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82.続 スペシャルメニュウは<肉と魚が野菜の森で踊る>なのです。
しおりを挟む「ちょっとローズマリー!なにそんなところでテーブルに懐いてんのよ!今日はあたしがパトリックとランチデートだ、って言ったでしょ!」
ばたばたと聞こえた足音は激烈桃色さんだったらしく、テーブル脇で勢いよく叫んでいるけれど、絶賛脳内お花畑状態で、しかもこれまで以上に絶好調でお花が咲き乱れている私には、まともな思考回路などあるわけもなく。
「マークルさん。午前の授業、いらっしゃいませんでしたよね。朝、教室とは違う方向へ走って行かれたので、もしや、とは思っていたのですが。何かご用事が?」
と、朝から気になっていたことを口にしてしまった。
それでも何とか机から復帰し、令嬢らしい座り方でマークルさんに向き合ったことは褒めて欲しいと思う。
「あんた馬鹿なの!?用事なんてあるわけないでしょ!ただ授業なんてつまんないし退屈だからさぼっただけよ!てかローズマリー、あたしの話ししたこと聞いてた!?ほんっとにのほほん大王なんだから!」
「のほほん大王」
それは、私が心のなかでは勝手に激烈桃色さんと呼んでいるようなものかしら、と思っていると、激烈桃色さんが、びしっ、と扉に向かって指をさした。
「とにかく席立って、ここから消えて!お帰りはあちらよ、ローズマリー!パトリックはあたしとランチデートするんだから!」
強く言われ睨みつけられて怯みそうになるけれど、私は唇を、きゅ、と結んで押し留まる。
「席を譲れ、と言うのならそうしますけれど、パトリックさまとランチデートするのは、わたくしですわ、マークルさん」
「なっ」
「ローズマリー!」
言った瞬間、激烈桃色さんが何を言うより早くパトリックさまが嬉しそうに私を呼んだ、だけでなくテーブルの上で私の手をぎゅう、っと握り締めた。
その目は先ほどよりも更に輝いて私を見つめていて、私も引き込まれるように見つめ返してしまう。
「ちょっと!なにふたりでいちゃついてんのよ!」
「ああ。さっきはとびきり可愛いローズマリー、そして今度は凛々しいローズマリー。で、どちらのローズマリーも僕を好き、ってことで。ああ、本当に凄いご褒美だよ、ローズマリー。僕もローズマリーが大好きだよ」
「ぱ、パトリックさま。こちら食堂ですわ。皆さまの目が」
はっと我に返った私は、慌てて辺りを見回した。
テラスは食堂内よりも席数が少ない、とはいえそれなりの数。
そして今日は人気のメニュウのため、もう既に席は埋まっている状態。
そんな場所で、声はさほど大きくないものの、テーブルの上で手を繋ぎ合って見つめ合い、何かを熱心に語っている、というのは充分に注目を集めるもの、と思い周りを見てみるも、今日のテラスは何故かふたりでテーブルに着いている人たちばかり。
しかも、仲良く手を握り合っている人たち、額を寄せ合って語り合っている人たちも結構いて、パトリックさまの行動が特別目立つ、ということはなくて安心した。
むしろ、皆さん私たちのテーブル脇に注目しているよう、と不思議に思い視線を動かして、私はそこで漸く激烈桃色さんの存在を思い出した。
「ちょっと!聞いてんの!?ローズマリー!」
「すみません。パトリックさまに夢中になっていました」
そして、するりと出てしまった素直な言葉。
自分でも、かなりひどいと思う、と反省していると。
「君こそ、今朝の僕の話を聞いていなかったのか?マークル嬢」
静かな声と共にカーライルさま、風紀委員の副委員長さんが現れた。
「またあんたなの!?」
「さあ、行こう。指導教官がお待ちだ」
睨みつける激烈桃色さんの視線も気にならない様子で、副委員長さんが言う。
「あの。カーライルさまも、お昼休憩なのではありませんか?」
お昼休憩にまで迷惑をかけては、と私が言えば副委員長さんがにっこりと笑った。
「僕は今日午後の授業が無いので、婚約者と街でデートの予定なのです。約束の時間にも間に合いますから、大丈夫ですよ。ご心配ありがとうございます、ポーレット嬢」
そんなカーライルさまに、激烈桃色さんが不満の声をあげる。
「ちょっと!なんでローズマリーには優しいのよ!?」
「僕は基本、紳士だ」
「どこがよ!」
「では、失礼します。ウェスト公子息、ポーレット嬢。皆さんも、お騒がせしました。これは回収していきますので、楽しい時間をお過ごしください」
叫び藻掻く激烈桃色さんを、これ、と呼び、荷物のように脇に抱えて、副委員長さんが去って行く。
「ちょっと何すんの!放しなさいよ!」
暴れる激烈桃色さんの動きを封じ、楽々と歩いて行く副委員長さん。
その体躯は、細いと言ってもいいほどなのに、とても力強い。
「凄いです」
「うん。かなり鍛えているのだとは思うよ」
「パトリックさま?」
その言い方が何処か引っかかって、問うようにパトリックさまを見れば、そのはしばみ色の瞳が、じっと私を見つめていた。
「ローズマリー。先ほど、騎士団を見学したい、と言おうとしていたよね?僕としては、王都駐在の騎士団でも、領都の騎士団本部でも、好きに見学してもらっていい、と思っていたのだけれど、少し心配になってしまったよ」
「心配?何がですか?」
特殊な訓練を見学させることはなくとも、普通の訓練なら見学させる場所があるはずだけれど、ウェスト公爵家の騎士団には無いのかしら。
でも、それでは心配ということにはならないわね。
では、私が信用できない、というのかしら。
でも、最初は見学させてもいい、と思ってくれていたみたいだから、信用できない、ということはないわよね。
と、不思議に思い首を傾げる私に、パトリックさまは真剣な表情で言葉を続ける。
「心配なのは、ローズマリーが見学に来て、僕ではない人間に夢中になってしまうかも知れないこと」
けれどその言葉を聞いて、私は心底驚いてしまう。
「パトリックさま以外の方に、わたくしが夢中になるなど有り得ません」
すぐに否定するも、パトリックさまの憂える瞳は変わらない。
「でも先ほど、副委員長を格好いいと思ったよね。逞しい、と」
「それは確かに思いましたけれど」
言えばパトリックさまの目が細くなった。
「思ったんだ」
「ですが、パトリックさま以上、などということはありません。わたくしには、パトリックさまが一番です」
信じて欲しくて、私もじっとパトリックさまを見つめる。
「本当に?」
「本当です。わたくしが見学したいのは、パトリックさまがいらっしゃるからです」
「僕のことだけが、好き?」
「もちろんです。他の方など。そのようなことを疑われることが、心外です」
少しむっとして言ってしまったのに、その瞬間、パトリックさまはそれはそれは嬉しそうに、にっこりと明るい笑顔になった。
「あ!また、からかいましたね!?」
また、引っかかってしまった、と私は思わず頬を膨らませてしまう。
「からかってなんていない。本当に嬉しいだけで。僕も、ローズマリーだけが好きだよ」
楽しそうに笑い、身を乗り出して私の頬をつつくパトリックさまを恨みがましい目で見ていると、すぐ近くでいい匂いがして、料理が運ばれて来た。
「わあ。すごくおいしそうです」
途端、私はその料理に意識を奪われ、一瞬で笑顔になってしまう。
我ながら単純だと思わずにはいられないけれど、おいしそうなものはおいしそうなので、仕方がないと思うことにする。
「うん。流石人気のメニュウだね。とても美味しそうだ」
そしてパトリックさまもそう言って目を輝かせているので、尚のこと、それでいい、という判断とした。
食は活動の原点なのだから、というのは、単純と関係ないでしょうか。
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