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71.続 その力は、水晶玉を美しく変化させました。

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「瞳は、確かに聖なる色だな。とても美しい。では、テオ、クリア。今度は魔力値を測らせてもらえるかな?」 

 ウィルトシャー侯爵がそう言って、テオとクリアの前に布張りの台に乗せられた水晶玉を置く。 

 懐かしいそれは、私もかつて魔力値測定の際に使った、専用の特殊なもの。 

 大人の頭ほどもあるその水晶玉に手を触れると、魔力に応じて古代神聖文字が浮かび上がる。 

 その文字が濃く浮かぶほど魔力値は高く、その文字数が多いほど使える属性が多い。 

 そして不思議なことに、測定を終えると水晶玉は再び元の姿、白色に戻ってしまうので、自分の記念、と出来ないのが哀しく思えたのを思い出す。 

 

 テオとクリアは、どうなるかしら? 

 

「テオ。この水晶玉に触ってもらえるか?怖いことも痛いことも無いから、安心していい」 

 自分のことのようにどきどきしていると、ウィリアムがそう言ってテオの頭を優しく撫でた。 

「くうん」 

 ウィリアムの手を嬉しそうに受け止めて、テオが水晶玉に手を当てる。 

「なっ・・・これは!」 

 するとそこに浮かび上がったのは、古代神聖文字ではなく、水晶玉全体を彩る淡く美しい蒼色。 

 それだけでも驚きなのに、浮かびあがった淡い蒼色は淡い翠に色を変え、そこからまたゆっくりと色を変えて、と水晶玉を美しく彩り始めた。 

「このような結果は、初めて見る」 

「ああ。記録でも見たことがない」 

「正に神秘、ということか」 

 お父さまの言葉に、ウェスト公爵もウィルトシャー侯爵も、驚きを隠せない瞳で頷いている。 

 そして、そんな周囲の動揺を余所に、今度は自分の番だと思ったのか、クリアがその美しく彩りを変え続ける水晶玉に触れた。 

「・・・・・・!」 

 するとそこに、今度は様々な模様が浮かびあがる。 

 驚くべきことにそれには先ほどよりも色が濃く、消えない淡く美しい彩りのなか、様々な色の、様々な模様が次々と現れては消えていく。 

 それは、初めて見るほどに美しく、見事な調和。 

「きれい」 

 思わず呟いた私に、パトリックさまもウィリアムも、お父さまたちも感嘆の声と共に頷いた。 

 けれど。 

「水晶玉が、元の姿に戻らない」 

 呟きは、誰のものであったのか。 

 通常であれば測定を終えると元の姿に戻る水晶玉は、今もゆっくりとした速度で美しい彩りと模様を変化させている。 

 その変化は緩やかで、とても美しい。 

 そう。 

 本来白色である水晶玉は、まるで最初からそのようなものであったかのように変化を遂げてしまった。 

「これが、聖獣の力」 

 感銘を受けたかのようなウィルトシャー侯爵の言葉に、その場の全員が大きく頷く。 

 

 聖獣?
 そういえば、さきほどもそうおっしゃって・・・。 

 

 その言葉を疑問に思う間もなく、クリアとテオが私の足に絡みついて来た。 

『ローズマリー!これ、きれい?』 

『ローズマリー!これ、すき?』 

 そんななか、無邪気にきらきらとした瞳でテオとクリアに見つめられ、私は二匹の頭を撫でた。 

「とってもきれいだわ、テオ、クリア。素敵なものを見せてくれて、ありがとう」 

『ほんと!?それならローズマリーにあげる!』 

『うれしい!ぷれぜんとするよ!ローズマリー!』 

 私の言葉に嬉しそうにしっぽを振って、テオとクリアは美しい水晶玉を私へ渡そうと、うごうご動く。 

 けれど、二匹の力では水晶玉は微動だにしない。 

「もしかして、ローズマリー嬢にあげようとしている、のかな?」 

 止めなければ、でもテオとクリアの気持ちを傷つけないようにするにはどうやって、と私が迷っているうちに、小さい身体を懸命に動かすテオとクリアに気づいたウェスト公爵が、私を見た。 

「はい。プレゼントしてくれる、と言っています」 

 テオとクリアの気持ちは嬉しいけれど、元々この水晶玉は魔法省か何処からか借りて来たもののはずなので、勝手に自由にはできないだろう、と私は困ってしまう。 

「そうか。なら、有り難くいただくといいよ、ローズマリー」 

 けれどお父さまは、何でもないことのようにそう言った。 

「ですが、この水晶は」 

「うん、それがいい。アーネストの言う通り、有り難くいただくといいよ、ローズマリー嬢」 

「アーネストの言うことだから心配なのかも知れないが、いただいて大丈夫だよ、ローズマリー嬢。大切にするといい」 

「え。俺の言うことだから心配とか、サイラスひどい」 

 ウィルトシャー侯爵の言葉に、お父さまはショックを受けた、と抗議らしきことを言っているけれど、ウィルトシャー侯爵だけでなく、ウェスト公爵も、いつものこと、と切り捨てていらっしゃる。 

 

 お父さまの扱いって、一体。 

 

 ウィルトシャー侯爵が昔からお父さまと仲が良く、それゆえにこのような言い合いをすることは私もよく知っている珍しくない光景だけれど、今日はそこにウェスト公爵も加わって、何だか楽しそうに見える。 

「まあ。こんな風に変化した水晶玉を、返すわけにもいかないからな」 

「確かに。これはもう、これで完成形で元には戻らないのだろうし。第三者に見せる訳にはいかないな」 

 パトリックさまとウィリアムもそう言い、変化した水晶玉を興味深く見つめている。 

「ですが、水晶玉はお借りしてきたものですよね?どう説明するのですか?」 

 借りた物を返さない、というか返せない状況になってしまった。 

 私がそう言っておろおろしていると、お兄さまがにこにこ笑いながら、私の頭をぽんぽんと叩く。 

「大丈夫だよ、ローズマリー。パトリックとウィリアムの魔力合計値を測りたくて使ったら壊れた、とでも説明するから。ああ、もちろん、父上達が」 

「え?」 

 そして受けた説明に驚く私に、父親組三人は満面の笑みで力強く頷き、パトリックさまもウィリアムも、苦い顔ながら頷いてみせてくれた。 

「まあ、それがいいだろうな」 

「そういうことなら、疑われもしないだろう」 

 苦笑して言うふたりに、私は慌てて向き直る。 

「パトリックさま、ウィリアムも、ごめんなさい。そして、本当にありがとうございます」 

 確かに、パトリックさまとウィリアムの魔力の合計値なら、測定不能で壊れてしまったと言うにも説得力がある。 

 借りたのに返せない水晶玉。 

 それに対して、テオとクリアの飼い主である私が何もできないのは恐縮だけれど、私の魔力値では説得力に欠けてしまう。 

 なので、今回は甘えさせてもらおうと思う。 

 

 このお礼は必ずします。 

 申し訳ありませんがよろしくお願いします、と私は心を籠めて頭をさげた。 

  

 そうしたら当然のように『そんな必要は無い』『水臭いことを言うな』と、ふたりに揃って叱るように言われてしまったけれど。 

 

 
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