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36.側面のお話<焼却炉事件>パトリック視点3
しおりを挟む「僕が確認しましょう。美化委員で、焼却炉は使い慣れていますから」
焼却炉へ着くと、俺が何か言うより早く、積極的にヘレフォードが名乗り出てくれた。
俺は、焼却炉近くに陣取って、その様子をつぶさに眺める。
ローズマリー。
あと少し、辛抱してくれ。
ローズマリーが、どれほど不安な思いをしているのかを考えれば、俺も胸が潰れる思いがする。
それでも、今はローズマリーを大丈夫だと無為に抱き締めるのではなく、ローズマリーの無実を証明することが優先だと自分に言い聞かせ、俺はヘレフォードの報告を待った。
「ん?これは。確かに、教科書の燃え残りがありますね。そしてこれは、僕達が使うのと同じ教科書に間違いありません」
聞こえたヘレフォードの報告に、俺は無意識に唇の端が上がるのを感じた。
これで、激烈桃色迷惑女を確実に追い込める。
「パトリック!あたし怖い!」
にやりと笑う俺の内心を知らない激烈桃色迷惑女が、そう言いながら体当たりして来た。
ああ。
これがローズマリーだったら、全身全力で受け止め抱き締めるのに。
社交界で磨いたスキルで避けながら俺が思うのはそればかりだと、この激烈桃色迷惑女は理解できないのだろうか。
いや、出来ないから繰り返すのだろう。
もう幾度も俺やアーサーに避けられ、転びかけているのに、今も同じ行動を取ったのだから。
「なるほど。教科書が燃やされた、事実はあったね」
「ね?証拠もあるし、これでわかったでしょ?ローズマリーがあたしの教科書燃やしたんだ、って」
激烈桃色迷惑女は嬉しそうに言っているが、これだけでローズマリーが燃やした、という証拠になると、本気で考えているのだろうか。
俺は、教科書が燃やされた、事実だけは確認できたと言ったのだが。
意味さえも理解できていないらしい。
「ローズマリーが?間違いないのか?」
「うん。他にも色々、意地悪されてね」
鬱陶しく甘ったるい声でもじもじと言われ、俺は背筋に悪寒が奔るのを感じた。
ローズマリーなら、こんな甘ったるい声は出さない。
いやしかし。
ローズマリーに甘い声で甘えかかられたら、幸せなんじゃないか?
「目撃者を探そう」
思っていたら、毅然とした声が響いた。
ウィルトシャー級長のその言葉に周りも大きく頷くなか、激烈桃色迷惑女が眦を吊り上げる。
「これでも信じない、って言うの!?あたしの教科書が燃やされたのよ!?犯人はローズマリー!ローズマリーがやったにきまってるのに!」
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ちょっと待て。
『ロミィ』って、なんだ?
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「?」
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でも、もう少しで判るから。
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とは言え、ローズマリーを早く安心させるにはこの事件を解決するしかない、と思っていると、ダービー副級長がウィルトシャー級長に同意する言葉を発する。
色々な嫌がらせ、か。
「教室で言っていた、というのは何か、聞いてもいいかな?」
恐らくは物語でのことなのだろう、と思っているとアーサーが小さく手を挙げて問いかけた。
「はい。アーサー殿下とパトリック様が教室にお戻りになる前、マークルさんがおっしゃったのです。『Fクラスにいたとき、中庭に面した回廊で貶された』『噴水にこれから落とされる』と」
噴水にこれから落とされる?
噴水の話は、聞いたことがないな。
「その不快な・・・っ」
噴水に関してはこれから何か措置が必要かと考えていると、激烈桃色迷惑女にしな垂れかかろうとされ、婀娜っぽい笑みを向けられたアーサーが切れかけた。
「それで。教科書を燃やしたのは、確かにローズマリーなんだな?」
潮時だろう、と俺はアーサーを宥め、詰めの一言を激烈桃色迷惑女に掛けた。
アーサーの気持ちはとても良く判るが、激烈桃色迷惑女如きに荒げた声をあげることはない。
この女に、そんな価値は無い。
アーサーは不満そうに俺を見たが、俺の表情を見ると『何か策があるのか』と理解した様子で押し黙ってくれた。
王子殿下に不敬、と俺が言われそうな案件だと思う。
「うん!絶対そう!ローズマリーがあたしの教科書燃やしたの!パトリック、信じてくれて嬉しい!大好き!」
「そうか。なら、確かめよう」
ローズマリー。
今、君の無罪を証明するから。
思いを込めてローズマリーに目配せすると、ローズマリーは益々混乱した様子で何かを握りしめている。
否。
あれは、不安だから握り締めている、のか。
やはり、ローズマリーにはからくりを教えておくのだった、と後悔しつつ、俺は焼却炉の上方に仕掛けた魔道具を取り外した。
「これは、記録媒体。僕が創った魔道具だな。これに、映像と音声が記録されている」
「っ!」
俺が言うと、激烈桃色迷惑女が顔を引き攣らせ、後ずさった。
「そこまでしなくても!今回は許してあげる!」
そう言って逃げ出そうとする激烈桃色迷惑女の動きを封じようと、激烈桃色迷惑女を蹴る勢いで焼却炉に片足をかけたら、がんっ、と結構な音がしてしまった。
ローズマリーも見ているのに、失敗した。
乱暴な奴だと思われたかもしれない。
「いいや。こういうことは、はっきりさせた方がいい・・・逃げるなよ」
言った言葉も、脅しのようだし。
いや、確かに激烈桃色迷惑女を脅したのだけれど、ローズマリーには聞かせたくなかった。
それもこれも、こいつが悪い。
激烈桃色迷惑女がいなければ、こんな粗雑な姿をローズマリーに見せることもなかったと思えば、半分八つ当たりと分かりつつこの場で徹底的に断罪してやろうかとさえ思う。
まあ、今はその手始めといったところか。
何とか心を落ち着けて魔道具を捜査すれば、空中へとその記録が鮮明に映し出された。
音声もあるこの記録があれば、激烈桃色迷惑女は申し開きも出来ないだろう。
完璧な証拠。
それに、俺は心から安堵した。
「ごめんね。不安にさせたよね」
そして、俺は漸くローズマリーの元へと歩き、その肩をそっと抱き寄せる。
言葉にできず、喉をひくつかせて涙をこらえるローズマリーが愛しい。
「ローズマリー。大丈夫。もう何も心配要らないよ」
大丈夫だと優しく肩を包めば、その手に寄せられるローズマリーの頬。
ローズマリー。
大好きだよ。
「パトリック。お前また凄いもの創ったな」
ローズマリーのぬくもりを堪能し、幸せに浸っていると、呆れたようなアーサーに声を掛けられた。
「ああ。必要になりそうだったからな。間に合って良かった」
満足だ、とローズマリーを見つめれば、思うところあるような瞳で見つめられる。
これは、気づかれているな。
俺がローズマリーに話を聞いて、それで創ったのだ、とローズマリーは悟ったのだろう。
こういう、聡いところも好きだと思っていると。
「嘘よ!こんなの知らない!なんなのこの道具!」
激烈桃色迷惑女が叫んだ。
「知らないのは当然だな。人前で披露するのは初めてなのだから」
言いつつ、俺は安堵していた。
物語の”パトリック”が創らないものを俺は創った。
それはつまり、物語の”パトリック”と俺は違うということ。
「パトリックがこんな物創るとか、知らない。そんな才能あるなんて設定無いのに。やっぱりおかしい」
「君が何を言っているのか、相変わらずよく判らないが。パトリックは昔から魔道具開発に長けていた」
激烈桃色迷惑女とアーサーの、噛み合わない会話。
それを聞いて、俺は益々嬉しくなった。
物語の”パトリック”にない特技を持つという俺。
そうだよな。
俺が魔道具開発に邁進したのって、ローズマリーが理由なんだから。
思えばそうだと、俺は安心した。
ローズマリーが案じるような、物語の強制力、というものは俺には関係ないだろう。
何せ、元が違い過ぎるのだから。
子どもの頃からこれほどローズマリーに執着している俺が、例え物語だろうと激烈桃色迷惑女になんか惹かれる訳が無い。
すっかり安心して、子どもの頃からローズマリー一筋だと大勢の前で惚気たら、またもローズマリーが不思議そうな顔になった。
しまった。
会ったこともないのに、子どものころから一筋、と言われても訝しいだけか?
焦っていると、聞き逃すことなど出来ない声が聞こえた。
「ローズマリーがウェスト公子息と婚約解消するようなことがあれば、殿下の前に名乗り出る人間がいるに決まっているだろう」
それは、貴様のことか、ウィルトシャー級長。
睨むように見れば、その黒瞳は真っ直ぐにローズマリーを見つめていた。
見逃せない、熱さをのせて。
「ウィルトシャー級長。生憎と、そんな機会は、一生、無い」
一言一言力を込めて、冷静に言い切っても、ウィルトシャー級長の瞳は揺らがない。
「ああ、それでは。皆いいだろうか」
睨み合う俺たちを宥めるようにアーサーが手を叩いて、注目を集め、そのまま騒ぎを終結させた。
ウィルトシャー級長は、やはり。
俺はウィルトシャー級長のローズマリーへの想いを確信した。
まあ、俺がローズマリーの婚約者、なのだからウィルトシャー級長に妬く必要なんてない。
必要なんてない、筈、なのだが。
愛称で呼び合っていた、というのは衝撃で。
正直、羨ましくて堪らない。
『ロミィ』
呼ばれて微笑むローズマリーは、天使の如く可愛かったに違いないのだから。
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