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98.作るお菓子は<はちみつレモンゼリー>なのです。
しおりを挟む「ローズマリー様。レモンゼリーに、はちみつを使われるのですか?」
ウエハースさん、アップルパイさんと初めてお会いした次の日。
朝食後、すぐに厨房にお邪魔した私を快く受け入れてくれた料理長さんの問いに、私ははちみつの瓶を持ったまま頷いた。
「ええ、そうよ。レモン果汁とはちみつを混ぜて、お湯に溶いて飲んだりするでしょう?その応用というか」
不思議そうな顔の料理長さんに言えば、彼はもっと不思議そうな顔になった。
「レモンとはちみつを混ぜて飲む、のですか?」
「そうよ。喉が痛いときなどに飲むといいのよ」
ポーレット領では普通のことだけれどウェスト公領では違うらしい、と思いつつ私はレモンを絞る。
「そうなのですね。勉強になります」
そう言った料理長さんは、何やらメモを取り出して書き留め、ひとり頷いた。
「ローズマリー様、レモンはこちらでも絞りましょう。そのくらいのお手伝いは、大丈夫ですよね?」
そして料理長さんは何人かに声をかけ、こちらの手伝いをするよう計らってくれる。
片付けや仕込み、在庫の管理など忙しいなか、厨房を借りるだけでも心苦しかったけれど、皆さんそのようなことは考えてもいない様子で、私はそのあたたかい空気にとても安心した。
お母さまも心配されていたけれど、ウェスト家の使用人の皆さんに受け入れられるかどうか、というのは今回の大きな課題、というか、とても大きな不安だったけれど、それは杞憂に終わったと言っていいと思う。
このお城に到着した瞬間から、こちらの侍従や侍女の皆さんはあたたかく迎えてくださったし、その眼差しもとても優しかった。
そして、今回お邪魔することになった厨房でもその雰囲気は変わらず、私は今、和気あいあいとした雰囲気のなかレモンゼリー作りに励んでいる。
なんだか、とても楽しいです。
テオとクリアのことがあったから、今回のことも秘密裡に、と言われるのかと思っていたけれど、フレッドお義父さまは、むしろ積極的に広めていく、とおっしゃった。
そしてその発言の通り、今の時点で既にお城中に今回の話は広まっているらしい。
そのうえ、特に秘密にするように、という注意も無いことから、土地神さまや精霊さん達のことが、やがて城外にも広まって行くことは必須だと思われる。
フレッドお義父さまが言うには、今回私が門を潜ったときに起こった事象は、類稀なる吉祥として街でも騒ぎとなっていて、そこに土地神さまと精霊の話が追加されれば領民の皆さんも納得が出来る、とのことだった。
つまり、あの事象は土地神さまが降臨される前兆だった、という紐づけをするということなのだと思う。
確かに吉祥だけあって、その後何も無いというより、その方が皆さん納得できるのかな、と私は領民の皆さんが不安にならないようにする、というフレッドお義父さまの手腕は見事だと感じた。
「なんだか、お茶会の準備をしているようね」
『わたくしは応援!』
と、宣言された通り私の傍に座り作業を見守ってくださっているカメリアさまが、楽しそうにテーブルを見ている。
「本当にそうですね」
今テーブルの上に並べられているゼリーの型は、普通のサイズのもの数個とひと口サイズのもの31個、そして切り分けて食べるとても大きなサイズのものが幾つか。
ひと口サイズのものは、精霊さんたちに。
そして、普通のサイズは土地神さまの分ひとつ、だけだった筈なのだけれど。
『ローズマリー。俺の分も作ってくれる?』
とパトリックさまがおっしゃれば、フレッドお義父さまとロータスお義母さまも期待の目を私に向けられ、カメリアさまは、当然最初からわたくしの分も作ってもらうつもりだった、と胸を張られた。
結果、土地神さまの分と公爵家の皆さまの分のゼリーを作ることになった私は、厨房の皆さんに、味見がしたいです、と言われ彼らの分も作ることとなり、更には噂を聞きつけた侍女の皆さんや侍従の皆さんにも、大きな型で作ってくだされば切り分けますので!と言われ、最終的に、たくさんのお客さまを招いてのお茶会の用意をするが如くの量のゼリー液を作ることとなった。
「うーん、いい香り」
「ローズマリー様は、魔力の扱いも完璧なのですね」
すべての型にゼリー液を入れ、魔法でゼリーを冷やしていると、カメリアさまが幸せそうに大きく息を吸われ、料理長さんはそう言って冷やされていくゼリーを感慨深く見つめている。
「ありがとうございます。ご用の際は、呼んでくださいませ」
少し悪戯っぽく言えば、カメリアさまが、ふふふ、と楽しそうにお笑いになった。
「そんなこと言っていると、本当に呼ばれてしまうわよ、ローズマリー。食に関しては、本当に貪欲に追及するから」
「ええ。お約束いただきましたからね。お呼びする気満々です」
「もう、トムったら。ローズマリーは、次期公爵夫人なのよ?」
「それは、もちろん心得ております」
昨日、厨房へ初めて来たときから思うことだけれど、こちらではロータスお義母さまやカメリアさまが来るのは珍しくないのか、畏まった雰囲気は皆無で、料理長さんも他の皆さんも、そこまで緊張されていないように見える。
それは、他の侍女さんや侍従さんも同じで、私はウェスト家の皆さまが使用人の皆さんを大切にしているのを強く感じた。
そういう雰囲気はポーレット家と似ていて、私もすぐに馴染めそうだと安堵する。
「ね、ローズマリー。そろそろいいのではなくて?」
「はい。いいと思います」
そんな会話をしているうちにゼリーが固まり、私は皆さんに手伝ってもらいながら、それらを型から外していく。
「なんだか楽しいわ!でも、クリームを絞るのは遠慮するわね」
これならわたくしにも出来る、と嬉々として型からゼリーを外していってくださったカメリアさまは、けれどクリームを絞る段階になると、再び応援、と椅子に座ってしまう。
「ひと口サイズのゼリーを、このように盛りつけるのは初めてです」
小皿にひとつずつ盛りつけられた小さなゼリー。
そこにひとつずつ丁寧にクリームを施していると、料理長が感慨深そうにそう言った。
「わたくしもよ」
確かにひと口ゼリーをこのように個別で盛りつけるのは初めて、と思った私は、このゼリーが、土地神さま、精霊さんたち、そして私たち人間の合同お茶会用のものならもっと素敵なのに、と少しだけ残念に思った。
「できました!」
やがて私はすべてのゼリーにクリームを乗せ終わり、満足の気持ちでテーブルを見つめる。
普通サイズのゼリーや、ひと口サイズのゼリーにはもちろん、切り分ける用のゼリーもクリームで飾ってある。
「ローズマリー。そろそろ完成だって?・・・と、おお。壮観だね」
これなら大丈夫だろうと安堵の息を吐いていると、パトリックさまが厨房に入って来られ、目を瞠られた。
見ればその後ろに、フレッドお義父さまとロータスお義母さまの姿も見える。
「まあ、可愛らしい仕上がりね。お疲れ様、ローズマリー」
「ロータスお義母さま。ありがとうございます」
「もう。わたくしだけの時は、お義母様と呼んでちょうだいと言ったでしょう?」
少し拗ねたように言うロータスお義母さまが可愛くて、私はほっこり見つめてしまう。
それから数を確認して、私は、土地神さまと精霊さんの分以外は保存庫に入れてもらえるようお願いをした。
こうしておけば、お城の皆さんはそれぞれの休憩の時に食べられると思う。
因みにこちらには、魔石を用いたとても大きな保冷庫があった。
流石パトリックさまのご実家。
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