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77.続 ブロッコリーの君、は。
しおりを挟む「今日は見事な女主人ぶりだったね。とても素敵だったよ、ローズマリー。でも誰が来るのか分からず、気持ち的にも大変だったんじゃないか?『驚かせたいから』なんていう理由だったんだよ。俺も口留めされていて、教えられなくてごめんね。本当にお疲れ様」
それぞれひとり掛けのソファに座りコーヒーの香りを楽しんでいると、パトリックさまがそう声を掛けてくれる。
「いいえ、私は何も。皆さまとお会い出来て嬉しかったですし。それに、皆さまが本当にテオとクリアのことを考えてくださっていて、感激しました」
聖獣のこととか初代国王との関係など、私には驚くこともたくさんあったけれど、お父さまとお兄さまを始め、心強い皆さまが味方だと実感出来て本当に安心した。
「うん。みんな味方だから、安心していいよ。もちろん、俺を一番頼って欲しいけれどね」
「もちろんです。誰より頼りにしています」
パトリックさまの言葉に、当然、と頷けば、パトリックさまは驚いたように目を瞠る。
「そんなに真っ直ぐ言われると、何というか、こう。頼って信じて欲しいけれど、危機感も持って欲しい、というか、もっと男として意識して欲しいというか。こんなに委ねられると却って罪悪感が。でも、凄く嬉しいし可愛い」
そして何かを口のなかで呟かれた後、立ち上がり私の元まで来たパトリックさまは、ひょい、と私をソファから立たせて自分がそこに座り、また、ひょい、と私を抱きあげて自分の膝に座らせてしまった。
その時間、ごく僅か。
私は何が起こったのか分からないうちに、パトリックさまの膝の上にいた。
「あの、パトリックさま」
「なんだい?ローズマリー」
私を膝に乗せたパトリックさまはとても幸せそうで、下ろして欲しい、と言うのも憚られるし、パトリックさまの膝の上は、最早私にとって定位置で安心できる場所なので、無理に下りようとも思えない。
というわけで、私はそのままの状態で話し続けた。
「魔力測定の水晶玉のこと。本当にありがとうございます」
「ああ、あれか」
私は本当に申し訳なく感謝しているのに、パトリックさまは大したことではないとカップに口を付ける。
「はい。あの理由であれば、先方にもご納得いただけると思うので」
魔力値がとても高いことで知られる、パトリックさまとウィリアム。
その合計値なら水晶玉も壊れるだろう、と誰もが納得すると思う。
「うん。周りは納得すると思うよ。『ああ。あの人達なら、そういうことしそうだ』ってね」
けれどパトリックさまは、私が思っていることとは違うことを言って笑った。
「『あの人たちなら』ですか?」
不思議に思って首を傾げると、パトリックさまは楽し気に私の髪をくるくると指で巻く。
「うん、そう。まず普通の人は、魔力の合計値なんて測ろうとしないからね。それを、あの人達ならやるだろう、って言われる素地がある、ってことだよ」
「実験好き、ということですか?」
「『前例が無いことでも、目的のためなら貫き実行する』と言われているけれど、実際は、楽しそうなことなら何でもやってみる、ってだけなんだよね。でも今回の水晶玉のことも、何か重要且つ機密性の高い実験、とか言われて終わると思うよ」
パトリックさまの言葉に、私はテオとクリアがもたらした、あの結果を思い返す。
「重要かつ機密性、ですか。確かに、秘密にしたいことに使わせていただいたのは事実なので。皆さまのご迷惑にならないか心配ですし、申し訳なくて」
「テオとクリアのことは確かに機密性が高いし重要だけど、それは各家の事情もあってのことだから、ローズマリーが申し訳なく思うことはないよ」
「それは。そのように伺いましたが」
言いつつ、自分でも眉が下がるのが分かる。
しつこくするのも違うと思うけれど、どうしても巻き込んでしまったという思いが抜けない。
「大丈夫。あの人達に任せておけば心配いらない。伊達に、敏腕だの、冷血だの、氷のだの言われているわけではないからね」
私の不安を払拭するように、パトリックさまが指で私の額をとんとんする。
「それよりもローズマリー。連絡蝶を飛ばすのがうまくなったね。移動中の俺のところに、ちゃんと飛んで来たよ」
「ありがとうございます。けれど、パトリックさまの”本気の連絡蝶”は本当に凄い、とウィリアムから聞きました」
パトリックさまに褒められて、私は嬉しくパトリックさまを見た。
「俺の本気の連絡蝶?」
「はい。本来の連絡蝶より格段に機密保持に長けているとか」
あの優秀なウィリアムが感嘆してしまうほどに凄い、と言っていた連絡蝶を想像して、どきどきしながら言ったのにパトリックさまは何とも気の抜けた顔をする。
「ああ、あれか。テオとクリアのことについて連絡するときは、万が一にも第三者に見られるわけにはいかないからね。関係者以外が見ようとしても、文字として判別できないようになっているし、魔法で解析しようとしてもできないように操作してあるだけだよ」
パトリックさまは事もなげに言うけれど、絶対”だけ”などというレベルの話ではないと思う。
「お父さまたちも褒めていらっしゃいました。大したものだ、と。私まで嬉しかったです」
パトリックさまの凄さは、たくさんの人が感じていることだと知ってはいるけれど、実際にこの耳で聞くと本当に嬉しい。
「ローズマリーがそう言ってくれるのが、俺は嬉しいのだけれど。ね、ローズマリー。そんな風に言ってくれるなら、俺にご褒美をくれない?」
にこにこと言われて、私は一も二も無く頷いた。
今回のテオとクリアのことでは本当にお世話になったので、私もパトリックさまに何かお礼がしたいと思う。
「はい。私に出来ることなら」
「ありがとう。それなら、週明けのランチ、食堂のスペシャルメニュウを俺とふたりだけのテーブルで一緒に食べてくれる?」
「もちろんいいですけれど、それはパトリックさまのご褒美になりますか?私も嬉しいことなのですけれど」
食堂のスペシャルメニュウ。
いつもランチはパトリックさまと一緒だけれど、スペシャルメニュウを一緒に食べるのは初めてだし、何か特別な感じがして、すごくわくわくしてしまう。
けれど、それがパトリックさまへのご褒美でいいのかな、とも思ってしまう。
「もちろん、なるよ。じゃあ、約束だからね。絶対ふたりきりで食べようね。他の人間の同席は許さないよ?」
「はい。例えリリーさまに同席をご提案されても、お断りします」
これ以上の確約は無い、と思われるリリーさま案件を提示すれば、パトリックさまは嬉しそうに頷いてくれた。
「楽しみだ、凄く」
にこにこと言うパトリックさまを見ていて、私はふと激烈桃色さんを思い出した。
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