も聞こえるようして、更には長時間記録も出来るようにしたし、今では通信も出来るけれども!監視用はプライベートも何もないけれど!けれど!絶対!ローズマリーが嫌がることには使っていない!ローズマリー、君に誓う。見ていたのは、主に厨房とかブロッコリーの君だから!それに、会えるようになってからは使っていない!」 

 ひし、と私の手を握り瞳を見つめてくるパトリックさま。 

「わたくしのことを厭うような場面をご覧にならなかったなら、いい、のです」 

 着替えや入浴を見られていたら、それももちろん嫌、というか物凄く恥ずかしいけれど、私は自分の胸の無さを気にして、色々、その、豊かに見える工夫とか下着とか、運動なども試したりしていたので、そういう所を見られていたら、恥ずかしさで死ねる気がする。 

  

 何だか懐かしいです。 

 

 今ではもう諦めてしまった胸に視線を落とし、私はそっとため息を吐いた。 

「ローズマリー?引いた?俺のこと、嫌になった?」 

 私のため息を誤解したのか、パトリックさまが動揺した様子で私を見つめる。 

「引かないし、嫌にもなりません。ただ、恥ずかしいのと、あとはそれを見てみたいと思っ・・・あ。もしかして、焼却炉のときのも」 

 魔道鏡というものを見てみたい、と言おうとした私は焼却炉のときのことを思い出した。 

「そ。あれとか、今、うちの屋敷で使っている警備の魔道具が、魔道鏡の進化系」 

「それで皆さま、わたくしのお蔭だとおっしゃっていたのですね」 

 不思議に思っていたことが解明できて満足、と頷く私を、パトリックさまが伺うように覗き込む。 

「それでね。いつの頃からか、その魔道鏡のことが家族にばれて。ほんとにごめん」 

「大丈夫です・・・恥ずかしいだけで」 

 初めてお会いしたときから、優しくあたたかく接してくださった公爵ご一家。 

 そのなかに、何故か親しみもある気がしていたのはそういうことだったのか、と私はすとんと納得した。 

「覗き見して、ごめん」 

「もう謝らなくていいので。その代わり、わたくしにも、その魔道鏡を見せて欲しいです」 

「ああ。了解した」 

 謝罪を繰り返すパトリックさまに、それならば、と私は未だ見たことのない魔道鏡本体を見せてもらうおねだりに成功した。 

「パトリックさま。その魔道鏡があれば、いつでもパトリックさまとお話し出来るのですか?」 

 同じ学園に通っているとはいえ、忙しいパトリックさまとは会えない時もある。 

 そんなとき、実際に会えなくともそれがあれば、と思い私が言えば、パトリックさまが考える仕草をした。 

「通信、は可能だよ。ただ、今の形は見た目が美しくない。最初は鏡を使っていたけれど、今は違うから。だから、ローズマリーに贈るのは見た目を改良してからでもいい?」 

「はい!楽しみにしています!嬉しいです。これで、お忙しいときも、少しだけでもパトリックさまとお話しできますね!あ、でも、ご迷惑なときは遠慮なくおっしゃってくださいね。ああ、すごく楽しみです。わくわくします」 

「ああ・・可愛い・・・忙しい時も俺に会えるのが嬉しいとかどんなご褒美・・・早く改良して・・・ああでもそうしたら、転移使いたくなる確率が上がる・・・」 

 思わずパトリックさまの両肩に縋るようにして喜びを表現してしまった私を支えたまま、パトリックさまが虚ろな瞳で何かをおっしゃる。 

「パトリックさま?」 

 大丈夫ですかー?とパトリックさまの目の前で手を振れば、ふ、とパトリックさまの瞳に生気が戻った。 

「うん、大丈夫。襲わないから安心して?未だ」 

「あの、わたくしは」 

 

 パトリックさまなら、襲われたとは思いません。 

 

 再び、そう口にしようとした私の唇を指でそっと塞いだパトリックさまが何だか切なそうで、何か言わなくては、と思い焦る私に。 

「来年も、今日という日を祝おうね」 

 と、不思議なことをおっしゃった。 

「今日という日を、ですか?」 

「そう。だって、ローズマリーが<耳まで赤くして恥ずかしがるほど喜んでくれた求婚記念日>だからね」 

「っ!」 

「ああ、あとそれから」 

 またも耳まで赤くなったに違いない私の髪をひと房取り、余裕を取り戻したらしきパトリックさまが悪戯っぽく笑う。 

「今日は、ずっと言葉遣いが丁寧だったからね。か・さ・ん」 




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