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73.続 可愛いは増殖します。
しおりを挟む聖獣のことももちろん不思議だし、リリーさまとアーサーさまにお話ししてはいけないという理由も気になる。
リリーさまもアーサーさまもとても聡明な方で、何かを無闇に騒ぎ立てたりする方たちではないから、今回のテオとクリアのことだって、私に不利になるようなことをなさるとは思えない。
そしてそれは、ここに居る皆さまも思っておられるだろうこと。
それなのに、おふたりにも秘密にしなければならないという。
その理由を理解するため、一言一句聞き逃すまいと私は耳をすます。
「まず。ここに居る我ら三家が、この国創生の頃より在る、というのは知っているか?ローズマリー嬢」
ウェスト公爵に問われ、私は頷いた。
「はい。初代国王陛下と共に、近隣を平定した家だと聞いております」
「では、建国の英雄譚における聖獣とは?」
「初代国王陛下の英雄たるお力を語るために登場するもので、実在はしなかった、と記憶しております」
「実はな。それは偽りなのだ」
「え?」
偽り?
建国の英雄譚が?
不確かな伝説とは違い、初代国王も、我が家や他家の始祖も実在の人物。
それなのに、国民に広く語られているその英雄譚が偽り、というのはどういうことなのか。
誇張されている、のではなく偽り。
その言葉に驚くも、そうおっしゃられたウィルトシャー侯爵の瞳が、深い悲しみを湛えていて口を挟むことは憚られる。
「ローズマリー。ウェスト公爵家、ウィルトシャー侯爵家、そして我がポーレット侯爵家には、代々秘匿されて来た共通の伝承がある。それは、初代国王と聖獣に関することだ」
先ほどまで確かに有していた、娘である私への甘さも、友人たちに対する気安さも排除したお父さまが、真剣な瞳で私を見た。
「初代国王陛下と聖獣に関する、伝承」
思わず鸚鵡返しに言った私に、お父さまばかりでなく、お兄さまもパトリックさまもウィリアムも、それからウェスト公爵もウィルトシャー侯爵も、ゆっくりと頷きを返してくれる。
私を見つめているのは、嘘偽りの無い皆さまの瞳。
そうして皆さまが話ししてくださった伝承は、初代国王陛下が聖獣を利用するだけ利用して存在を無いものとしたという、私にとってとても衝撃的なものだった。
テオとクリアが、そんな扱いをされたなんて。
私は、じゃれあって楽しそうに遊んでいるテオをクリアを見て、何とも哀しい気持ちになる。
「それでは、あの。テオとクリアの姿が伝承の聖獣と異なるのは、その時の。その、初代国王陛下がなされたことと関係があるのでしょうか?」
伝承の聖獣は<軍馬の体躯に美しい両翼を持ち、額には見事な一角を有す>とあるとのことなのに、テオとクリアはどう見ても仔犬サイズだし、翼も角も有してはいない。
「確かに、それは謎だよな。初代国王に無理強いされたことによって姿を保てなくなり再生した、もしくは生まれ変わった、とかなのか?」
私の言葉にウィリアムも同意し、皆さまも小さく唸って黙ってしまわれた。
「いや、少し待て。ローズマリー。以前、テオとクリアが何を食べるのか、という話をしたとき、不思議なことを言っていたよな。ローズマリーが作った物、もしくは手を掛けた物なら何でも大丈夫で、少しの間なら食べなくとも大丈夫、だけれど大きくなれない、だったか?」
「はい、その通りです。長い間食べないと力がなくなって大きくもなれない、と言っていました。成長できない、という意味なのかとも思いましたが、ニュアンスが少し違うような気がして、わたくしも不思議だったのです」
パトリックさまの言葉に私が頷くと、皆さまは揃って考え込まれる。
「それはつまり。食事にはローズマリー嬢の魔力が付加されていることが必須で、それを摂取することにより力を蓄える、ということか?」
「では、今は力を失っている状態で、このままローズマリー嬢が共に在れば、力を蓄え本来の姿に戻ると?」
皆さまはそこまで仮定を立てると、顔を見合わせた。
けれどその表情は、揃って何故かとても愉快そうに綻んでいる。
え?
どうして?
テオとクリアのことを、秘密に出来なくなる。
深刻なことを話ししていらっしゃるはずなのに、お父さまもウェスト公爵もウィルトシャー侯爵もとても楽しそうで、今にも声を立てて笑い出すのではと思うほど。
「聖獣の本来の姿、か。そうなれば、王家にもどこにも秘密にはできなくなるだろうな」
「まあ、出来る限り秘密にすればいいだろう。ばれたらばれた時だ」
お父さまたちはそう言って笑うけれど、私は不安だった。
テオとクリア。
普通ではない方法で訪れた、暗く淀んだ森で囚われていて、不思議なこともたくさんあって。
だから、普通の仔犬ではないのだろう、とは思っていた。
それでもいいから、可愛がって一緒に暮らそうと決めてもいたし、その気持ちは今も変わらない。
けれど。
「聖獣だったなんて。王家に狙われてしまうかもしれないなんて」
「くうん」
「くうん」
テオとクリアが傷つけられるなんて考えただけで耐えられなくて、思わず呟いてしまったら、そんな私を案ずるようにテオとクリアが身体を擦り寄せて来た。
「テオ。クリア」
小さくて温かい、大切な存在。
絶対に守りたいと思いつつ、でも私にはどうしたらいいのかも分からなくて、混乱したままテオとクリアを撫でていると、私の頭をお兄さまが優しく撫でた。
「確かに、存在を知られれば王家に狙われるのは確実だと思うよ。王家は、初代国王が聖獣にしたことを隠しておきたいだろうからね」
「力を借りておきながら、その力を自分のもののように語るとは何とも情けない。そのうえ、歪めた事実を広く伝えようなどと」
お兄さまの言葉に、ウィリアムも憤慨した様子で頷く。
「もし真実が国民へ明らかにされれば、その伝承を残して来た我ら各家も王家の標的になるだろうな」
「王家にとっては、醜聞以外の何物でもないからな」
「まあ、今まではそのような心配がなかったわけだが、今回、聖獣が現れた。もしこのままローズマリー嬢が加護を得るようなことになれば、王家は全力で潰しにかかるだろう」
ウェスト公爵とお父さまの言葉に、ウィルトシャー侯爵が頷き続けた。
そんなお三人を順繰りに見ていた私の両肩にお父さまが手を置き、じっと瞳を覗き込んでくる。
「だからね、ローズマリー。このことは出来得る限り秘密にしなければならない。特に王家と、それに連なるものに対して」
「王家と、それに連なるもの」
私にとって一番身近な王家の方はアーサーさま。
そして、アーサーさまのご婚約者でいらっしゃるリリーさまは、王家に連なる者。
「判るね、ローズマリー。これはもう、お前だけの問題ではないのだ」
お父さまの言葉に、私は決意を込めて頷いた。
もし私が迂闊なことをすれば当然、お父さま、お兄さまを始め、パトリックさまやウィリアム、ウェスト公爵、ウィルトシャー侯爵にも迷惑がかかる。
それのみならず、連綿と秘密を繋いで来た家々の皆さま、分家や寄子の皆さま、果てはその領民の方たちにまで塁は及ぶかもしれない。
「決して迂闊な行動は取らないと、固くお約束いたします」
絶対に、連座の憂き目などみないように、と立ち上がり、決意を込めて正式な礼を執れば、皆さまも深刻な表情で頷いてくれた。
「だがまあ、それほど深刻にならずとも良いよ、ローズマリー嬢」
「ああ。聖獣もローズマリーも、私達が必ず守る」
「サイラスとフレッド、それに私が揃ったんだ。無敵だよ、ローズマリー。お父様達をどーんと頼ればいい」
ウェスト公爵、ウィルトシャー侯爵とお父さまが、そう言って笑みを浮かべる。
ええと、なんでしょう。
私を安心させてくれるための笑み、と分かってはいるのですが、何というか少し黒いような。
「経済とか軍備とか、その他各方面でも。結束したこの三家を敵に回そうなんて無謀な家は、例え王家でもないから大丈夫だよ、ローズマリー。というか、この三家を相手に戦うなんて絶対に無理だから」
何となく寒いものを感じていると、お兄さまがそう言って肩を叩いてくれた。
大好きなお兄さまの手に安心するけれど、お兄さまの笑みも黒い、ような。
「それにしても。聖獣と初代国王の真実、なんて、始祖の愚痴というか、ただの王家への反感のような物だと思っていたのに、本物の聖獣と巡り会う日が来るなんてなあ」
再び鋭さを消し去ったお父さまが、テオとクリアをもふもふと撫でながら言えば。
「あの血の滲むような始祖の文言を読んで、そのような呑気な感想を持つのはお前くらいだ、アーネスト」
ウィルトシャー侯爵が、呆れたような声を出し。
「まあまあ、サイラス。アーネストなんだから」
ウェスト公爵が、笑顔で締め括った。
何というか、おふたりのお父さまに対する扱いが、やはり雑なような気がするけれど、それも親しいからこそなのか、と納得もする。
そして。
「今のあの三人の緩んだ表情をそれぞれの部下が見たら、驚愕に目を見開いたまま閉じられなくなりそうだな」
「敏腕だの、冷血だの、氷の、だのと言われている三人だからな」
テオとクリアと楽しそうに戯れるお三人を、パトリックさまとウィリアムは、半ば呆れたように見つめ、ため息を吐いた。
お父さまは宰相、ウェスト公爵は財務大臣、ウィルトシャー侯爵は外務大臣。
確かに役職だけで考えると、とても堅苦しいけれど。
なんだか、可愛いです。
今、お三人で一緒にテオとクリアと戯れる姿は可愛いとも見えて、それでいて、とても頼もしくもあって。
私は、いつのまにか安心しきって、無邪気にじゃれ合う姿を見つめていたのだった。
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