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53.可愛いの集合体は、最強なのです。
しおりを挟む「帰り道が、分かりません」
行きよりも、何故か明るく感じる森ではあるけれど、どこをどう進んだら帰れるのかまったく分からない。
思えばここへ来たのも突然で、しかも偶然だったのだから、無理はないと言えばそうなのだけれど。
「困りました」
ぐるりと周りを見ても、似たような風景が続くばかりで、特に目印になるようなものも見当たらない。
「闇雲に歩くのは危険だと思うのですが。この場合は、どうするべきなのでしょうか」
この場所を起点として歩いてみる、という手段を用いようとしても、目印が無いのでは危険かもしれないと思う。
しかし、いつまでもここに居る訳にいかないのは事実。
「くうん」
「くうん」
迷う私を労わるように見上げてくる二匹の瞳が愛らしく、それぞれ潰れている片方がより痛々しく感じる。
「早く、きれいになりましょうね」
きれいに洗えばきっと瞳も開くと信じて、私は二匹に頬を寄せた。
『ローズマリー。さがされているよ』
『ローズマリー。よばれているよ』
「え?」
テオとクリアの言葉に耳をすませた私は、二匹の声が直接脳に届くように響いていることに今更ながらに気が付いた。
「テオ?クリア?」
「くうん」
「くうん」
呼べば、二匹が嬉しそうに鳴く。
その声は、耳からちゃんと聞こえている。
『ローズマリー。おへんじして』
『ローズマリー。よびかえして』
けれどひとの言葉を話すとき、二匹の声は脳に直接届く、感じがする。
「お返事?呼び返す?誰に?誰を?」
探している、というのなら、マーガレットと護衛騎士のシスルだろうか、と思う私に二匹が身を擦り寄せた。
『えっとね。ローズマリーが、いちばんすきなひと』
『それでね。ローズマリーのことを、いちばんすきなひと』
パトリックさま。
すんなりと浮かぶその名前と優しい笑顔。
テオとクリアの言う通りの相手といえば、パトリックさましかいない。
でもパトリックさまは今、自分の時間も満足に取れないほど政務で忙しくしていらっしゃる。
そして私は、そんな寝る間さえ惜しんでいるようなパトリックさまの邪魔をしないと決めている。
それはもう、絶対。
そんな、頑なとさえ言われそうな私の気持ちを知っているマーガレットが、いくら私が行方知れずになったからといって、そう簡単にパトリックさまに報告するはずがない。
だから、パトリックさまが私を探しているとは考えられない。
思う私に、テオとクリアが焦れたように足をばたつかせた。
『ローズマリーが、いちばんすきなのはだあれ?』
『ローズマリーを、いちばんすきなのはだあれ?』
「それはもちろん、パトリックさま・・・・っ!?」
急かすように言われ、私がパトリックさまの名を口にした途端、胸ポケットが光を放った。
驚き固まる私の前で、その光はやがて一筋の道を造る。
「ここを、行けばいいということ?」
「くうん!」
「くうん!」
肯定するように鳴くテオとクリアを抱き直し、私は一条の光の道を歩く。
来る時は確かに漆黒の闇のように暗い森のなかで、下生えが多く歩きづらかったはずなのに、そんな障害は何も無いかのように、私は滑るように光の道を進み。
「ローズマリー!」
酷く明るい場所に出た、と思った瞬間、逞しい腕に強く抱き締められた。
「パトリックさま」
温かな胸に、帰ってこられたのだ、と安堵した私は、はっとして腕のなかのテオとクリアを見る。
「ごめんなさい!痛かった?」
『へいきだよ!』
『だいじょうぶだよ!』
私の心配を不要というように、二匹揃って元気にしっぽを振ってくれる。
「ローズマリー。怪我はない?痛いところは?ああ、擦り傷だらけじゃないか。それに、こんなに泥だらけになって」
パトリックさまは、そう言って私の頬を撫でてくれるけれど、泥だらけの私を抱き締めてしまったせいで、パトリックさまも泥だらけになってしまった。
それに私の頬に触ったことで、そこにまで跳ねていたらしい泥が指に付いてしまっている。
「申し訳ありません。パトリックさまも、泥だらけにしてしまいました。その指も」
「大丈夫だよ」
そう言うと、パトリックさまが洗浄の魔法をかけてくれる。
泥だらけだった私も、私が泥を落としてしまった、お気に入りの絨毯を敷き詰めた床も、私を抱き締めてしまったことで泥だらけになってしまったパトリックさまも、一気にきれいになった、のだけれど。
「あら?どうして?」
私の腕に抱かれているテオとクリアだけは、泥だらけのままだった。
「お嬢様!」
そのとき、マーガレットが泣きながら私に抱き付いて来た。
「マーガレット」
どうやらいつも通り傍に控えていたらしい、と周りを見た私は、壁際のいつもの位置でシスルも涙を浮かべているのを見、心配をかけてしまった、と思うと同時に、ここが寮の自室であると改めて確認して首を傾げる。
ええと、学園から寮への小道を歩いていて、暗い森に行って、帰って来たら自分の部屋?
それは一体、どういうことなのでしょう?
「お嬢様が突然消えてしまわれて。これは尋常なことではない、とシスルと相談して、すぐにウィルトシャー様に助けを求めました」
自分に何が起こったのか判らず混乱する私に、マーガレットが説明するように泣きながら訴えてきた。
本当に心配してくれたのだろう。
その手が、私の存在を確かめるように肩に触れている。
「心配をかけてごめんなさい、マーガレット、シスル。それでは、ウィリアムにもわたくしが無事だと伝えなければなりませんね」
どうやらウィリアムにも迷惑をかけたらしい、と、私は早速連絡を、と思い指示しようと口を開きかけて。
「大丈夫。もう、連絡蝶を飛ばした」
何故か無表情のパトリックさまに、頷きつつ伝えられた。
「ありがとうございます。あの、色々お手数をおかけしてしまって」
何となくいつもと雰囲気の違うパトリックさまに戸惑いつつ、本当にどれほどの迷惑をかけたのだろうと思っていると、パトリックさまが、つい、と私の頬に手を当てた。
「全然手数なんかじゃないよ。むしろ、君の侍女も護衛も、僕のところへ最初に来なかったというのが気に入らないくらいだ」
紳士の微笑を浮かべるパトリックさまの目が少しも笑っていなくて、私は思わずマーガレットと視線を交わしてしまう。
「あの、それは。わたくしがいつも、パトリックさまのご迷惑になることを懸念していることを知っている侍女が、わたくしの意志を尊重してくれたのだと思います」
言えば、益々その目が眇められた。
「それこそ、いらない世話だと覚えておいて欲しい。分かった?」
有無を言わせないその声の強さに、私は思わずこくこく頷いてしまう。
「うん、いい子だ」
そんな私の髪を満足そうに撫で、漸くいつもの笑みを浮かべたパトリックさまが私の目を覗き込む。
「ローズマリーが消えた、と聞いた時には生きた心地がしなかったよ。無事で本当によかった。でも、話は聞かせてね。その、仔犬たちのこととか」
パトリックさまは、裏の無い瞳で私に優しく微笑んでから、テオとクリアをやや厳しい瞳でじっと見つめた。
「くうん」
「くうん」
やっぱり、気になるのでしょうか。
普通の捨て犬を拾ったのとは、明らかに違う状況。
実際に行って来たにもかかわらず、あの森も沼も、どこにあるのかさえ私には説明できない。
マーガレットの話によれば、私は突然消えたらしいから、みんなの心配も一入だったと思う。
それでも、私はテオとクリアと一緒に居たい。
そのためにも、出来る限りの説明をしようと心に決めた。
「分かりました。でも、この子たちを洗ってあげてからでもいいですか?」
甘えてくるテオとクリアを撫でながら言えば、パトリックさまが驚いたように目を瞠る。
「その言い方。もしかして、ローズマリーが自分で洗おうとしている?」
「はい、もちろん」
泥だらけのままのテオとクリアを抱いているせいで、私もまた泥だらけになりつつあるわね、と苦笑しつつ答えれば、パトリックさまが別の意味だろう、苦い笑いを浮かべるのが見えた。
「ローズマリーが洗わなくてもいいんじゃないか?」
「そうですよ、お嬢様。わたくしがいたします」
マーガレットも驚いたように言って、テオとクリアを抱き取ろうとする。
確かに、私の立場を考えればマーガレットに任せるべきなのだろう。
けれど私は、テオとクリアを自分で洗ってあげたいと思う。
「きちんと、責任を持ちたいのです。これから一緒に住んで、家族になるのですから」
意志を込めてパトリックさまを見あげれば、ため息と共に微笑まれた。
「家族ねえ。まあ、ローズマリーならそう言うか。僕は、君のそんなところもとても好きなんだしね。でも、僕と一緒に洗うのが条件だよ」
それでも私の強い思いが伝わったのか、パトリックさまはそう言って私の頭に手を乗せる。
「え?あの、パトリックさまこそ、そのようなこ」
「なら、ローズマリーにも洗わせないよ?」
パトリックさまこそ、そのようなことをしていい立場ではない、と言いかけた私の言葉を攫ってパトリックさまが笑う。
笑っているけれど、私に拒否権は無い、ということが分かる、その空気。
「・・・パトリックさま。お手数おかけしますが、よろしくお願いします」
「うん。こちらこそ、よろしく」
結果、私がそう言えば、パトリックさまは心からの笑みを浮かべてくれた。
そして、優しい瞳でテオとクリアの頭をちょんとつつく。
「ローズマリーに悪さするなよ?」
「くうん」
「くうん」
すると、当たり前というように答えながら、テオとクリアも満更でもない様子でパトリックさまの指を受け入れ、気持ちよさそうにしている。
か、可愛いです!
そして私は、パトリックさまとテオとクリアという、可愛いの集合体に癒されときめいたのだった。
もちろん、誰にもばれないように、ひとりこっそりと。
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