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47.続 パトリックさまの”からくり”の謎、解けました!
しおりを挟む「ローズマリーとこんな風に過ごせて、俺も楽しい」
くすぐったいけれど、幸せな気持ち。
パトリックさまもそう感じてくれているのか、私たちはそのまま目を合わせてくすくすと笑い合う。
「こんな風にお魚を焼くの、初めて見ました」
「味は保証するよ。でも、焼きあがるまで時間がかかるからね。それまで、他のものを食べていようか」
言いつつ、パトリックさまが期待の籠った目でバスケットを見つめる。
「そうですね。まずは、敷物を出しますね」
パトリックさまの目に、ホットビスケット、と書いてあるのが判る。
本当に、判りすぎるほどに判る。
きらきらと瞳を輝かせバスケットを見つめるパトリックさまからは、ホットビスケットを楽しみにしていることを隠す気配も無い。
それほどに、物凄く、期待されている。
でもパトリックさま。
私のホットビスケットは、本当に普通なのです!
そんなに期待されるほどの代物ではない。
本当に普通の、スタンダードなホットビスケット。
それを、これほどに楽しみにしているパトリックさま。
もう何度も作っているし、家族や使用人のみんなは美味しいと食べてくれる。
それでも。
パトリックさまにがっかりされたら、立ち直れないかも。
過度に期待されるほどの代物ではないことは充分承知しているけれど、それでもパトリックさまにがっかりされたくはない。
複雑な思いが絡まって、私はなかなかホットビスケットを出すことが出来ず、サンドイッチや飲み物など、無難と思われるものを先に用意していく。
サンドイッチも私が作ったものだけれど、言わなければ分からないだろう、と私は楽観して包を開き、幾種類かあるそれを見やすく並べてみた。
「ローズマリー。どれも美味しそうだけれど、あの。ホットビスケットは?」
そわそわと落ち着かない様子で私の手元を見ていたパトリックさまが、堪えかねた様子でそう聞いてくる。
「作って来ました、けれど。あの、本当に普通のホットビスケットで」
がっかりされたら泣いてしまうかも、と思いつつ、私は恐る恐るホットビスケットの包を取り出した。
「開けてみていい?」
「はい。どうぞ」
包ごとパトリックさまに渡すと、パトリックさまは押し頂くようにしてから、丁寧にその包を開く。
本当に慎重なその手つき。
まるで、宝物を取り出すような優しい指先。
「ああ、これが」
そうして現れたホットビスケットを見つめ、感慨深い声を出すパトリックさま。
「あの、本当に普通のホットビスケットで」
「うん。でも、ローズマリーが苦労して作れるようになった、最初のお菓子だよね?」
「え?あ、はい」
どうしてパトリックさまがそのことを知っているのか分からないけれど、私が最初に作れるようになったお菓子はホットビスケットで間違いない。
「挑戦し始めたときは大変だったよね。粉だらけになったりして。でもそんなローズマリーも、凄く可愛かった」
懐かしそうに言うパトリックさま。
確かに、挑戦し始めた頃、私は粉だらけになったりしていた、けれど、それをパトリックさまが知るはずはないし、ましてや見ていたはずもない。
それなのに、この臨場感たっぷりの話し方。
「え?あの、パトリックさま?」
「ん?・・・ああ、いや!きっと粉だらけになったり、生地がべちゃべちゃになって泣きべそかいたり、焼き過ぎて焦げちゃったと半泣きになったり。そんなローズマリーもきっと可愛かっただろうな、って!」
それなのに、その場にいたかのように言うパトリックさまが不思議で首を傾げれば、パトリックさまが勢い込んでそう言った。
「粉だらけ、に、生地がべちゃべちゃで泣きべそ。それに、焦がしちゃって半泣き」
「ああ、そうだ、ローズマリー!クッションもあるんだよ!ここ、河原だから座り心地が悪いだろう!?座り易そうで尚且つローズマリーが好みそうなクッションを用意したんだっ!」
粉だらけになったことも、生地がべちゃべちゃになってしまい泣きそうになったことも、あと少しのところで焦がしてしまって半泣きになったことも確かにあるけれど、どうしてパトリックさまがご存じなのかしら?
それら諸々も確かに記憶にある、と私が益々首を傾げる横で、パトリックさまが慌てた様子でクッションを取り出し、私へと差し出してくれる。
石がごろごろする河原に、そのクッションはとてもありがたい。
生地も肌触りよく、柄もシンプルで河原に合っているし、何よりとても座り易くて快適。
なので、とてもありがたい、のだけれど、パトリックさまの笑顔が引き攣っている。
眉のあたりなんてもう、ぴくぴくと震えているほど。
なんでしょう、パトリックさまのこの焦り方。
そういえば、前にも何度かこんなことがありましたよね。
私の子どもの頃に関することで、知っているのを必死で隠しているかのような。
今のこの不自然さからみても、パトリックさまは私の子どもの頃のことを何故か知っているご様子だけれど、その事実を私に隠しておきたいように見える。
でも子どもの頃に会った記憶は無いし、それはパトリックさまもそう言って・・・ああ、なるほど!
「パトリックさま。そんなに焦らずとも、私、怒ったりしません」
どうして会う事も無かったパトリックさまが、子どもの頃の私の話を知っているのか。
その理由に思い当たった私は、パトリックさまに、大丈夫です、と笑いかけた。
「え?あの、ローズマリー?」
きょとん、としたパトリックさまの表情が可愛い。
でも、本当に大丈夫です。
私、からくりが分かりましたので!
「パトリックさま。パトリックさまは、父さまから聞いて知っているのですよね?私の子どもの頃の話」
王子殿下であるアーサーさまと、その側近候補であるパトリックさまが既に国務に携わっていることは、パトリックさまからはもちろん、父さまからも聞いている。
宰相という立場でもある父さまは、くれぐれもおふたりの仕事の邪魔はしないように、と私にも言い含めている。
『いいかい、ローズマリー。パトリック殿は、やがてこの国の中枢となる大切な存在だ。妻になるからと言って、邪魔するような真似はしないように。政務のあるときは、いや、なくとも、余り近づきすぎないようにするのだよ』
私に甘い父さまが、常にはない厳しい表情でおっしゃったことを、私は忘れはしない。
パトリックさまは、未来のこの国の中枢。
そして、父さまは今現在、この国の中枢を担っている。
現在から未来へと続く中枢の橋。
つまり、父さまとパトリックさまには接点がある。
それで、私の子どもの頃の話を聞いたのだろう、と私は納得して頷いた。
「いや、あの、まあ」
パトリックさまは、歯切れ悪くおっしゃるけれど。
「大丈夫です。父さまに聞いたのなら、親馬鹿な発言も多いかと思うので恥ずかしいですけれど、怒ったりはしません」
とてもいい匂いがして来たお魚。
その香ばしそうな焼き色を見つめながら、私はしっかりと頷いた。
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