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59.側面のお話<繋がる>パトリック視点

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「ウェスト様」 

 ローズマリーの寮の部屋。 

 その、廊下へと続くドア付近に前触れ無く転移した俺。 

 つまりは、突如ローズマリーの部屋に出現した俺を見た侍女は驚いたように目を見開いたが、流石侯爵令嬢付きというべきか、その動揺を一瞬で抑え、俺を迎えるべくしっかりとした足取りで歩み寄って来た。 

「話は、ウィルトシャー殿から聞いている。今からここで探知を行うから、その間、誰もこの部屋に入れないでくれ」 

 きちんとした礼を執ろうとした彼女を片手を軽く挙げることで制し、俺は早速ローズマリー探知にかかる。 

「かしこまりました。ウェスト様。お嬢様のこと、よろしくお願い申し上げます。わたくし如きが言うことではない、と承知しております。ですが、どうぞ何とぞ」 

 突然ローズマリーが消えて、上位魔力保持者のウィルトシャー級長をもってしてもその存在を探知することが出来なかった。 

 そのことが焦燥を加速させているのだろう。 

 顔色悪く震える声で言う侍女と共に、護衛も大きく頭を下げた。 

「ローズマリーは、必ず僕が助ける。ポーレット侯爵の元へはウィルトシャー殿が向かってくれた。君達は、いつローズマリーが戻ってもいいように準備を整えておいてくれ」 

 考えられるのは、魔力が枯渇していること。 

 その状態によっては命を救うことも難しくなる。 

 けれど、ローズマリーが消えてからまだそこまで長く時間が過ぎたわけではない。 

 ローズマリーの魔力量は多い。 

 早く救い出せば、それだけ吸いあげられる魔力も少なく済み、命の危険も遠ざかる。 

 魔力の減少が微量で済めば食物から補給することも出来るし、もし食物で補えないほど吸いあげられていたとしても、魔法核が枯渇しきっていない限り俺が魔力を分けることが出来る。 

 だが万が一魔法核が枯渇するほどに魔力を吸いあげられていた場合には、それらすべてが行えない。 

 ローズマリーの命を繋ぎとめる術がすべて無くなるのだ。 

 考えれば身が震えるほどに心配になるけれど、そうならない為に今、早急に動くのだと俺は決意を新たにした。 

 誰より愛しくて大切な存在。 

 俺の宝物。 

 

 ローズマリー。 

 今、行く。 

 

 念のため、ドアからも窓からも死角になる位置に立ち、俺はゆっくりと意識を沈めていく。 

 求めるのは、ローズマリーがその身に纏う魔力。 

 優しく温かく、俺にとってかけがえのないそれを求めて、俺は探知の網を広げていく。 

  

 ローズマリー。 

 

 呼びかけに答える声を探して、俺は無意識にポケットに入れてある魔道具に触れた。 

 懐中時計に模してある、というか懐中時計そのものでもあるそれは、ローズマリーに渡した指輪と連動している。 

 ローズマリーに何かあれば、あの指輪が反応してこの懐中時計が震え点滅する仕組み。 

 それなのに懐中時計は、今も何も危険を察知せず、静かに懐中時計としての役目のみを果たしている。 

  

 まだ、魔力を吸いあげられていないのか? 

 恐怖はないのか? 

 ローズマリー。 

 何処に居る? 

 

 ひとり異空間に放り込まれたローズマリー。 

 さぞ心細い思いをしているだろう彼女を想えば、胸が塞がる。 

  

 俺が、傍に居れば。 

 

 唇を噛み締め、俺はローズマリーの気配を探る。 

  

 ローズマリー。 

 俺だ。 

 君のパトリックだ。 

 返事をしてくれ。 

 

 祈るようにローズマリーの名を呼ぶ。 

 この世の何よりも、大切で愛しい存在。 

 長い間会いたくても会えず、その声を聞きたくとも聞けなかった。 

 ずっと、他者に向けるその可愛い笑顔を俺に向けて欲しいと願っていた。 

 そして、漸く叶ったその願い。 

 それは、これからも続いていく俺たちの時間。 

  

 ローズマリー。 

 

 誰であろうと、俺からローズマリーを奪うことは許さない。 

 そんなことは絶対にさせない、と思うも、なかなかローズマリーを見つけられないことに焦りが募っていく。 

 ただひたすらに過ぎていく時間。 

 こうしている間にもローズマリーが、と思えばじっとなどしていられない衝動に駆られる。 

 拳を握ってその衝動を抑え、今取れる唯一の手段である探知を行う。 

 けれど、これほどに呼びかけてもローズマリーの気配を感じることが出来ない。 

 俺の呼びかけばかりが響く世界は酷く冷たく感じられ、俺は気力が衰えるのを感じた。 

  

 ローズマリー。 

 頼むから、返事をしてくれ。 

 

 無限にも感じる時間。 

 見つからないローズマリー。 

 焦れば焦るほど、集中力に乱れが生じる。 

 そうすれば、その隙を突くよう、魔力を吸いあげられるローズマリーの姿が脳裏に浮かんだ。 

 一度だけ、触れるほどに近くで感じたローズマリーの魔法核。 

 その優しく強い魔法核が、魔力を完全に吸いあげられて干からび消えて行く恐ろしい幻影。 

『パトリック・・・さま』 

 ローズマリーが、苦しさに喘ぎつつも俺を呼び、可愛い顔が苦しさに歪む。 

『・・・パト・・リック・・さ・・ま』 

 助けを求めるように俺へと伸ばされる白い手が、ゆっくりと漆黒の闇に呑み込まれて行く。 

「ローズマリーっ!!」 

 危うく幻影に取り込まれそうになり、俺は一度目を開けて頭を強く横に振った。 

   

 無理だ、駄目だと思った時点で負ける。 

 そんな男に、ローズマリーの傍に居る資格は無い。 

 

 自身を強く叱咤し、俺は再び集中し直して、ローズマリーの気配を探る。 

 ゆっくりと広げる探知の網。 

 

 ローズマリー。 

 俺に気づいて。 

  

 ローズマリー。 

 俺を呼んで。 

 

 ローズマリー。 

 俺を求めて。 

 

 ローズマリー。 

 

 ローズマリー。 

 大好きだよ。 

 

 ローズマリー。 

 

 繰り返す呼び掛け。 

 過ぎていく時間。 

 

 焦らないように。 

 けれど、迅速に探知の網を広げて。 

 

 そうして、どれだけの時が流れたのか。 

『・・・・・』 

 微かに感じた、ローズマリーの気配。 

「っ!ローズマリー!」 

 そのことに狂喜した俺は、更に探知に集中した。 

 膨大な場所のなかから、漸く探すべき区域を見つけた、その喜びが湧きあがる。 

  

 これなら、ローズマリーを見つけられる! 

 

「ローズマリー!あと少しの辛抱だ!」 

 叫んで、俺は無意識に懐中時計を強く握り締めた。 

「ローズマリー。俺はここだ」 

 強く言った瞬間、懐中時計が熱くなり、俺は、俺の魔力とローズマリーの魔力が繋がるのを感じた。 

 そうして、部屋に光が溢れて。 

「ローズマリー!」 

 その姿を認めた瞬間、俺は愛しい彼女を力いっぱい抱き締めていた。 

 

 

 
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