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39.トラップ色々、なのです。

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「よし、じゃあチームごとに中へ入ってもらうからな」 

 『虹色のトマト争奪戦』のために先生が私たちを連れて行き、そう言って振り返ったのは講堂前だった。 

 特別な<場>を用意する、と聞いていたので、てっきり何処か外出するのだと思ったのに、まさかの講堂。 

 意外に思うのは私だけではないらしく、みんなも動揺している。 

 

 こんな情報は、誰からも聞いていない。 

 

「なんだ?<場>が講堂なんて聞いていない、って顔して。はは。驚くだろう?知らないと、そりゃあ驚くだろう?判るぜ。俺もそうだったからな。そして、皆一様に驚く。だから<場>がどこに作られるのかは伝達しない。っていうことで。後輩、子孫を驚かせたかったら、お前等も黙っていろよ」 

 思っていると、にやりと笑って先生がそう言った。 

「それにしても、お前等いい驚きっぷりだったぜ」 

 お蔭で教師の醍醐味のひとつを十二分に堪能できた、と先生が満足そうに笑う。 

「んじゃ説明な。この講堂には今、特別な魔法が掛けられていて、扉の向こうは普段の講堂とは似てもにつかない別世界が広がっている。扉を開けるごとにそれぞれのスタートポジションに繋がるようになっているから、違うチームに混ざらないように気を付けろよ」 

 そして受けた説明は、更なる驚きを生むもので、私はまじまじと講堂の扉を見てしまった。 

 

 講堂が、特別な<場>? 

 それに、それぞれのスタートポジションに繋がる、とはどういうことかしら? 

 広いとはいえ、講堂なら全体を歩いてもそれほどの距離は無いけれど。 

 

「それから。それぞれのスタートポジションから中央までの距離と地理はもちろん、トラップの種類、トラップが仕掛けられている場所もまったく同じだから、そこら辺は安心しろ。それと、チーム編成のときに、成績とそれぞれの魔力や属性も偏らないように考慮してあるから、それも安心していい。まあ、作戦練ったんだから、それは判っているか」 

 ふむふむと言って、先生は扉に手をかける。 

「じゃあ、フォルニアのチームから」 

 言われて、アーサーさまのチームの方々が扉の前に集合する。 

「みんな、正々堂々闘おう」 

 アーサーさまが私たち、別チームの面々へ声をかけ、講堂へと入って行く。 

「じゃあ、次、ウェストのチームな」 

 アーサーさまのチームを見送り、一度扉を閉めた先生が、そう言ってパトリックさまのチームを扉前に集めた。 

「対戦を、楽しみにしている」 

 パトリックさまは、凛々しい表情で私たちのチームを見渡すようにそう言って、扉の向こうへと足を進める。 

 一瞬、私で視線を止めたのは勘違いではない、と思う。 

 

 ご武運を。 

 

 心のなかでそう言って、私は祈るような思いでパトリックさまの背を見送った。 

「で、お待たせ。ウィルトシャーのチーム、お前らの番だ。中、どんな風になっているのか、入るのが楽しみだろう?」 

 パトリックさまのチームが入った後、再び扉を閉めた先生が、悪戯っぽい笑みを浮かべて私たちに向き直る。 

「では、いってまいります」 

 ウィリアムが先生に挨拶し、私たちも先生へ頭を下げてから扉を潜る。 

 

 いつもの講堂ではない、とはどういうことなのかしら? 

 

 思いつつ扉を潜った私は絶句した。 

「何ここ!?本当に講堂!?」 

 誰かの叫びに、みんな一様に頷く。 

 何と言うか、講堂へ入った私たちの前に広がっていたのは風が心地いい草原。 

 そしてその向こうには森が広がっているのが見え、頭上には晴天の空がある。 

 おまけに、足元には確かな土の感触。 

 横を見ても前を見ても上を見ても、ここが外でないなんて信じられない。 

 しかも振り返って見れば、潜って来た筈の扉は消え、周り全体が草原となっている。 

「これが、特別な<場>。草の香りもちゃんとするなんて凄いわ」 

「ああ、驚きだな。そしてどうやら、目的地へ行くためには、あの森を抜けなければならないようだ」 

 私の呟きに、ウィリアムが手元の魔道具を見ながら答えた。 

「この赤い点が目的地。<虹色のトマト>がある場所なのね」 

 ウィリアムの手元には、この<場>の地図が表示された魔道具があり、目的地が赤い点、私たちの現在地が緑の点で示されている。 

 緑の点はひとつ。 

 つまり、他のチームの情報は、無い。 

「目的地までに森と川、平地がある。トラップの種類も数も判らないが、都度、冷静に判断し、協力し合って<虹色のトマト>を目指そう」 

 ウィリアムの言葉にみんな力強く頷き、予め考えてあった平地用の陣形で進んで行く。 

「草原のトラップって何かしら?草が突然急成長する、とか・・・っ!」 

 誰にともなく言いかけたとき、私は頭上で熱源の魔力が大きく動くのを感じて、咄嗟に広範囲で水の膜を張った。 

「火矢!」 

 間髪入れずに降り注ぐ幾本もの火矢が、水の膜によって消えていく。 

 飛んで来るのではない、無限に空から降って来るそれらは確実に私たちを狙っている。 

「水の膜で防御しつつ、水魔法で迎撃!走りながら行くぞ!」 

 ウィリアムの声に一斉に走り出しながら、水魔法を使えないひとを陣の中心へ集め、火矢に当たらないように防御した。 

「ウィリアム!草が、なんか変だわ!」 

火矢の攻撃が小やみになったところで、私は足元の草が妙な動きをしているのに気づき、先頭を走るウィリアムにそう声をかけた。 

 途端、足元の草が一斉にうねって私たちの足に絡まろうと動き出す。 

「させるかっ!」 

 その動きより早く、ウィリアムの風の刃が草を切断する。 

 そして、緑の属性の方々が草の動きを止めている間に、全員全速力で草原を駆け抜けた。 

「ローズマリーは、相変わらず魔力の動きに敏感だな」 

 森の入り口で、ウィリアムがそう言って笑う。 

 そう。 

 私は昔から、何となく魔力が作動するのを感じることが出来る。 

 何故か、ひとよりも早く。 

「役に立つなら、嬉しいわ」 

 あんまり使いどころのない特技、と言ってもいいか判らないそれを、ウィリアムが褒めてくれて、それに周りも嬉しそうに同意してくれて、なんだか私は嬉しくなった。 

「何かの、唸り声がするわ」 

「これは、魔狼か?」 

 森に入ってすぐ、私が耳を澄ませるのと同時、ウィリアムも警戒を強めてそう言った。 

「魔狼の群れ」 

 そうして、ゆっくりと進む私たちの前に、大型犬ほどの大きさの魔狼が一頭、また一頭と現れる。 

 魔狼もまた私たちを警戒しているのか、いきなり襲い掛かって来ることはしない。 

「炎で、一気に全体攻撃かけますか?」 

 火を得意とする方々が、そう言ってウィリアムを見た。 

「いや。全体攻撃だと、森が一気に燃え上がる可能性がある。火力の小さな攻撃で各個撃破して、水魔法で万が一に備えよう。それから、撃ち漏らしたときのために防御を」 

 ウィリアムの言葉で、チームメンバーがそれぞれの役割に着く。 

「焦らず、慎重にな」 

 声を掛けつつ、ウィリアムも火魔法の攻撃体勢に入る。 

「大丈夫ですか?」 

 そんな中、私は隣で震えるチームメンバーに気づき、そっと声を掛けた。 

「こ、怖くて。ごめんなさい」 

「同じ、ですね」 

「え?」 

 私が言うと、彼女は不思議そうに私を見る。 

「わたくし、魔狼を見るの初めてなのです。ですから怖いですわ」 

 大きさもだけれど、鋭い牙や眼光が恐ろしいと言えば首を傾げられた。 

「でも、ローズマリー様はとても落ち着いていらっしゃいます」 

「それはきっと、みなさんと一緒だからですわ」 

「みなさんと、一緒」 

「ええ。独りだったら逃げています」 

 小さく笑って言いながら、私は小さく震える手をそっと取った。 

「ローズマリー様。わ、わたくしも頑張り、ます」 

「ええ。一緒に<虹色のトマト>を手にしましょうね」 

 そんな私の視界の端で、魔狼の群れが動く。 

「みなさん、来ますよ!」 

 万が一の時には消火、そして防御、と身構えた私たち援護部隊は、しかし。 

「うちのチーム、強いのですね」 

 と言い合い、頷き合うこととなった。 

 そして。 

 魔狼をそれぞれ一撃で仕留めた後も、油断することなく森を進んだ私たちは、今、大きな魔蛇が巨木からぶら下がるようにしながら下りてくるのを見ている。 

「毒持ちかも知れない。息がかからないように、防御頼む」 

 ウィリアムの言葉に頷き、慎重に魔蛇と対峙する。 

 大きな口を開ければ、その中の鋭い牙と真っ赤な舌が見えて、思わず身体が震えた。 

「野営だったら、今夜は蛇ステーキ、というところか」 

 巨大な魔蛇の前で鼓舞するように言って、ウィリアムが素早く作戦を告げ、みんなに了承を得る。  

「では、行くぞ!」 

 そして、掛け声と共に攻撃班の先頭に立って魔蛇へと向かって行き。 

「本当に、強いですね」 

 今回は、風の攻撃班の見事な連携で魔蛇を倒した。 

「何と言いましょうか。魔力が温存出来て大変ありがたいです」 

 再び歩き出しながら私が言えば、援護に回っているみんなが苦笑と共に頷く。 

「僕達だって、大して魔力を消費していない。後ろで援護してくれる、防御してもらえると思えばこそ、攻撃に集中できるんだ。こちらこそ、感謝している」 

 ウィリアムの真摯な言葉に、攻撃に加わった方たちが大きく頷いた。 

「防御は、わたくしたちにお任せください」 

「頼りにしている。な、みんな」 

 援護を主とするみんなと私が言えば、ウィリアムはそう言って攻撃を中心とするみんなと頷き合う。 

 こうして、私たちは危険な森を和気あいあい、というほど危機感が無いわけではないけれど、仲間がいる心強さに包まれて抜けきった。 




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