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107.宝探し

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 月の光が煌々と輝く、広々としたテラス。 

 夕食を終えたパトリックさまと私は、ボール遊びに興じるテオとクリアを微笑ましく見つめながら、ふたりだけのお茶の時間を楽しんでいた。 

「パトリックさま。テオとクリアのことでは、アーサーさまに秘密を持たせてしまうことになり、本当に申し訳ありません」 

 私たちを気遣ってか、会話が聞こえるような範囲には誰もいないことを確認して、私はずっと気になっていたことを口にし、頭を下げる。 

「ローズマリー。顔をあげて。そんな事しないで」 

 そんな私に対し、パトリックさまは苦い声で、すぐさま私の両肩に手をあてて私の目を覗き込んで来た。 

「ですが私は、テオとクリアが少しも大きくならないことが不自然だということにも、気づいていませんでしたし」 

 先日のこと。 

 アーサーさまに『この二匹、余りに成長が遅いのではないか?』と言われ、私は心臓が止まるほど驚いた。 

 テオとクリアは、普通の動物ではない。 

 それを知っている私にとって、テオとクリアが普通の犬のように大きくならないのは聖獣だから、という理由付けが出来るけれど、他のひとはそうではない。 

 それは、どのような犬種にも当てはまらない、という疑問も同じ。 

 それなのに、それらのことを少しも考慮していなかった私は、アーサーさまの問いに固まってしまったのだけれど。 

『そういう種なんだよ。色々な犬種の雑種らしくて詳しいことは判らないけれど、これで成体でもおかしくないそうだ』 

 パトリックさまは、少しも動じることなくそう言った。 

「私は、考えが浅くて」 

 テオとクリアを保護したのは私なのに、周りに頼ってばかりいる。 

 その事実に、私は肩を落とした。 

「ローズマリー。テオとクリアのことを、アーサー、王家に伝えないのは俺たちの総意だ。それは、君が関わったから、ということだけが理由ではない。俺たちは、王家に仕える者ではあるけれど、すべての意見を王家と共にしている訳でも、すべての事柄において王家を主軸にしているわけでもない」 

「パトリックさま?」 

 固くなったパトリックさまの声に、私はその真摯な瞳を見つめ返す。 

「聖獣のこともそうだし、それにね、ローズマリー。我がウェスト公爵家が百年前の内乱で現王家と敵対することになったのも、そのひとつだ」 

 百年前の内乱。 

 そのとき、ウェスト公爵家は現王家と対立する陣営の筆頭だった。 

 ふたりの王子を、それぞれの貴族が王にと望んで対立する。 

 それは、よくあること、と言ってしまえばそれまでのことだけれど、内乱となれば王家や貴族はもちろん、平民にとっても災厄といっていい事象となる。 

「ウェスト公爵家が、あの内乱のとき優勢だと分かっていた第一王子に付かなかったのは、それはまあ色々な理由があっただろうけれど、一番は、あの門が王子を拒絶したからなんだ」 

 パトリックさまのお話によると、内乱が起こるずっと前、第一王子がウェスト公爵領を訪れ、自分を王に推すよう時の公爵に迫った。 

 公爵は元々この第一王子に好印象を持っていなかったが、王子があの門を通れなかったことで第二王子を推す意志を固めたのだという。 

 結果、内乱という形を招き、ウェスト公爵家は敗北を帰し、国内での立場を微妙なものにしてしまったわけだけれど、そこに後悔は無いのだとパトリックさまは言い切った。 

「俺はね、ローズマリー。アーサーを心から信頼しているし、良い王になるだろう彼を誠心誠意支える心づもりでもいる。それでも、王家と公爵家には、今でも齟齬があることは否めないんだよ」 

 王妃陛下の私的なお茶会で、ロータスお義母さまを見たことが無い。 

 それも、その齟齬のひとつなのだろうとは思う。 

 けれど。 

「今回のこと、テオとクリアのことで、その齟齬がより大きくなったりしたら」 

「心配ないよ、ローズマリー。あの時も言ったけれど、手を組んだ俺たちに王家は手を出せない。何をもってしても敵わないからね」 

 ふふ、と笑うパトリックさまは、もういつも通り優しい瞳で私を見つめていたけれど。 

 

 笑みが黒い、とは、こういうことでしょうか。 

 

 ふるふる、と震えそうになる私の額にパトリックさまが、ちゅ、と唇を落とした。 

「この先、女性同士での社交はローズマリーに頑張ってもらうことになるけれど、大丈夫。ローズマリーに腹黒さは求めていないから」 

 真っ当な社交をしてくれれば大丈夫だよ、と笑うパトリックさまに、けれど私は首を横に振った。 

「いいえ、パトリックさま。必要とあれば、私も頑張ります」 

「頑張る、って。ローズマリー、腹黒いこと出来るの?」 

 そんな私の頬をつついて、パトリックさまが楽しそうに笑う。 

「お、表向きの笑顔ならできます」 

 貴族令嬢として、公の場で感情を表に出さず微笑む。 

 そのような訓練なら受けている、と私が言えばパトリックさまの笑顔が益々深くなった。 

「じゃあ、その必要が生じたときはお願いしようかな。でも、ローズマリーはそのままでいいよ」 

「子ども扱いしないでください」 

 パトリックさまが、私のことを考えて言ってくれているのは分かる。 

 分かるけれど、それでは背中を預け合う同士にはなれない。 

 私にはそれが不満で頬を膨らませ、そのようなこと自体が子供じみていると落ち込んだ。 

「子ども扱いなんてしていないよ。それに、ローズマリーだってリリー嬢に秘密を持つことになったんだから、同じじゃないか」 

「でも、根本は私のせいですから」 

 いじいじと言い募る私の肩を、パトリックさまが強く掴んだ。 

「ローズマリーのことなら俺のこと、だよ。それにね、ローズマリー。テオとクリアはやがて成体になる。そうしたら、王家にだって黙ってはいられない。大きな力に満ち溢れた聖獣の姿、そのものになるだろうからね。そのとき、初代王の秘密まで明かすことが出来るかは未だ分からない。そのための準備はしているけれどね。まあ、少なくとも聖獣が実在すると証明し、その存在を公にすることは絶対だと思っている。もちろん、ローズマリーは必ず護るから安心して」 

 凛としたパトリックさま。 

 私に、たくさんのことをしてくれるパトリックさま。 

「面倒な婚約者でごめんなさい」 

 テオとクリア、それに土地神さまに精霊さんたち。 

 気づけば普通と遠ざかりつつある自分を自覚して、私が言えば。 

「全然、面倒なんかじゃないよ、ローズマリー。むしろ、俺は楽しい。ローズマリーのことは昔から大好きだけれど、今が一番好きだよ・・・いや、これからもっと好きになるから、未だ途中か」 

 パトリックさまは、楽しそうに私の髪を指に絡めた。 

「ローズマリーは、難しく考えすぎ。という訳で、明日は頭からっぽにして遊ぼう!宝探しなんて、どうかな」 

 唐突かつ茶目っ気たっぷりにそう言ったパトリックさまの提案により、パトリックさまと私は翌日、この瀟洒なお城のなかで宝物探しをすることになった。 



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