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63.別視点のお話<俺の心、ローズマリー知らず>パトリック視点
しおりを挟む「あの、パトリックさま。ご心配なさらずとも、マーガレットもシスルも私の不利になるようなことを不用意に口外するようなことは無いと思いますが」
信頼する侍女や護衛に対してさえ遮断の魔法をかけた俺に、ローズマリーは戸惑いを隠せないようだったが、ことはローズマリーが考える以上に機密性が高いと判断した俺は、申し訳ないと思いつつも断行させてもらう。
元より、仔犬もどきが普通の犬でないことを察知しているらしいローズマリーは、幸いにしてそれ以上反対することなく、俺の質問に真摯に答えてくれた。
そして、ローズマリーの体験した話を聞き進めるにつれ、俺は俺の考えが正しいのだろう確信を強めていく。
しかし、何故それほどに暗く、淀んだ場所に居たのだ?
しかも、囚われて。
その反面、聞けば聞くほど、二匹の存在と置かれた場所の違和が深まっていく。
「それで。ここまでの話を要約すると、ローズマリーは暗い森に迷い込んで、魔法で灯りを灯して進んで、やがてこの二匹を黒い沼で見つけて。で、自分が泥だらけの傷だらけになりながら救出した、ということでいいのかな」
仔犬もどきの目がきれいに開いた、ちゃんと見えるらしい、と喜んでいるローズマリーに確認するように問えば、ローズマリーは困ったように首を傾げた。
「そう、なのですが。救出した、というほど大したことはしていないです」
そして言われた言葉に、俺は思い切り眉をひそめてしまう。
「何を言っているの。立派な救出劇でしょ。でも、ひとつ疑問なんだけど。その沼で魔法は使えなかったの?灯りは灯せたんだよね?それなら、沼に嵌り込まずとも行けたりはしなかった?」
出血こそないとはいえ、傷だらけの泥だらけになってまで助けたのだから誇ってもいいと思うのに、そんなことは思い付きもしないらしいローズマリー。
だからこそ、より愛おしいのだけれど、と、またもローズマリーに惚れ直す思いでいる俺の前で何やら百面相をしていたローズマリーが、やがてはっとしたように大きな声をあげた。
「・・・っ!嵌らずとも、魔法を使って沼の上を歩けばよかったのでは!?」
珍しく取り乱した様子で叫んだローズマリーに、俺は更なる問いかけをする。
「そのときは、全然思い至らなかった?」
「はい。全然、まったく、思い出しも考え付きもしませんでした」
がっくりと項垂れるローズマリーは、自分を莫迦だと言っているけれど、そういうことではないのだろう、と俺は思う。
恐らく、ローズマリーはその時魔法を使わずに二匹を助ける必要があった。
それを必要とすること。
思い至った答えに、俺は自分でも難しい表情になるのが分かる。
「そうか。でもそれは、ローズマリーが莫迦ということではなくて、試練だったのかもしれない」
ローズマリーにしか聞こえなかった、助けを求める声。
ローズマリーに名付けを求めた二匹。
そして、ローズマリーにしか聞こえない声。
救い出した時の状況や二匹の今の状態に謎は残るものの、この仔犬もどきが”そういう存在”であることは、もう間違いないだろうと思う。
「試練、ですか?」
不思議そうに聞き返すローズマリーが俺を見る瞳には、揺るぎない信頼が見える。
それが嬉しくも、未だ確定できない事柄もあるなか、何をどこまでどう説明したらいいのか。
迷いつつ、ローズマリーが新たに取り出したボトルから、これまでより滑らかな液体を取り出した。
そうして、ローズマリーを真似て仔犬もどきその2、もといクリアに塗り込みながらローズマリーへの説明を始めようとした俺は、そこではっとなった。
「そう。そもそも、この二匹・・・って!ローズマリー、この香り!君の髪と同じ香りじゃないか!」
始めから、どうにも覚えのある香りだと思った。
そうだ、これはローズマリーの髪の香り。
先ほどまで使っていた液状の石鹸よりも顕著に香るそれに、俺は咎めるようにローズマリーを見つめてしまった。
「え?あ、はい。私が使っている物なので。駄目だったでしょうか」
けれど俺の真意が判っていないローズマリーは、不思議そうに却下と叫ぶ俺を見つめ返す。
「でも、テオもクリアもきれいな白い毛並みになりましたから、これで保護剤を使えばしっとり艶も出ていいのでは、と思うのですが。それに肌も、特に傷んでいる様子はありませんし」
俺が却下というその意味を解さないまま、ローズマリーがぽややん、と言う。
違うんだ、ローズマリー。
俺が、却下するのは、そんな理由じゃないんだ。
「そういう問題じゃない!さっきからやけにいい香りだと思っていたけれど、まさか君が使っている物だとは。今回はもう仕方が無いけれど、次からは俺が用意するから、それを使って。ローズマリーのは二度とこいつらに使わないで。絶対だよ?もし使ったら、お仕置きだからね!」
理解されずとも、仔犬もどきとローズマリーの髪が同じ香りになるのだけは避けたい、と必死に言えばローズマリーは目を見開いたけれど、俺はもう何も言えない気持ちでいっぱいだった。
よく知っている香りのような気がした。
心安らぐのにざわめくという相反する気持ちにさせられる、けれどとても好ましい香りだと感じた。
当たり前だ。
俺が、いつもローズマリーから立ち上るたび、感じて、葛藤している香りなのだから。
それなのに。
俺の心、ローズマリー知らず。
仔犬と自分の髪を同じ香りにしようとは。
それにしても。
そうか。
これが、ローズマリーの髪の香りの元。
俺は複雑な気持ちのまま、手にした保護剤を見つめ続けてしまったのだった。
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