76 / 136
76.ブロッコリーの君、は。
しおりを挟む「まあ。マーガレット。パトリックさまがこれからもう一度、今度はおひとりだけでいらっしゃるのですって」
『ローズマリー!今日は会えてほんっとうに嬉しかった!また会えるのを楽しみにしているよ!すぐに、本当にすぐに会おうね!』
名残惜しそうに私を抱き締めて離さないお父さま越しに、このような体勢で失礼します、申し訳ありません、と謝りながらも何とか皆さまとお別れの挨拶をし、転移なされるのを見送ってしばらく。
私の元へ、連絡蝶が飛んで来た。
紅に美しく複雑な茶色の模様があるそれは、ひと目でパトリックさまのものと知れる。
パトリックさまが私に連絡をくださるだけでも嬉しいのに、そこにあったのは『今日、これからもう一度、俺だけで訪ねてもいいか』という問い合わせで。
私は、もちろんすぐに承諾の連絡蝶を飛ばして、マーガレットにその旨を伝えた。
「柘榴色に、はしばみ色の精緻な模様。あの美しい連絡蝶を見るたびに、ウェスト様のお嬢様へのお気持ちの強さを感じます」
マーガレットは嬉しそうにパトリックさまの連絡蝶を見つめ私に微笑んで、今度はふたり用のお茶の支度をしてくれる。
パトリックさまの連絡蝶の色である、紅に茶、というのが私の色を表しているのだと言うマーガレットは意識過剰だと思うけれど、それも私を想ってのことだと思うと嬉しい。
「ねえ、マーガレット。今度は、コーヒーをお淹れしましょうか」
初めてパトリックさまにホットビスケットをふるまった時、コーヒーもおいしそうに召し上がっていたことを思い出し私がそう提案すると、マーガレットはすぐに賛成してそちらも用意してくれた。
「素晴らしいお気遣いだと思います」
「先ほどは紅茶だったから。それと、わたくしが淹れてもかまわない?」
「お嬢様が手ずからお淹れになれば、更にお喜びになられましょう。おふたりだけですし、よろしいかと思います」
にこにこと言われて私がワゴンでコーヒーを淹れる準備をしていると、廊下側の扉付近が再び淡く光り、パトリックさまがいらっしゃった。
実はこの淡い光、転移に絶対に伴うものではないのだそうで、普段は転移先が光ったりしないらしいのだけれど、私の部屋へ来るときは、いきなり人が立っていても驚くだろう、というパトリックさまの配慮で、到着より一瞬早く到着地点を淡く光らせて、来訪を告げてくださっている、ということを先ほどお兄さまから伺った。
ならばすぐにお礼を、と思う私にお兄さまは悪戯っぽく笑って『いいんだよ、そういうことは心のなかで感謝しておけば。何か機会があったときに、いつもありがとう、と告げてごらん。ローズマリーに知られていた、と知ってきっと驚くから』とおっしゃっていた。
『だからそれまでは黙っていた方がいいんだよ。色々面白くもあるし』とおっしゃるお兄さまの言葉の意味はよく分からないけれど、パトリックさまが私に内緒にしていたいのなら黙っていた方がいいのかな、とか、確かにその度にお礼を言っても重くなってしまうかな、と思い、その機会が来るまでは心のなかでお礼を言うことにした。
パトリックさま。
お心遣い、ありがとうございます。
気持ちだけはいつも、感謝を忘れずに。
「ローズマリー。何度もごめんね」
そうして私が扉の方へと歩き出すと同時、パトリックさまも私へと歩いて来てふたり正面で向き合う形で挨拶を交わす。
「大丈夫です。パトリックさまこそ、お疲れではありませんか?」
幾度も転移をして疲れているのでは、と私はパトリックさまの顔、特に目元を見てしまうけれど、特に疲労の色は無い。
「まったく問題無いよ。あの人数だし、それぞれの家が特別遠いということもないし」
さらりと言われたパトリックさまの言葉に、私は目を見開いた。
「あの。もしかしてそれは、おひとりずつご自宅までお送りした、ということですか?もしかしてお迎えも?」
「うん、そうだよ。まとめて王宮、とかでもよかったんだけど、一応あの人達も今日は休暇だからね。来るときはウィルトシャー級長を一番に迎えに行って、それからポーレット侯爵の邸、ウィルトシャー侯爵の邸、最後がうち、で、帰りは息子であるウィルトシャー級長の部屋を見たい、という侯爵の要望で、最初にウィルトシャー級長の部屋へ行って、そこからまた順に」
何でもないことのように言うパトリックさまだけれど、それが出来るのはパトリックさまだからだと思う。
それに、皆さまが今日は休暇である、ということにもさり気なく配慮している。
「お疲れさまでした。私とテオ、クリアのことで皆さまにご足労いただいたのに、パトリックさまにご配慮までしていただいてしまって。感謝しております」
心から言って、私は丹念にコーヒーを落とす。
「そんな他人行儀に言われると、”加算”って言いたくなるな。俺は、ローズマリーのことなら、自分のことと同じかそれ以上だと思っているから。ん?それとも、言われたい?”加算”」
可笑しみを込めた瞳で言いながら、パトリックさまが私の頬を、ちょん、とつつく。
「い、言われたくないです!あ、でも、最近は”加算”がたくさんあった方が、後の私は嬉しかったりするのかも、と思ったりもします、が!まだちょっと早いので!でも今日のことは本当に感謝しています。皆さまの休暇のことまでお気遣いいただいてありがとうございました」
「え?『後の私は嬉しかったりするのかも』って。それってつまり、そういうこと?え?本当に?都合のいい幻聴だったりしない?」
勢い込んで言った私に驚いたのか、パトリックさまが何かを呟いているけれど、私はそれを聞き直す勇気もパトリックさまを見る勇気もなく、ひたすらにコーヒーを落とすことに専念する。
「いい香りだ」
やがて落ち着いたらしいパトリックさまが大きく息を吸い、リラックスした様子で私の手元を覗き込んで来た。
「お茶は、先ほどもお出ししましたので」
「ローズマリーが淹れてくれるコーヒー、しかも淹れたて。楽しみだ」
「上手に淹れられているといいのですが」
本当にわくわくした様子がパトリックさまから伝わって、私は自信無くそう言ってしまう。
紅茶は、子どもの頃からかなり練習したのでそれなりに自信があるけれど、コーヒーとなるとまた勝手が違う。
「こんなにいい香りなのだから、おいしいに決まっているよ」
こんなにいい香りなのだから。
パトリックさまの、こういうところをすごく好きだと思う。
ローズマリーが淹れたから、と言われるのも嬉しいけれど、今日のような場合は、コーヒーの香りがいいからきっと、という具体的な言葉をくれるのがもっと嬉しい。
パトリックさまの言葉には、心がある。
コーヒーを淹れながら、私はしみじみとそう感じていた。
0
お気に入りに追加
246
あなたにおすすめの小説
見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!
すな子
恋愛
ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。
現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!
それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。
───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの?
********
できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。
また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。
☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。
悪役令嬢だと気づいたので、破滅エンドの回避に入りたいと思います!
飛鳥井 真理
恋愛
入園式初日に、この世界が乙女ゲームであることに気づいてしまったカーティス公爵家のヴィヴィアン。ヒロインが成り上がる為の踏み台にされる悪役令嬢ポジなんて冗談ではありません。早速、回避させていただきます!
※ストックが無くなりましたので、不定期更新になります。
※連載中も随時、加筆・修正をしていきますが、よろしくお願い致します。
※ カクヨム様にも、ほぼ同時掲載しております。
貴族としては欠陥品悪役令嬢はその世界が乙女ゲームの世界だと気づいていない
白雲八鈴
恋愛
(ショートショートから一話目も含め、加筆しております)
「ヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢!貴様との婚約は破棄とする!」
私の名前が呼ばれ婚約破棄を言い渡されました。
····あの?そもそもキラキラ王子の婚約者は私ではありませんわ。
しかし、キラキラ王子の後ろに隠れてるピンクの髪の少女は、目が痛くなるほどショッキングピンクですわね。
もしかして、なんたら男爵令嬢と言うのはその少女の事を言っています?私、会ったこともない人のことを言われても困りますわ。
*n番煎じの悪役令嬢モノです?
*誤字脱字はいつもどおりです。見直してはいるものの、すみません。
*不快感を感じられた読者様はそのまま閉じていただくことをお勧めします。
加筆によりR15指定をさせていただきます。
*2022/06/07.大幅に加筆しました。
一話目も加筆をしております。
ですので、一話の文字数がまばらにになっております。
*小説家になろう様で
2022/06/01日間総合13位、日間恋愛異世界転生1位の評価をいただきました。色々あり、その経緯で大幅加筆になっております。
魔性の悪役令嬢らしいですが、男性が苦手なのでご期待にそえません!
蒼乃ロゼ
恋愛
「リュミネーヴァ様は、いろんな殿方とご経験のある、魔性の女でいらっしゃいますから!」
「「……は?」」
どうやら原作では魔性の女だったらしい、リュミネーヴァ。
しかし彼女の中身は、前世でストーカーに命を絶たれ、乙女ゲーム『光が世界を満たすまで』通称ヒカミタの世界に転生してきた人物。
前世での最期の記憶から、男性が苦手。
初めは男性を目にするだけでも体が震えるありさま。
リュミネーヴァが具体的にどんな悪行をするのか分からず、ただ自分として、在るがままを生きてきた。
当然、物語が原作どおりにいくはずもなく。
おまけに実は、本編前にあたる時期からフラグを折っていて……?
攻略キャラを全力回避していたら、魔性違いで謎のキャラから溺愛モードが始まるお話。
ファンタジー要素も多めです。
※なろう様にも掲載中
※短編【転生先は『乙女ゲーでしょ』~】の元ネタです。どちらを先に読んでもお話は分かりますので、ご安心ください。
悪役令嬢予定でしたが、無言でいたら、ヒロインがいつの間にか居なくなっていました
toyjoy11
恋愛
題名通りの内容。
一応、TSですが、主人公は元から性的思考がありませんので、問題無いと思います。
主人公、リース・マグノイア公爵令嬢は前世から寡黙な人物だった。その為、初っぱなの王子との喧嘩イベントをスルー。たった、それだけしか彼女はしていないのだが、自他共に関連する乙女ゲームや18禁ゲームのフラグがボキボキ折れまくった話。
完結済。ハッピーエンドです。
8/2からは閑話を書けたときに追加します。
ランクインさせて頂き、本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
お読み頂き本当にありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ
応援、アドバイス、感想、お気に入り、しおり登録等とても有り難いです。
12/9の9時の投稿で一応完結と致します。
更新、お待たせして申し訳ありません。後は、落ち着いたら投稿します。
ありがとうございました!
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか〜
ひろのひまり
恋愛
生まれ変わったらそこは異世界だった。
沢山の魔力に助けられ生まれてこれた主人公リリィ。彼女がこれから生きる世界は所謂乙女ゲームと呼ばれるファンタジーな世界である。
だが、彼女はそんな情報を知るよしもなく、ただ普通に過ごしているだけだった。が、何故か無関係なはずなのに乙女ゲーム関係者達、攻略対象者、悪役令嬢等を無自覚に誑かせて関わってしまうというお話です。
モブなのに魔法チート。
転生者なのにモブのド素人。
ゲームの始まりまでに時間がかかると思います。
異世界転生書いてみたくて書いてみました。
投稿はゆっくりになると思います。
本当のタイトルは
乙女ゲームに転生したらしい私の人生は全くの無関係な筈なのに何故か無自覚に巻き込まれる運命らしい〜乙女ゲーやった事ないんですが大丈夫でしょうか?〜
文字数オーバーで少しだけ変えています。
なろう様、ツギクル様にも掲載しています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
乙女ゲームの悪役令嬢は生れかわる
レラン
恋愛
前世でプレーした。乙女ゲーム内に召喚転生させられた主人公。
すでに危機的状況の悪役令嬢に転生してしまい、ゲームに関わらないようにしていると、まさかのチート発覚!?
私は平穏な暮らしを求めただけだっだのに‥‥ふふふ‥‥‥チートがあるなら最大限活用してやる!!
そう意気込みのやりたい放題の、元悪役令嬢の日常。
⚠︎語彙力崩壊してます⚠︎
⚠︎誤字多発です⚠︎
⚠︎話の内容が薄っぺらです⚠︎
⚠︎ざまぁは、結構後になってしまいます⚠︎
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる